第二章 手違いの婚約
だがそんな勝手な話をおとなしく受け入れるメイベルではなかった。
「冗談じゃないわ!」
「メイベル様~もうやめましょうよ~」
メイベルの専属メイドであるウィミィが、メイベルの背中で泣き叫んでいる。それを聞いたメイベルは振り返り力強く叫んだ。
「だって、このままだとすっごいお爺ちゃんと結婚することになるのよ! そんなの嫌よ!」
長女直伝の馬術で馬を駆っていたメイベルは、イクス王国の東の端に位置する森に到着した。身軽に地面へ降りると、後ろに乗せていたウィミィに手を貸す。
普段城で着ている豪華なドレスではなく、長袖長ズボンという農作業用の作業着だ。姉たちは持っていないような衣装だが、普段からメイドに交じって草むしりや畑作業をしているメイベルにとっては着慣れたもの。長い髪を一つに縛り、目の前にそびえ立つ森の木々を睨みつけた。
「うわあ……すごい」
隣で同じく見上げていたウィミィが、呆れるような声を漏らす。
というのも、森といっても全く人の手が入っていない、ほぼ原生林のような場所だったからだ。巨大な木々が空からの日差しを遮り、全体的に薄暗い。岩にはびっしりと苔が生えており、強く肌を切りそうな雑草が足の踏み場もないほど地面から伸びている。奥からは謎の鳥の鳴き声もしており、ウィミィは不安そうにメイベルを見た。
一方のメイベルは神官から適当な理由をつけてもらった聖水を、顔や手足に振りかけていた。森に入るための魔除け代わりだろう。瓶の中身を全て出し切ると、メイベルはふうと息を吐いた。ウィミィが持っていた荷物を受け取ると、よしと気合を入れる。
「ほ、ほんとに行くんですか~」
「もちろん。ちゃんと事情を話して、協力してもらえないかお願いしてみるわ」
イクス王国を守りたいという国の方針はメイベルにも理解出来た。だがそれと自分の結婚を結びつけるのはあまりに無茶な話だと思うわけだ。
(大体結婚したから守ってくれるわけじゃないでしょうし)
ガートルードのように強ければ、彼を脅して協力させることも出来るだろう。キャスリーンのように美しければ、その魅力で彼を骨抜きにすることも出来るだろう。
だがメイベルはそんな武力も魅力も何なら芸術力もない。そんな娘が一人嫁に来たからと言って、世界にわずかしかいない貴重な魔術師が、ほいほい言うことを聞いてくれるはずがない。そしてもう一つ。
(私だって恋がしたいんです!)
それ以上にメイベル自身がこの結婚に反対だった。
確かに国を守るためには仕方がないかもしれない。かもしれないが! やはりメイベルだって年頃の女の子だ。メイド達の恋の話を聞きながら、自分にもそうした素敵な人が現れるのかしらと夢も見るし、恋愛小説のラブロマンスに心ときめくこともある。
実のところ、メイベルはまだ恋というものをしたことがない。だからこそ、いつかは決められた相手と結婚するにせよ、一度は人を好きになるという気持ちを味わってみたいのだ。
そんなことを考えながら、メイベルは一歩足を進め、ざくりと草を踏みしめる。不安げなウィミィを振り返り、しっかりと口角を上げた。
「ここまでありがとうウィミィ。アルフレッドの帰りをお願いしていいかしら」
「メイベル様ぁ……」
アルフレッドと呼ばれた栗毛の愛馬と、涙目のウィミィがじっとメイベルを見つめる中、メイベルは再び森の方を振り返ると、二歩目をしっかりと地面へと下ろした。