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推定年齢120歳、顔も知らない婚約者が実は超絶美形でした。  作者: シロヒ
仮面魔術師と恋する末姫

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番外編:始まりは、無音の鐘とともに


 イクス王国の一年は、十二の月に分けられる。


 中でも雪月(ニヴォーズ)から雨月(プリュヴィオーズ)に移り変わる日は、新しい年に切り替わるとして、国中で祝いごとを催すのだ。


「という訳で雪月最後の日に、王宮でパーティーがあるんだけれど……」

「行かない」


 ばっさりと断るユージーンを前に、メイベルはがくりと肩を落とした。

 新年を祝う宴は王族や貴族たちも行っており、メイベルや姉たちは王宮で開催されるパーティーに毎年参加していた。去年のメイベルは独り身だったので、単にドレスや美味しい食事を楽しむ場くらいにしか思っていなかった。


 だが今年はユージーンという正式な婚約者がいる。

 社交界において、パートナーの同伴は一種のマナーだ。


(でもユージーンが来たら、逆に大変なことになりそうだし……)


 一応、わずかな期待で聞いてみたメイベルだったが、もちろんご覧の有様である。

 魔術師である彼は人前に出ることを極端に嫌っており、それは煩わしいことを厭う彼自身の性格もあるが、仮面無しで直視すると魅了されてしまうという、美しい素顔のためでもあった。


 だからといって、仮面舞踏会でもない普通のパーティーに仮面を着けて行けば、それはそれできっと悪目立ちしてしまう。好奇の視線を浴びさせられるユージーンを想像すると、メイベルはあまり強く「来てほしい!」とは言えなくなってしまうのだ。


「そっか、……ちょっと残念だけど、無理してほしいわけじゃないから」

「……」


 メイベルはすぐに微笑むと、何事もなかったかのようにその話を切り上げた。







 そして雪月最後の日。時刻はまもなく零時を迎える。

 窓は夜色のガラスに変わり、空には小さな星がいくつも瞬いていた。


 メイベルはパーティーに参加するため、昨日から王宮へと戻っている。物音一つしない、がらんとした物寂しい城内を歩きながら、ユージーンはぼんやりと思考に耽っていた。


(――王宮、か)


 ユージーンは、出来る限り人から離れて暮らしてきた。

 長命なのに加え、見た目が変わらないことを恐れられないよう、大陸の各地を転々と移動した。イクスからもそろそろ離れなければと思っていたところ、ユージーンはメイベルと出会ってしまった。


(やはり、行くべきだったか……でも)


 以前一度だけ、彼女のために王宮に行ったことはある。

 その時は本当に必死で、自分の体面やどうみられるかなど、考えてもいなかった。



 だが今は違う。

 王宮に行けば、メイベルの正式な婚約者として紹介されるだろう。


 その時『魔術師が婚約者であること』に難色を示す人物がいないとも限らない。むしろユージーンの経験上、王族や貴族といった特権階級の方が頭は固く、血筋や出自にうるさいことが大半だ。

 そうなった時、傷つくのはユージーンではなくメイベルの方だ。

 奇妙な婚約者を連れた姫、とメイベルが笑われたり嘲られたりするのは、とてもではないが耐えられない。


 はあ、とユージーンは額に手を当て、深いため息をついた。

 すると玄関の大きな扉が開く音がし、隙間からひょいとロウが顔を覗かせる。


「あ、良かった。いたいた」

「……何しに来た」

「いや、いい酒が手に入ったから新年祝いにみんなでぱーっとやろうかなって」

「メイベルならいないぞ」


 えっ、とロウの顔が絶望に染まった。


「そんな……美味しい(アペロ)を作ってもらおうと思ったのに……。ていうか、何? ついに愛想つかされたか?」

「違う!」


 にやにやとするロウに腹が立ったのか、ユージーンはあらましを説明した。それを聞いたロウはふーむと口元に手を添え、何かを考えている。


「じゃあメイベルちゃんは、誰と『ニューイヤーキス』をするんだろうなあ」

「……何だ?」

「ニューイヤーキス。今日零時になった瞬間、近くにいる人とキスをするんだよ」


 初めて聞いた風習に、ユージーンは言葉を失っていた。それに気づいているのかいないのか、ロウは腕を組むとそうかそうかと一人頷く。


「街中とかで結構見るけどね。まあお祝いごとだし、そこまで気にすることも――」


 直後、ばさりと大きな羽音がロウの真横を横切った。顔を上げると、ユージーンの姿がなくなっている。


「……まあでも、王宮でやるかは知らないけど」


 とりあえず帰ってきた時用に酒の準備をしよう、とロウはのんきに厨房へ向かった。







 その頃メイベルは、一人ため息をついていた。


(ふう……やっぱり少し疲れたわね)


 メイベルは襟元が大きく開いた薄黄のイヴニングドレスを着ており、今は踊りの輪を離れ、一人壁際に身を寄せていた。

 周りを見ると公爵家や伯爵家の錚々たる面々が、ワルツの曲の合間を縫うように、密やかな会話を楽しんでいた。なんとなく心細くなり、姉たちの姿を探す。


 一姫・ガートルードはドレス姿でも目立っており、今は婚約者をつれて隣国の王太子と歓談中だ。二姫のクレアは少し前に歌の披露を終え、愛しの彼とダンスを楽しんでいる。

 人だかりが出来ている方を見る。

 中心にいるのは当然のごとく、三女のキャスリーンだ。

 パーティーが始まってからずっと、次から次へとダンスを申し込まれており、少し休みたいと離れると、食事はいかが、飲み物はと気を遣われてしまい、結局人は途切れない。


 さすがにたまりかねたのか、会場の護衛を任されていた騎士団長のゲオルグがキャスリーンの元に歩み寄る。その威圧感に、取り囲んでいた男性陣が、恐れをなして散っていった。嬉しそうなキャスリーンの様子に、メイベルもまた同じく胸を撫でおろす。

 四姫のファージーはピアノの演奏役として壇上に上がっている。その勇姿を熱心に見つめる男性がおり、ウィッサの王子だとメイベルは微笑んだ。


 姉たちは皆それぞれ忙しく、メイベルは手にしていたグラスを傾けた。


(ちょっと、羨ましいな……)


 ユージーンの気持ちも分かるので、強制をするつもりはない。それでも、少しだけでもいいから、この場にいてくれたらと願わずにはいられなかった。

 弱気になった自分を戒めるように、メイベルはふるふると首を振る。


(明日はすぐにお城に帰って、ガレット・デ・ロワを焼きましょう! 甘いものが好きなムタビリスと、あとロウさんも呼んで……)


 賑やかなその光景を思い描いたメイベルは、少しだけ元気になれた気がした。


 パーティーは終わるどころか、なおも盛り上がりを見せており、その熱気から逃れるように、メイベルは端にあるバルコニーへと向かう。

 大きな窓を押し開くと、冷たい夜風が隙間から差し込んで来た。

かまわず開き切ると、そのまま外の手すりまで足を進める。


「きれい……」


 空には満天の星が輝いており、今にもぱらぱらと零れ落ちて来そうだ。

 息を吐くと、ほわりと白く浮き上がる。冷え冷えとした外気が、メイベルの火照った顔を冷ましてくれた。


 まもなく零時。ここなら他に誰か来ることもないだろう。

 ようやく人心地ついたメイベルが、ほうと緊張を解く。すると丁度頃合いだったのか、街の中心に建てられた鐘塔から、新しい年を告げる音がカラン、と響き渡った。


 鐘の音は波紋のように、イクスの王都中に広がっていく。

 全身が澄みわたるようなその波に、メイベルは思わず瞼を閉じた。




――ばさり、と白い翼が夜空にはためいた。

 その聞き慣れた音にメイベルが目を開けると、そこにはユージーンの姿があった。

 珍しいことに、外だというのに仮面を着けておらず、何故かひどく疲れたかのように肩で息をしている。


「ユージーンさん⁉ どうしてここに――」


 だが言いかけたメイベルの言葉は、そこで途切れた。

 メイベルの傍に降り立ったユージーンは、すぐに腕の中に抱き寄せると、躊躇うことなく口づけてきたからだ。


 全部で十二回鳴るはずの鐘の音が、メイベルには全く聞こえなかった。

 ただ自分の置かれている状況に驚き、目を見開いたまま静寂の時を過ごす。


 やがてユージーンの唇が離れた。

 カラーン、と間延びした鐘声も無事戻って来たが、メイベルの心臓は先ほどよりも大きく拍打っている。


(え、待って私今、……キスされた⁉ なんで⁉ ていうかなんでユージーンさんがここに⁉)


 混乱し真っ赤になるメイベルを前に、当のユージーンは一仕事終えたとばかりに、安堵の息を吐き出した。


「間に合った……」

「間に合った、って……」

「……新年になった時、傍にいる奴とキスをすると聞いた」


 少しずつ動揺が収まってきたメイベルは、ユージーンの言葉を心の中で反芻する。


「もしかして、ニューイヤーキス……のことですか?」

「ああ」


 たしかにここ最近、そうしたイベントで盛り上がると聞いたことはあった。だがメイベルはどうしたものか、と眉を寄せたかと思うと、恐る恐る口にする。


「あの……ここのパーティーでは、やらないんです……」

「……」

「既婚者や婚約者がいる方がほとんどなので……」


 メイベルに説明されて、ユージーンはようやく理解した、とばかりにゆっくりと両手で顔を覆った。そのまましゃがみ込んでしまったユージーンが可愛くて、メイベルは必死に言い繕う。


「いやでも! 私はすごく、嬉しかった……ですし……」


 言いながら、先ほどの永遠のような口づけを思い出したメイベルは、再び茹でた蛸のように顔を赤くし、語尾の覇気を無くしていく。その様子を下から見ていたユージーンはくすと零し、ようやく立ち上がった。


「なら、良かった」


 そう言って照れたように微笑むユージーンの姿に、メイベルは胸が締め付けられるようだった。このまま一緒にあのお城に帰りたい、とそっとユージーンの胸に手を伸ばす。

 服を隔てて、どくんどくんとユージーンに心臓の音がする。

 その熱にメイベルは恥ずかしくなり、指先を浮かしかけた。


 するとそれを制止するかのように、ユージーンはメイベルの手を掴むと、そのまま自身の体に押し付けた。よほど急いで駆けつけたのだろうか、少し汗ばんでいる様子が手の平に直に伝わってきて、メイベルは思わずユージーンを見上げる。


 それを二度目の合図だと思ったのか、ユージーンはもう一度上体を屈めた。

 メイベルもそっと瞼を閉じる。少しずつ二人の顔が近づき――





 その時、窓の方から誰かの声が聞こえて来た。

 はっとメイベルが目を見開くと、ユージーンはとっくに姿を消している。


(そっか、仮面が無いから見られたら大変だものね……)


 どことなく物足りないような、残念な気持ちを抱えたメイベルだったが、あれだけ嫌がっていたユージーンが、王宮に来てくれた。

 それだけで、とても幸せな気持ちになったのだった。







 翌日、メイベル作のガレット・デ・ロワが焼きあがった頃、ムタビリスとロウが城を訪れた。


「これが、ガレット・デ・ロワ?」

「そうよ。中にフェーブっていう人形が入っていて、切り分けたピースにそれがあったら、その人は一年幸運なんですって」

「あーあれか、王様になるやつ」


 食卓に運ばれて来たケーキを、ムタビリスが興味津々とばかりに眺めている。一方ロウはゲームを知っているのか、紙で出来た王冠を摘まみ上げ、くるくると回していた。


「そういやメイベルちゃん、昨日は大丈夫だった?」

「へ⁉ だ、大丈夫……とは……?」

「いや、ユージーンの奴が血相変えて飛び出していったからてっきり――」


 だがユージーンの咳払いによって、続きは中断された。

 メイベルは手際よくケーキを切り分け、それぞれの前に並べていく。乾杯を終え、和やかな食事を楽しんでいた頃、ムタビリスがしょんぼりと声をあげた。


「メイベル……おれのには人形入ってなかったよ……」

「あら残念。私はどうかしら」


 だがメイベルのケーキにも入っていない。と言うことはあとはユージーンかロウか、という空気になったところで、ロウが先に声をあげた。


「あ、俺が当たりみたいだね」


 ことりと皿に置かれた人形に、ムタビリスはああーと残念そうに眉尾を下げた。

 メイベルは選ばれた王様に冠を、と卓上を探すが、どこに行ったのか見当たらない。そうしてきょろきょろしているうちに、メイベルはあれ、と違和を感じ取った。


(私が入れたの、あんな人形だっけ……)


 よく見ればロウが取り出した人形は、メイベルが準備したものではない気がする。勘違いかしら、と首をかしげたところで、ユージーンの冷静な声が聞こえて来た。


「なるほど、お前が王だと」

「……ええと、ユージーン?」

「良く出来ているが、詰めが甘い」


 言うなりユージーンは、皿の上に陶器の人形をカランと取り出した。それはメイベルの記憶にあるものと同じで、全員からの注目がロウに集まる。


「いや、その……まあ冗談と言うか」

「まあいい。どのみち王は僕だ」


 いつの間にか、ユージーンが紙の王冠を手にしていた。軽くもてあそびながら、ロウを見る目をすうと細める。


「ローネンソルファ・アントランゼ。昨日の礼はさせてもらおうか」

「こうなる予感がしたからだよー!」


 次の瞬間ロウが姿を消した。

 ほぼ同時にユージーンもいなくなり、代わりに庭で何やら爆発音や、ロウの叫び声が聞こえてくる。




「ムタビリス、残りのケーキもいる?」

「うん! 食べるー」



 こうして新年の幕開けは、賑やかに始まった。



(了)

 



あけましておめでとうございます、ということで番外編です。

今年もどうぞよろしくお願いいたします!

皆さまがよい一年になりますように~!

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― 新着の感想 ―
[一言] 新年早々、素敵な番外編をありがとうございます! 1話で最上級の満足感にさせて貰えて幸せです。 今年も作者様についていきます!! 作品を楽しみにしています♪
[一言] あけましておめでとうございます。 新年にこうして記念の番外編を書いて頂いて、とっても嬉しかったです☆
[一言] 姉たちに比べて、何の能力もないと思われていたメイベルに魔法の無効化という最強の力があって、無能だと思われていたメイベルを家族が邪険にせず、愛していることが良い。 メイベルが心根の優しい家事ま…
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