第七章 7
「メイベル!」
慌ててユージーンがメイベルを庇う。
詠唱を中断させられたユージーンが舌打ちしていると、二人の上空でばさり、という羽ばたきの音が聞こえた。
大きな影が地面を走り、メイベルがそれを目で追う。
(……ムタビリス……!)
メイベルの前に降り立ったのは、白い仮面を着けたムタビリスだった。
その背中には黒く雄大な翼が生えており、ムタビリスが地面に足を付くと同時に、弾けるように消える。
「お前『シャドウ』か。一国への過剰な援助は推奨されないはずだが?」
「おれは、――」
「彼は我が国に魔法を供給しているだけですよ」
いつの間にか、二人が登って来た階段の入り口にトラヴィスが立っていた。
おそらく作戦が開始されてから、堂々と乗り込んできたのだろう。
「ウィスキは魔術師『シャドウ』の力を支配している。それを武器へと応用させているだけです」
ふん、とユージーンが鼻で笑った。
「なるほど。道理で変な魔力が絡みついてるわけだ」
そう言ったユージーンの目は、ムタビリスの着けている仮面に向いていた。
「どうでもいい、お前を倒せばいいんだろう?」
ユージーンは腕を肩の高さにまで上げた。その指先はムタビリスへと向けられている。
だがその姿を見てトラヴィスが声を上げた。
「おっと、いいんですか? 彼を殺してしまって」
「どういうことだ」
「彼がいなくなれば、メイベル様は一生喋れないままですよ」
「……何?」
ユージーンが振り返りメイベルを見た。
なおも言葉を発さない様子に、ユージーンも何かを察したようだ。
「――人のくせに、魔術師のように陰湿な奴だな」
「自己紹介どうも」
そう言うと、トラヴィスはほほ笑みながら手元にあった何かを握りしめた。
すると向かいにいたムタビリスが、急に顔を押さえて苦しみ始める。
「さあ『シャドウ』、その男を殺しなさい」
その言葉を契機に、ムタビリスは腹の奥からこみあげるような低いうめき声をあげ、勢いよくユージーンに向かって襲い掛かった。ユージーンは即座に反応し、白い翼を伸ばすと空へと逃げる。
だがムタビリスも同様に黒い翼を広げ、垂直に飛び上がった。そのままユージーンとの距離を詰めていく。
(……!)
二人は空高くでぶつかり、ガキンという硬質な音が響き渡った。
ユージーンが体勢を崩し、わずかに高度を落とす。それを追うようにムタビリスが手を伸ばすが、ユージーンは下から弓なりの風刃を打ち出した。
ムタビリスがそれを躱すが、一つだけ肩をかすめる。
痛みに顔を歪めながら斜めに滑空するムタビリスを追って、ユージーンが更に腕を振り上げた。
力が拮抗している魔術師の戦いを、メイベルは息を飲むのも忘れて見つめていた。
ユージーンに勝ってほしいのはもちろんだが、ムタビリスにはあの牢で共に過ごした思いもある。出来るなら殺してほしくない、と思う一方で後ろにいるトラヴィスの存在もある。
(ムタビリスを止めないと、イクス王国が……)
だが今のメイベルには、どちらの思いも言葉にすることが出来ない。
何か手助けを、と周囲を見渡す。
そこで同じように空を仰いでいたトラヴィスが、何やら妙な動きをしているのに気づいた。
トラヴィスの視線は空に浮かぶユージーンに向いており、彼はゆっくりと右腕を上衣の中に忍ばせている。再び腕が抜き出された時、その手に金属製の何かが握られていた。
(前にセロを襲った時の武器だわ!)
おそらく衝撃波を打ち出す道具だろう。
あの時はすぐ近くだったが、これだけ離れていても撃てるのだろうか。
そんなことを考えている間にも、トラヴィスの顔は静かにユージーンの方を向いている。
慌ててメイベルもユージーンの方を見た。
だが彼はムタビリスの相手をするのが精いっぱいでこちらの様子に気づいていない。
(……止めなきゃ!)
メイベルは立ち上がり、トラヴィスに向けて全力で駆け寄る。
だがトラヴィスはそんなメイベルを一瞥すると不敵に笑い、そのまま武器を空へと向けた。
引き金を引くと、黒い火花のような光が一直線に放たれる。
――その射線上にはユージーンの姿。
間に合わない、と思った瞬間、メイベルは呪いを忘れて叫んでいた。
「逃げて!」
その大きな声に、ユージーンはすぐに気づいた。
上体を大きく反らし、その光を紙一重で躱す。
その姿を見たメイベルはほっと胸を撫でおろすと同時に、あれ、と自身の喉を押さえた。
(私、今声を……)
急いで自身の体を確かめる。
だが心臓は変わらず動いているし、手足もおかしなところはない。
疑問を浮かべるメイベルだったが、更に奇妙な光景を目にした。
トラヴィスが再度武器を構えようとする間に、何故かムタビリスがユージーンを空に残したまま急降下していたのだ。
そのままトラヴィスの腕を掴むと武器を奪い、遠くへ放り投げる。
驚いたのはトラヴィスの方だった。








