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第七章 4



 その日は朝から賑やかだった。


 普段見張りの兵士しかいない西の塔に、シュトラウスとトラヴィス、そして側近らしき人物が複数人来ていたからだ。

 彼らは慌ただしく石の床を蹴り、メイベルが入っている牢の前へと並んだ。


「メイベル・ラトラ・イクス」

「……なんでしょう、シュトラウス様」


 床に座っていたメイベルは、そのまま下から見上げるようにシュトラウスを見た。


「君の利用方法が決まった」


 ガチン、と大きな音を立てて、牢の鍵が外された。

 メイベルは一言も発しないまま、彼の言葉の続きを待つ。


「まどろっこしいことはやめだ。今度の婚約発表の場にお前を連れて行く。あくまでも『攫われたメイベル姫を我々が探し出した』という体でな」

「よくもぬけぬけと……」

「そうやって式典に入り込んだ後、代わりにキャシーを攫う。どうだ、見事な計画だろう」


 兵士の一人が座り込むメイベルの腕をつかみ、無理やり引き立たせた。

 歩くように強制され、たどたどしく牢から出される。

 シュトラウスの隣にいたトラヴィスを睨みつけ、責めるように言った。


「ふざけているの? 私が帰って、真実を言えばすぐにばれるわ」

「本当に。どこかの魔術師殿が変なことを言い出さなければ、こんな性急にことを運ぶこともなかったのですが」

「仕方ないだろう。キャシーとの結婚など許せるはずがない」


 うんうん、と隣で頷いているシュトラウスにも侮蔑の目を向けた。


「あなたがいかに真実を語ろうが、どうでもいいのです。どうせすぐに、あの国はウィスキのものとなるのですから」


 トラヴィスの言葉に、メイベルは再び彼の方を見た。


「キャスリーン様がこちらに来られたことを確認し次第、イクス王国への侵攻を開始します。ですからあなたの証言など意味はないのです」

「ユージーンが、そんなことさせないわ!」

「はい。ですから時間稼ぎくらいはさせていただこうかと」


 背後でもう一つ、ガチリと錠前が響いた。

 メイベルが音のした方を振り返ると、先ほどまでいた牢の隣が開いている。






「……ムタ、ビリス……?」


 メイベルと同様、兵士に伴われて人影が現れた。

 ごり、と響く音は、彼の片足にはめられた大きな重しの音。

 背はかなり高く、非常に細い手足をしていた。服はボロボロで、裾は汚くほつれている。髪は長くごわごわと質量があり、灰色のような白のような変わった色をしていた。


 だがそんな容姿が全て見えなくなるほど、メイベルはただ一点に目を引き付けられた。


 白い仮面。

 鳥の顔を模したかのようなくちばしの長い仮面が、ムタビリスの顔にあったのだ。


「ムタビリス……あなた、もしかして」

「魔術師『シャドウ』……それが彼です」


 トラヴィスが、静かに微笑みながら告げる。その名前をメイベルは以前ユージーンから聞いたことがあった。


(確か、狼に襲われた時に……)


 メイベルは何かを話しかけようとしたが、兵士から強く腕を引かれ、そのまま無理やり歩かされる。どうやらムタビリスも後ろから付いてきているらしく、メイベル達はそのまま塔の端にある一室へと連れてこられた。

 中には古びた机と椅子があり、牢よりも幾分大きな窓があった。だが分厚いカーテンがかかっており、隙間からわずかに光が見えるだけだ。


「縛り付けろ」


 シュトラウスの命令に従い、兵士たちはメイベルを中央にある椅子へと後ろ手に縛りつけた。何とか抵抗してみるが、相手の力が強く無駄に終わる。

 そうしているうちに正面にシュトラウスとトラヴィス、そして兵士に伴われたムタビリスが立っていた。


「メイベル様、あなたに魔法をかけさせていただきます」

「魔法、ですって」

「ええ。正しくは――呪い、と呼ぶのが正しいかもしれませんが」


 そういうとトラヴィスは、ムタビリスを捕らえている兵士に向けて視線を送った。

 ムタビリスはメイベルの前に無理やり引き出されたが、重しに足を取られその場に倒れこんだ。

 ジャリ、という鎖の音を立てながら、ムタビリスは緩慢な動作で起き上がる。


「シャドウ、分かりますね」

「……」

「彼女にいつもの魔法を」


 ムタビリスはしばらくその場で立ち尽くしていた。

 メイベルはそんな彼をじっと見つめていたが、白い仮面に覆われてその表情は読めない。だが仮面に覆われていない口元だけは固く引き結ばれていた。


「シャドウ、何をしているのですか」

「……いやだ、したくない」


 その言葉にトラヴィスはわずかに眉を上げた。だがすぐに眼を眇めて微笑む。


「珍しい。情がわきましたか」

「……」

「『メルヴェイユーズの心』が戻らなくても良いのですか?」

「……ッ」


 メイベルはその言葉に息を飲んだ。

 ――メルヴェイユーズ。それはメイベルの母親の名前だ。



「さあ、早くなさい」


 トラヴィスの言葉に、ムタビリスはゆっくりと片腕を肩の高さまで上げた。

 最初は何事かを小さく呟いていたが、徐々に大きくなり、やがて恐ろしく均一な歌のように室内へと響きわたる。メイベルは何が起きるのかと、ただ息を飲んでみていることしか出来ない。


 やがてムタビリスの指がメイベルを指し示した。高く指を鳴らす音がしたかと思うと、メイベルの周囲に奇怪な文様が浮かび上がる。


「――死を、孕め」


 その言葉を最後に、浮遊していた文様はメイベルの体に張り付くように収束した。

 途端に心臓に締め付けられるような痛みを覚える。


(――なに、これ)


 ユージーンの所にいた時も、何度か味わった胸の痛み。だがこれはその比ではなかった。どくどくと拍動が早まるのが分かり、メイベルは呼吸を荒くする。

 やがてわずかな違和感だけを残して、メイベルの心臓の痛みは晴れていった。


 思わずムタビリスを見る。

 相変わらず目と鼻は隠されて何もわからなかったが、その口が驚いたように開いているのが分かった。


「よくやったシャドウ。――連れて行け」


 トラヴィスの指示に、兵士たちがムタビリスを捕らえ部屋から出ようとする。

 その刹那、ムタビリスが小さい声で呟いた。


「メイベル、……きみは、」


 だが兵士から退室を促され、それ以上言葉を聞くことはかなわなかった。

 そうしてムタビリスがいなくなった部屋で、メイベルは座ったままトラヴィスを睨みつける。文句でも言ってやろうと口を開いたメイベルをトラヴィスが制した。


「喋らない方がいい」

「……?」

「喋れば命を落とす魔法をかけました。本当のことを話されては困りますからね」


 メイベルはごくりと息を飲んだ。

 言葉を発すれば、メイベルの命は無くなる。

 ――だがこのままだとキャスリーンが、イクス王国が。


「さあ、明日の式典が楽しみですね」


 足元からぞろりとした恐怖がメイベルを襲う。


(絶対に、そんなことにはさせない……でもどうしたら……!)


 メイベルは、自身がどうすべきなのかを必死に考えていた。


 

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