第七章 9
「大丈夫だよ。メイベルに魔法は効かない」
「! それをどうして」
「これが終わったら教えてあげるよ」
そう言うとムタビリスは右手を高く掲げた。その手を水平に動かすと、波状に白い稲光が走る。
それらは次々と城下へと落下し、続けて兵士たちの悲鳴が続いた。ユージーンはしばらくムタビリスを睨みつけていたが、自分も手袋に包まれた手を広げ、崩れた瓦礫や傷ついたイクス王国兵たちを浮かび上がらせる。
ムタビリスは兵士を次々に気絶させ、ユージーンがそれを遠くウィスキまで飛ばす。そんな超常的な現象が目の前で繰り広げられるのを、メイベルはただ茫然と見つめていた。
(……これが、魔術師の力……)
見れば同時に、壊された城壁や窓ガラスなどが復元されているのも分かった。
中庭で戦闘していたイクス王国の兵士たちは、目の前でウィスキの兵が昏倒し、飛び去って行く姿を不思議そうに眺めている。
やがて数刻もせずに、イクス王国城内から敵の影が無くなった。
破壊されたはずの建物はほぼ元通りに再建されており、折れた国旗が再び城の最上に掲げられ、まっすぐに戻ったのを見届けてから、ユージーンとムタビリスはゆっくりと手を下ろした。
やがて二人は言葉を失ったままのメイベルの元へ降りてくる。
「……」
メイベルはその大きな目を見開いたまま、ユージーンの方を見た。
黒い仮面を着けた彼は、どうしたというように小首をかしげる。
「あ、ありが、とう……」
メイベルはたまらず、ユージーンに抱きついた。
突然のことにユージーンは硬直し、先ほどまで優雅に指揮を執っていた手は、どこにやればいいか分からず宙を掴んでいる。その姿を見てムタビリスがくすりと睫毛を伏せた。
「ありがとう、あなたのおかげで……イクス王国が、みんなが、助かったわ……」
そこでようやくメイベルは、自分が泣いていることに気が付いた。
誘拐されてからずっと張っていた虚勢や、自分のせいで敵を引き入れてしまった罪悪感など、たまりにたまったものからようやく解放されたからだろう。
止めようと思っても、どうにも止まる様子がない。
ユージーンもそれを察したのか、ようやくそっとメイベルの背を撫でた。
やがて恐る恐る力を込めて、そっと抱きしめる。それはまるで壊れ物を扱うかのようだった。
「僕の方こそ、……ごめん」
「どうして、謝るの……?」
「お前がくれた手紙を、――ずっと読めなかった。僕があんなことを言ったから、嫌になって逃げたんだと思って……どんなことが書かれているのか怖くて、開けなかった」
ユージーンが好意を伝えた途端に、いなくなったメイベル。
少しして彼女から手紙が届いたが、ユージーンにはどうしてもそれを確認することが出来なかった。
一生の別れを告げられるものだったら。
魔術師となんて恐ろしい、と非難されるものだったら。
だがどうしてもメイベルのことが忘れられず、どんなことが書かれていてもそれが真実だと覚悟を決めて封を開いた。
そこに書かれていたのは彼女からの真摯な謝罪だった。
本当は自分がメイベルであったこと、騙していてごめんなさいという言葉。
それを見たユージーンは、自らの行動を思い返して、激しく後悔した。
「僕は何も知らずに、お前を非難していた。自分で確かめにも来ない愚かな奴だと……」
謝っても許してもらえないかもしれない。
でも伝えなければならない、とすぐにイクス王国の王城へと向かった。そこでようやく、メイベルが誘拐されたことを知ったのだ。
「もっと早くに読んでいれば、こんな怖い思いをさせなくてすんだのに……」
「ううん。いいの。私の方こそ、嘘をついてごめんなさい」
再び目に涙が溢れるのが分かり、メイベルは静かに瞼を閉じた。
それを見てユージーンが更にメイベルを抱き寄せる。そんな時、屋上の扉がけたたましく開いた。
「メイベル! 無事か!」
そこには武装した長女ガートルードがおり、兵士顔負けの勇猛さで叫んだ。
それをきっかけに、ユージーンとメイベルは飛び上がるように体を離した。