第一章 7
その日から、ユージーンは部屋に引きこもりがちになった。
以前のようにすべてを拒否しているわけではないが、食事も自室でとると言うし、それ以外の時間も一切出てこない。
一度だけメイベルが外での昼食を提案したが、「少し調べたいことがある」と言ったきり反応はなかった。
「ついにオレに恐れをなしたか」
「そんなはずありません! というか、私の気持ちは変わりませんからね⁉」
最初は好都合だと笑っていたアマネだったが、張り合う相手がいなくなって寂しく思うところもあったのだろう、ことあるごとに「あいつはまだ籠っているのか」と聞いてくるようになった。
メイベルももちろん心配で、日に何度か声をかけるのだが、曖昧だったり返事がない時もあったりと、部屋から出てくる気配はない。
(なんだか昔に戻ったみたいだわ……)
だがあの時とは違い、メイベルを嫌っての行為ではないはずだ。
きっと言葉通り、本当に急ぎの調べ物があるのだろう、とメイベルは前向きに待つことにした。
――しかしそんなある日、セロが慌てた様子で城に飛び込んできた。
「メイベル、いるか?」
「セロ、どうしたのそんなに慌てて」
「火急の件だ。キャスリーン様が、すぐに王宮に戻ってほしいと」
何かあったのだろうか、と慌てるメイベルだったが、数日顔を合わせていないユージーンのことが頭をよぎった。
あの状態の彼を置いて城を後にするのは気が引けたが、おそらくユージーンはしばらく部屋から出て来ることはないだろう。
「すぐに向かいます! セロは先に戻っていて」
セロを帰した後、メイベルは堅牢に閉じられたユージーンの部屋へと向かった。
鍵のかかった扉越しに、ユージーンに話しかける。
「ユージーンさん、あの、王宮に呼ばれたので少し行ってきます。用事が終わったらすぐに戻りますね」
「……ああ」
小さくだが、確かに返ってきた言葉にメイベルはほっとする。一応アマネの姿も探したが、どうしたことかこちらは朝から見当たらない。
仕方がない、とメイベルは急いで王宮へと旅立った。
だが王宮に到着したメイベルを待っていたのは、困り眉のキャスリーンと、クローゼットにずらりと並べられた煌びやかなドレスの大群だった。
「お姉さま……私は緊急の用があると聞いて来たのですが……」
「そうなの! 実は明日、急に舞踏会が決まってしまって」
「着るものくらい、お好きに選んだらいいのでは⁉」
メイベルが頭を抱えるのも無理はなかった。
血相変えたセロから呼ばれて急いで駆けつけたのに、当の用事というのがキャスリーンの衣装選びだったからだ。
「だめよ、明日はその……同伴にゲオルグ様がいらっしゃるの! だから……」
「わかります! その気持ちは分かりますけども‼」
「ごめんなさい……それにその、最近メイベルと会えていなかったから……少しでいいから顔が見たくて、……」
見ればキャスリーンの目は潤んでおり、いまにもはらはらと泣き出しそうな勢いだ。
魔法は効かないメイベルだったが、美しい姉の涙には逆らえない。
おまけに『会いたかった』という殺し文句まで聴かされては、無下に扱うことも出来なかった。
「……わざわざ用事を作らなくても、いつでも会いに帰りますから。……とりあえず、この緑のドレスに白のハイヒールで合わせてみましょうか」
メイベルのその言葉に、キャスリーンは薔薇が綻ぶように微笑んだ。
ひとしきりキャスリーンの衣装合わせに付き合い、ようやく納得のいく組み合わせが決まったあたりで、メイベルはようやく解放された。
やれやれと言いながらも、満足感に満たされていたメイベルだったが、姉の部屋から出てすぐのところで、一人の男性から呼び止められる。
「――失礼しますメイベル様。少しお時間よろしいでしょうか」
連れて来られたのは、王宮の一角にある応接室だった。
導かれるままメイベルが部屋に入ると、奥に控えていた二人の男性が頭を下げる。
「どうぞ、おかけください」
ソファを示されたものの、そのただならぬ雰囲気にメイベルは警戒を強めた。
恐る恐る腰を下ろすと、彼らもメイベルの向かいに座り込む。正面に座した白髪交じりの男性に、メイベルは見覚えがあった。
(たしか議会の書記長よね……)
議会には、一番に王佐、二番に議長という序列があり、書記長は議長の下にあたる第三位の役職である。
トラヴィスの失脚後、リードーが王佐補に昇格したため、議会では実質二番手に相当する権力者のはずだ。そんな彼がメイベルに、一体何の用があるというのだろうか。
「お引止めして申し訳ございません。ですが正直にお伝えしても、王宮へお戻りいただけないと思い、キャスリーン様のお名前を使わせていただきました」
書記長の言い分に、メイベルは一層疑惑を強めた。
キャスリーンはあくまで仮の理由。
メイベルをここまで呼び出したかったのは、彼らの方だったようだ。
「アマネ様と、一緒に暮らしておられるそうですね」
「一緒にというか、勝手に転がり込んできただけというか……」
「仲がよろしくて安心いたしました。他大陸の方ではありますが、人柄的にも明るい方ですし、メイベル様と並んでもなんら遜色のない家柄です。お相手といたしまして、申し分なく……」
アマネへの称賛を流れるように口にする書記長に、メイベルは眉頭を寄せる。
「……あの、私は何の用事で呼ばれたのでしょうか。まさか、アマネさんのことを伝えたいだけではありませんよね?」
するとメイベルの苛立ちを感じ取ったのか、書記長はごほんと咳ばらいをした。
「失礼いたしました。単刀直入に申し上げます、メイベル様――婚約解消をしていただきたいのです」








