第七章 2
西の塔、と呼ばれる場所は先ほどとは随分と異なる建物だった。
全体的に荒い石造りで出来ており、壁も床も石肌がむき出している。
当然絨毯などはなく、家具らしいものはみすぼらしいベッドだけだ。一応トイレとそれを隠す壁程度はある。日が差さないためか、空気の流れもどことなく悪い。
(ただの監獄ね……)
事実三方を石壁に囲まれ、壁がないところは鉄の棒が柵のように林立していた。
どうやら隣と、通路を挟んで反対側にも同じような牢屋がいくつかあるようだ。背後は上の方に小さい窓がぽかりと開いているだけ。
メイベルは鉄格子に近づき、両手で掴んで揺らしてみる。だか当然びくともせず、仕方なく通路の様子を探った。
(入ってくるときに二人の門番、奥にも一人いるわね……)
早くここから出て、キャスリーンが狙われていることや、トラヴィスがウィスキに従属していることを、イクス王国に伝えなければ。
自棄になって鉄のそれらを手のひらで叩く。だが弱弱しい反響音がするばかりで、メイベルはため息をついた。
「――誰?」
突然、隣の壁から声が聞こえた。
最初は聞き間違いかと思ったが、続けてちゃりちゃりと金属がこすれるような音が続く。驚いたメイベルが目を丸くしていると、右側の壁から籠るような男の声が響いてきた。
「誰か、いるの」
「……メイベルといいます。あの、あなたは?」
恐る恐る問いかける。すると男はまたも聞き取りづらい音量で答えた。
「……ムタビリス」
「ムタビリス、かしら」
訂正がないから間違いではないようだ。
まさかこんなところに、自分以外にも人がいるとは、とメイベルは壁越しに質問を続けた。
「ムタビリス、あなたはどうしてここに?」
「……」
返事がない。
答えたくないのかもしれない、とメイベルはそれ以上の追及をやめた。
軋むベッドに座り、これからどうしたらいいのかを考える。
(くやしいけれど、確かに私にお姉さまたちほどの価値はないわ……)
トラヴィスの言葉がメイベルの胸に刺さる。だが落ち込んでいる時間はない。
(私が攫われたことは誰かが気づいているはず。早く何とかして逃げ出さなきゃ……)
メイベルは悔しさを飲み込むように唇を噛んだ。
西の塔には一日に二回、食事が運ばれた。
トラヴィスも、一応まだメイベルを生かしておく必要があるとは考えているようだ。
(今日で三日目……)
食事を終えて、壁に傷をつける。牢の中はほとんど陽が差さないため、こうでもしないと今が何日目か分からなくなるのだ。
食器を入り口側へ置いていると、隣で人が動く気配があった。
「ムタビリス?」
そういえば彼とも最初に会話をして以来、話していなかった。門番が遠くにいることを確認して、メイベルは小声で会話を続ける。
「お互い大変な状態ね」
「……」
やはり返事はない。メイベルははあとため息をつくが、すぐに微笑んだ。
(なんだか、昔のユージーンみたいだわ)
メイベルが彼の居城に行き始めた時、彼もまたメイベルがどれだけ呼び掛けても全く返事をしてくれなかった。どうしてまた彼のことを思い出してしまうのかしら、とメイベルは苦笑しながら更に話しかける。
「私はイクス王国から来たの。あなたは?」
「……」
「ウィスキの人かしら」
「……」
何か彼が答えやすい質問はないだろうか、と考え、メイベルは口を開いた。
「今日のご飯、男の人には少なくないのかしら。ムタビリスは好きな食べ物ある?」
「……」
だめか、とメイベルが眉を寄せた時、ようやく壁の向こうから低く響く声が届いた。
「甘いの……」
メイベルは二三度瞬くと、嬉しそうに口角をあげた。
「何が好き? クッキー? ケーキ?」
「……クッキー」
「わかったわ。ここを出られたら作ってあげるわね」
途端にムタビリスの声が少しだけ高くなった。
「ほんとに?」
「うん。だからお互い、頑張りましょうね」
それを最後に、メイベルは再び牢の奥へと戻った。
そうだ、まだ頑張れる。メイベルはそう自身に言い聞かせると、体力を減らさないためにもベッドへ横になった。