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第七章 お前のために


 メイベルが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。


「……いたた、……」


 麻袋の中で乱暴に運ばれたせいか、途中から意識が途切れてしまったようだ。

 改めて周囲を見渡すと、そこはイクス王国の王宮と遜色ない一室だった。ただし窓には釘で板が打ち付けられており、一つしかない扉には鍵がかかっている。

 家具らしいものといえばベッドと机、椅子くらいでまるで生活感のない部屋だった。


(ここは一体……)


 金細工の素晴らしい調度品や幾何学模様の壁紙を見る限り、かなり身分のある貴族の館のように見える。なんとか逃げ出す手段はないかとメイベルが色々探し回っていると、どこか遠くからどたどたと騒がしい足音が近づいてきた。続けて扉の鍵がガチャガチャと音を立てる。


「キャシー! 来てくれたんだね!」


 威勢のいい開錠音と共にバァンと扉が開き、一人の男が両腕を広げ、満面の笑顔で立っていた。

 濃い金髪に彫りの深い幅広の緑目。厚い唇に白い歯を覗かせる彼は、美丈夫といって差し支えない男前だった。

 だがメイベルはその男を見て、思わず眉を寄せる。


「……シュトラウス様?」


 メイベルの発した言葉に、男はきょとんと瞬きするとこちらを見た。


「うん? 君は?」

「イクス王国のメイベル・ラトラ・イクスです」


 シュトラウスと呼ばれた男は、更に二三度瞬きすると、ふうむと手をおとがいに添わせた。


「ラトラ・イクス……ということは、キャシーの妹さんかな!」

「ええ、はい、まあ」


 間違いない。

 この男はシュトラウス・ウィスキ。

 ウィスキの第一王子で、確かキャスリーンに酷く惚れこんでいるという噂があった人物だ。

 メイベルも何度か舞踏会や外交の場で会ったことがあるのだが、どうやら全く覚えられていなかったようだ。


「ということは、将来は僕の妹になるわけだ。仲よくしよう!」

「……」


 無理やり攫ってきておいて仲よくしようなんて、頭の中どうなってるのかしらとメイベルが思っていると、シュトラウスは背後を振り返り大きな声で叫ぶ。


「おい、トラヴィス。キャシーはどこだ?」


 その名前にメイベルはぞくりと寒気を走らせた。だが呼ばれた当人は悠然とした様子でシュトラウスの元へと顔を覗かせる。


「シュトラウス様、いかがされましたか」

「お前、キャシーを連れてくるって言ってたのにいないじゃないか!」


 その言葉にトラヴィスと呼ばれた男が、じっとメイベルを見た。同じくメイベルも彼を睨み返す。何度見ても間違いではない。


 ――彼はイクス王国の王佐、トラヴィスその人だった。






「ふむ、どうやら人を間違えたようです」


 睨みつけてくるメイベルを無視して、トラヴィスは事も無げにそう言った。


「まったく、しっかりしてくれよ」

「大変申し訳ございません。すぐに次の手を考えますので」


 トラヴィスが丁寧に頭を下げる姿に満足したのか、シュトラウスはどこかへ戻っていった。残されたトラヴィスに、メイベルははっきりとした声で問いかける。


「これはどういうこと?」

「いえ、シュトラウス王子がキャスリーン姫に大層ご執心で。警備の薄い時間を狙ったはずだったのですが、まさかメイベル様がおられるとは」


 そういうとトラヴィスは冬の空のような灰色の目を眇めて、ぼそりと呟く。


「……よりによって、こんな外れを引くとは」


 トラヴィスがわずかに浮かべた笑みを見て、メイベルは唇を噛んだ。


「一姫であれば外交の強いカードになる。まあ、あのじゃじゃ馬が簡単に捕まるとは思いませんが。二姫四姫ならこちらで芸をさせることも出来たものを」

「お姉さまたちを侮辱しないで」


 メイベルの怒りを滲ませた視線に、トラヴィスはふうと息を吐いた。


「それは失礼」

「イクス王国を裏切ったのね。これからどうするつもりなの」


 その問いにトラヴィスはしばらくメイベルを見つめると、ふと眼を眇めた。まるでほほ笑んでいるかのような優雅さで答える。


「さあ。私はあくまでも、こうすればいいという策をお伝えするだけなので」

「私の結婚も、策略の一つだったの」

「ああ。あれは実に馬鹿げた提案だと思ったんですがね」


 意外にも通ってしまって、とトラヴィスは笑う。


「冗談のつもりだったのですが、まさか本当にするとは思いませんでした。これだから自分で考えることの出来ない人間は困ります」

「冗談、ですって?」

「普通に考えて、あの魔術師たちが命令された結婚などに従う訳がない。それを本気にしてわざわざ出向いたメイベル様には申し訳ないと思いますけどね」


 恥ずかしさに、メイベルは顔が熱くなるのが分かった。


 自分はもはや策略ですらないものに踊らされていたのだ。

 本当の恋をしたいからとか、相手がどんな人か知りたいだとか。

 そんなささやかな願いすら、トラヴィスをはじめとした国を担う大人たちにとってはどうでもいいことだったのだ。


「実際、ユージーン様を口説くことは出来なかったでしょう?」


 トラヴィスの言葉に、メイベルは何も言うことが出来なかった。それを肯定と受け取ったのか、トラヴィスはふふ、と短く笑うと背後に控えていた兵士に向かって告げた。


「君、彼女を西の塔へ」

「え、でもあそこは」

「キャスリーン様ではないからね。相応の扱いをさせていただくよ」


 最後の言葉はメイベルに向けられたもの。

 それを聞きながら、メイベルは最後までトラヴィスを睨みつけていた。




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