第一章 3
キィサには『二度あることは三度ある』という言葉があるらしい。
それを体現しているのか、アマネは三日目もユージーンの城へとやって来た。案内役のセロもそろそろ慣れて来たのか、昨日より幾ばくか元気である。
昼過ぎのゆったりとした時間、メイベルは応接室のソファに座り、アマネと向き合っていた。
「昨日はお前の気持ちも考えず、申し訳なかった」
「いえ、分かっていただければ私はそれで……」
「だから今日は、装飾品を用意したぞ!」
「……」
昨日わずかに見せた殊勝な態度はどこへやら。
アマネがぱちんと指を鳴らすと、脇に控えていた従者の一人がさっとしゃがみ込み、細やかな装飾の木箱をテーブル上に広げた。
布張りの台座には、金や銀、白金といったシンプルな指輪から、エメラルドやルビーといった大粒の宝石がついたものまで、目がちかちかとするような貴金属が並んでいる。
メイベルが言葉を失っていると、さらにもう一人が別の箱を開いた。
こちらには無数のダイヤモンドをあしらった豪奢なネックレスや、涙型にカットされたアクアマリンのイヤリング。琥珀を彫り込んだ髪飾りに、五色の異なる貴石がはめ込まれたブレスレット……と貴族のご婦人たちが見たら、一斉に黄色い悲鳴をあげそうな品揃えだ。
もちろんメイベルも嫌いなわけではない。三姫・キャスリーンに向けて連日送られてくる宝石の数々を見て、羨ましいと思うことも多々あった。
だがメイベルは膝の上に置いていた手を固く握りしめると、ふるふると首を振った。
「ごめんなさい、いただけません」
「どうしてだ? 派手なものが好みでなければ、こちらの――」
「私はあなたの婚約者ではありませんし、今後なるつもりもありません」
「そのことか。なに、婚約はまたゆっくり考えてくれればいい。ただの贈り物として受け取ってくれるだけで十分だ。気に入らなければ売り飛ばしてもいいぞ」
「……これは、キィサの方々が働いて、納めてくださった税です。そのような形で使われることは、本意ではないはずです」
メイベルたちも王族という立場上、国民からの税で暮らしている部分がほとんどだ。
もちろん国の代表として保つべきラインは高いが、あまりに過度な装飾や贅沢などはしないよう教育されている。議会の目もあるため、途方もない豪遊や私的な無駄遣いは、王族といえども批判の対象となることがあるのだ。
もちろん、アマネの暮らすキィサが、イクス王国と同じ状態であるとは思わない。だがメイベルは自分の信条を鑑みても、彼のやり方を受け入れられなかった。
アマネもようやく、メイベルの言わんとすることを理解したのだろう。彼が右手を軽く掲げると、従者たちはそっと宝石箱の蓋を閉じた。
「これもダメ、か……。なあメイベル。そろそろ教えてくれないか」
「何がですか?」
「どうしてオレを好きにならない?」
このやり取り、どこかで覚えがあるような……とメイベルは記憶を手繰る。
そこでようやく、初めてユージーンの仮面を取った日のことを思い出した。あの時もメイベルは酷い顔をして「はあ?」と返したものだが、今の心情もそれと似通っている。
「ドレスは着ない、花もいらない、宝石にも興味がない……今までの女は、これだけやれば、すぐにでもオレの元に来た。後は一体何をすればいい?」
「逆に疑問なのですが、その……どうしてここまでするんですか? アマネさんとは、この前会ったばかりですし、正直ここまでされる理由が分かりません」
「それはもちろん、婚約のためだ」
「――それだけではありませんよね?」
メイベルの真っ直ぐな視線を、アマネはしばらく正面から受け止めていた。
やがて参ったというかのように両手を上げ、投げ出していた長い足をどかりと組む。
「……婚約というのは建前で、我がキィサはこれを機に、こちらの大陸で交易を始めたいと思っている。これはその足掛かりだ」
海を挟んだ大陸ということもあり、キィサからの物資はいまだ高い関税や検査が義務付けられている。そのため、手始めにイクスと姻戚関係を結び、二国間で自由な貿易を開始させるのが狙いだとアマネは語った。
一度市場を得てしまえば、後は商業大国キィサのこと。
持ち前の技術で、一気にこの大陸での販路を広げられる、という考えらしい。
「しかしこちらの大陸はお堅いのか、なかなか縁談を受けてもらえなくてな。そこにお前の話が舞い込んだ。まあ少し時期を図っていたら、まんまとトンビに攫われたが」
「トンビ?」
「ああ、こちらでは言わないのか。とにかく、邪魔が入ったということだ」
はっはと笑うアマネを前に、メイベルは困惑したように息をついた。
「お話は分かりました。ですがやはり私では、お役には立てないと思います」
「何故だ?」
「この大陸において、イクスはさほど権威のある国でも、強い武力を持つ国でもありません。ましてや私は末姫で、国の政や外交にも大した影響力はありません」
「……」
「それに王族とはいえ……好きでもない、好きになるつもりもない相手と、ただ国のために結婚を望むのは、……その……」
「健全ではない? と」
「う……」
にやりと笑うアマネを前に、メイベルは口ごもった。
アマネの言い分はある意味正しい。
王族の結婚は国のために行われるもので、メイベル自身も理解しているつもりだった。しかしメイベル自身、それを受け入れることが出来ず逆らってしまった過去がある。
だがそのおかげで、ユージーンと本音で接する機会を得た。
王族であっても、自分の意志や気持ちは間違いなく存在する。それはもちろん、自分だけではなく、相手にも。
決められた婚約だからといって、最初から完全に仕事のためだと割り切ってしまえば、互いの気持ちは縮まるはずがない。
そんなメイベルを眺めながら、アマネはふうんとソファのひじ掛けに寄りかかった。
手の甲に顎を乗せたかと思うと、は、と鼻で笑う。
「理解出来んな」
「……」
「オレたちの国では結果が全てだ。そこに私情や憐れみを入れる余地はない。実際この婚姻を結ぶことが出来なければ、オレは王族としての地位を追われる可能性だってある」
「ど、どういうことですか?」
「数が多いんだ、うちは。オレは第八王子だが、男も女も上にも下にも、わんさか王の系譜が存在する。そのうち国に奉仕する機会が与えられるのは、どいつも一生に一度あるかないか」
キィサは一夫多妻制で普通で、王族ともなると相当数の愛人を有する。
当然生まれてくる子どもの数も多く、世継ぎに困ることはないが、逆に誰を後継者とするかの戦いや謀略が絶えない、という家庭教師の言葉をメイベルは思い出した。
「処分されなければ御の字だな。まあオレがダメだったとして、他の王子とやらが出てくるだけだ」
「そんな扱い、ひどすぎます……」
「……王にとって、オレたちは遊戯盤の駒と変わらないのさ。なら使い捨てられるより、生き残ろうとする方が、まだ人間味があるというものだろう?」
そう言うとアマネは、いつもの挑戦的な笑みではなく、少し陰りのある微笑みを浮かべる。その顔を見たメイベルは、それ以上言葉を紡ぐことが出来なくなってしまった。








