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第八章 改めまして婚約者殿



「嘘……ですか?」


 ようやく城内に戻って来たメイベルは、父親やキャスリーンが見守る中でぽかんと口を開けていた。

 その表情を見てメイベルの父はゆっくりと頷く。


「ああ。騙すような真似をしてすまなかった」

「じゃあ、キャスリーンお姉さまとは婚約していない……?」

「ええ、安心してメイベル」


 満開の薔薇のような華やかな笑みを浮かべるキャスリーンを見た後、メイベルは後ろにいたユージーンの方を振り返った。混乱しているメイベルの視線を受け止めながら、ばつが悪そうにユージーンが言葉を続ける。


「お前が連れ去られた状況を聞いて、姉と手違いで攫われた可能性が高いと思ったんだ」

「だから、婚約の話を?」

「お前の姉が目的なら、それに関わる話を大々的に流せば、犯人はそれを阻止しようと必ず現れる。そこを捕まえればいいと提案した」


ここまで上手くいくとは思わなかったがな、と少し小馬鹿にしたように笑う。


「そうなんだ、良かった……私てっきり、二人が本当に結婚するのかと……」


 安堵のため息を漏らすメイベルを、ユージーンはじっと仮面越しに見つめていた。

 だがはあと呆れたように首を振ると、少し苛立ったように告げる。


「そんなわけがないだろ。お前は僕の好意をそんな半端なものだと思っていたのか」

「いえ、そういう訳じゃないんですが……」


 改めて言われると恥ずかしくなり、メイベルは照れながらうつむいた。そんな二人見ていた国王は、はっはと笑っている。


「しかし改めて礼を言おう、ユージーン殿。貴殿のおかげでイクス王国は守られた」

「守ろうとしたわけじゃない。こいつがいるから仕方なしにだ」

「これは相変わらず手厳しい」


 うんうんと頷いた国王は、しっかりとユージーンを見つめながら、玉座のひじ掛けに置かれた手を開く。


「ともあれ、我が国を守ってくれた礼はしなければなるまい。何か望むものはあるかね?」


 その問いを聞いたユージーンは、メイベルを静かに見つめていた。

 一方のメイベルはユージーンが何を望むのだろうと首をかしげる。


(でもユージーンが欲しいものって、何かあるのかしら?)


 先ほど見せた圧倒的な魔法の力。

 あれがあれば世界のどこにだって行けるし、なんだって手に入るだろう。

 しかし食事にも服にもこだわりがない彼が何を望むのだろう、とメイベルも少しだけ興味がわいてくる。




「では一つだけ」


 そう言うとユージーンは口元に笑みを刻んだ。


「こちらの――末姫、メイベル・ラトラ・イクスをいただきたい」


 はっきりと告げられたその言葉に、広間に集まっていた人々から僅かにどよめきが起きた。四人の姫たちもそれぞれ驚きであったり、感嘆であったりを浮かべており、父である国王は眉頭を寄せていた。


 何より一番驚いたのは、こんな場でそれを言われたメイベルだった。


「正確には元の婚約関係に戻していただきたい、という願いだが」

「ううむ……それはもちろん、だが」


 そう言うと国王はゆっくりとメイベルの方を見た。


「メイベル、どうかね」


 衆人環視の中でのプロポーズに呆けていたメイベルだったが、父親のその言葉を再度頭の中で繰り返してようやく意識を取り戻す。そのままユージーンの仮面の向こうに見える金色の瞳を見て、嬉しそうに微笑んだ。


「……喜んで!」


 それを見たユージーンは、仮面の下の目を嬉しそうに細めた。








 それから一週間後、イクス王国の僻地にある一つの古城にメイベルは戻って来ていた。

 

 今は手に大きな籠編みのバスケットと簡単な敷布を抱えて、二階の突き当りにあるユージーンの自室の扉をノックしている。今日は天気もいいからと、昼ご飯を城の外にある木陰で食べようとメイベルが提案したのだ。


「ユージーンさん、準備が出来ました!」

「ああ、今行く」


 メイベルから呼ばれて自室から出てきたユージーンは、彼女が手にしていた大きなバスケットを奪い取ると、すたすたと階下へと向かう。急に軽くなった手元に驚きながら、メイベルも嬉しそうにその後を追った。

 外へ出るとアクアマリンを溶かし込んだような美しい水色の空と、艶々と眩しい新緑の芝が目に入る。気温もさほど高くはなく、心地よい風が吹いていた。


「ここでいいか」


 城の近くにある、他のよりいくばくか大きい樹木に目を付け、その根元にユージーンは荷物を下ろした。メイベルは手にしていた敷布を広げ、バスケットの中身を次々に披露する。


「まず鮭とチーズのサンドイッチに、トマトと鶏肉のもあります。こっちはじゃがいものキッシュとローストビーフで……」


 楽しそうに説明しながらメイベルが取り出す姿を、ユージーンは少し呆れた顔で笑って見ていた。やれやれと息を吐きながらメイベルの隣に腰を下ろす。


「そんなに食べきれるか」

「残ったら晩御飯ですよ」


 ユージーンは差し出されたサンドイッチを掴むと、仮面の下から見える口に運んだ。何度か咀嚼し、ふと口角を上げる。


「うまいよ」

「ほんとですか!」

「ああ」


 ほっとしたメイベルは自分もサンドイッチを手に取る。柔らかいパンに挟まれた燻製鮭がじわりと口の中を満たし、一緒に入れたチーズの塩味が程よい。あっという間に一つを食べ上げ次を取ろうとしていると、既にユージーンは三つ目のサンドイッチを手にしている所だった。

 度数の低いワインを開け、ユージーンと自分用に注ぐと一つを彼に渡す。苦味と酸味のきいたそれを飲みながら、メイベルはほうとため息をついた。


「どうした?」

「あ、いえ……平和だなあって」


 それを聞いたユージーンは、飲んでいたワインを置くと、メイベルの方へと体を倒した。そのままぽすんとメイベルの膝に頭を乗せる。


「ユージーンさん?」

「少し寝る」

「えええ……」


 そう言ってユージーンは向こうを向いたまま、メイベルの膝の上で寝る態勢に入ってしまった。

 どうしたものかと困惑するメイベルだったが、洗濯も掃除も終わり、午後も特に予定はないためこのままでいいか、と苦笑いする。

 時折居心地悪そうに頭を動かすユージーンを見て、メイベルはふと考えた。


(寝にくいのかしら、仮面取った方がいいかな……)


 そっと仮面に手を添えて、耳元の金具を外す。


「寝づらそうなので、仮面取りますね」


 そうっと仮面を持ち上げる。

 すると相変わらず綺麗な曲線を描く輪郭に、長く黒い睫毛が現れた。シミどころか荒れ一つない肌に感心していると、膝で寝ていたユージーンがついとメイベルの方を見上げる。


「なんだ?」

「いえ、相変わらず綺麗な顔だなあと」

「……」


 メイベルのその言葉に、ユージーンは少しだけ不満そうに目をそらした。なんとなく頬も赤くなっている気がする。だがすぐに視線を戻すと真剣なまなざしでメイベルを射る。


「僕は、お前の顔の方が好きだ」

「え?」


 太陽の雫を集めたような金色の瞳が、メイベルの両目をしっかりと捉える。

 その吸い込まれそうな虹彩を見て、メイベルは胸の奥がちくりと痛んだ。ようやく言われた言葉を認識して、ぼんと真っ赤な顔から湯気を立てる。


「いえ、私なんて、ほんと……なんにもない、ただの普通の」

「普通の奴が、二階まで上がって窓ガラス割らないだろ」

「あ、あれはユージーンさんが危ないと思って必死で……!」


 メイベルが反論しようとすると、ユージーンはその黒い手袋に覆われた右手を、すいとメイベルの頬に伸ばした。メイベルは逃げる間もなく、ユージーンと正面から向き合わされてしまう。

 人形師が丹精込めて作り上げたかのような、絶妙な配置の目鼻。

 化粧もしていないのに透き通るような肌に、蠱惑的な薄い唇。

 

 見た者が誰しも心を奪われるという魔術師の相貌を前にして、メイベルは思わず息を飲んだ。



 

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