第七章 6
人混みの中、ドオン、と廊下の壁が揺れ、その一部が崩れた。
少し前を走っていた集団から悲鳴が上がり、驚いたシュトラウスが手を離す。
そのわずかな隙にメイベルは彼の傍から離れた。早く逃げなければ、と思ったが、そのままひしめく人の波に巻き込まれてしまう。
(苦し、い)
長く監禁されていた疲れもあり、メイベルの意識が飛びそうになる。
その時、再び誰かがメイベルの腕を掴んだ。そのまま廊下の脇にあった倉庫の一室へと連れ込まれる。
(何⁉ 誰……)
勢いよく扉が閉められ、鍵がかけられる。
メイベルが顔を上げると、そこには――ユージーンがいた。
嬉しいのと驚きとで、思わず声をあげそうになるのを必死にこらえる。
(だめだわ、ユージーンはもうお姉さまの……)
メイベルが逡巡する一方で、ユージーンはすぐにメイベルの腕を取った。
シュトラウスに握られた箇所が赤くなっている。
「なんてことを」
恐々とその部分に触れる。
するとわずかに暖かくなり、痛みが引いていくような感覚があった。その触れ方があまりに優しくて、メイベルは涙がこぼれそうになる。
だがユージーンの次の言葉に、すぐに顔を陰らせた。
「――お前、メイベルだったんだな」
メイベルは静かにうつむいた。
きっと嘘をついていたことを責められるのだ。
だがユージーンはそんなメイベルを見て、以前と同じようにふと笑った。
「怒っているのか?」
今度はメイベルが驚く番だった。
「勝手に、お前の姉と婚約したことを」
「……」
メイベルはいたたまれなくなり、ふるふると首を振った。
自分に怒る権利などない。でも悲しかったのは紛れもない事実だ。
「すまなかった」
「……」
今すぐ、すべてを聞きたかった。
話したかった。
謝りたかった。
そして――
(――私、あなたがすき)
だが声にすれば自分は死んでしまう。
こんな危機的な状況で、彼のお荷物になりたくなかった。
言葉に出来ない思いを込めて、メイベルはユージーンの胸に指を伸ばす。
「メイベル?」
メイベルの目からは張力を超えた涙が、ぽろぽろと零れ落ちた。
声を出すわけにはいかないと、必死に唇をかみしめる。
そんなメイベルの様子に、ユージーンは驚いたように彼女の頬に手を添えた。
「メイベル、お前――」
刹那、今までよりも一際大きな衝撃が壁を襲った。
いよいよウィスキの侵攻が酷くなっているようだ。
「ここも危険だ。早く行くぞ」
ユージーンに手を引かれ、メイベルは再び廊下へと出る。
先ほどより多くの瓦礫や木片が散乱しており、打ち込まれた火矢から燃え移った炎が赤い絨毯を食んでいる。ユージーンは一度階下に向かおうとするが、下には多くのウィスキ兵が侵入していた。
「こっちだ」
すぐに踵を返し、塔の屋上へと続く道を走る。
走りながら、ユージーンはメイベルに話しかけた。
「向こうに魔術師がいるのか? この爆発は……」
魔術師、という言葉にメイベルはムタビリスのことを思い出す。
だがメイベルにはそれを伝えるすべがなく、二人はそのまま屋上へと到着した。
青々とした空の下、城下からはどす黒い煙の柱が何本も立ち上っている。剣戟の音に兵士たちの怒号、高い悲鳴や子どもの泣き声など、阿鼻叫喚の地獄絵図のようになっていた。
「……!」
メイベルは絶望し、その場にへたり込んだ。それを見たユージーンはすぐに小さく詠唱を始める。
だが二人のすぐ近くで、再び爆発が起こった。