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第一章 3


(それにしたって、どうして結婚相手に魔術師を選んだのかしら)


 憐みの目を向けた使用人たちから見送られ、メイベルはキッチンを後にする。自室までの長い廊下をトラヴィスと歩きながら、一人静かに考えていた。視線を窓ガラスに向けると、困惑した表情の自分が映っている。

 いくら選べないとは言え、一応メイベルは王族の人間である。それなりの家柄、例えば伯爵位を持つ家や辺境伯、他国の王子など、選ばれる男性もそれなりの地位や家柄がある男性になるはず。だが『仮面魔術師』といえば、領地もなければ地位もない。そうした政治や血統から一番離れた存在だ。


「メイベル様」


 少し前を歩いていたトラヴィスが口を開いた。


「実はここだけの話なのですが、この結婚にはもう一つ理由がございます」

「え?」

「実は最近ウィスキ帝国が急な軍備強化をしているという噂がありまして。武器や備蓄以外にも特殊な兵器を導入したとか」


 ウィスキはイクス王国の北に位置する軍事国家だ。寒冷な気候のため農耕や牧畜に不向きで、他に大した鉱山資源もない。そのため国自体が優れた傭兵を育成し、それら国単位に派遣することで国家としての生計を立てている。


「知っての通り、我が国はたびたびウィスキからの侵略に苦慮してきました。今回の軍備強化も、侵略を目的だとするならば悠長に構えている暇はありません。ですがすぐに対抗できるほどの軍備をと言われても、そうそう準備が間に合うものではございません」


 そこで、とトラヴィスが咳ばらいをする。


「我々は仮面魔術師の力を借りることにいたしました」

「……ええと?」

「メイベル様と結婚なされば、妻・メイベル様の母国であるイクス王国をユージーン様が守る。つまりそのための結婚ということです」


 言葉をしっかりと理解した後、メイベルは頭が痛くなるのが分かった。

 確かにイクス王国は国としての規模も小さく、美しい街並みを基盤とした観光資源や、羊を中心とした畜産業で保たれている国だ。今すぐに軍備を揃えるだけの余裕もないし、予算もない。しかし隣国からの脅威を、末っ子王女の結婚一つで贖おうとはさすがに考えが甘すぎるのではないだろうか。


「もちろん他の対策も致します。ですがその間の時間稼ぎというか、藁をもつかむ思いといいますか、しないよりはしたほうがいいという意見に議会でまとまりまして」

「やめて! 段々ひどくなってる気がする!」


 だが長女ガートルードと次女クレアには既に婚約者がいるし、四女のファージーはウィッサの王子と恋仲との噂だ。三女のキャスリーンはまだ決まった相手がいないが、彼女の場合は逆に一人に決めると暴動が起きてしまうためか、選ぶ方も厳選に厳選を重ねざるを得ないらしい。その点メイベルは未だ相手もおらず、末姫ということもあって政治的な関与も少ない、と見事白羽の矢が立ったらしい。

 うっかり納得しかける自分に首を振り、メイベルはそうだと思い出したことをトラヴィスへと尋ねる。


「このことはお父様もご存じなの?」

「いいえ。実のところ、まだ正式な婚約ではないのです」

「は?」


 聞けば仮面魔術師あてに文書を出したものの、まだ返事が返ってきていないとのことだった。そんな状態でよく二か月後に行けという結論に行きついたのか、とメイベルは少し怒りを感じ始める。


「正直なところ、仮面魔術師が結婚をしたという話は今まで聞いたことがありません。そのためメイベル様にはまずユージーン様と親しくなって、婚約を正式なものとしていただくところから始めていただくことになります」

「滅茶苦茶過ぎない⁉」

「そうして正式に婚約を結んでいただいてから、お父様にもお伝えできればと」


 確かにメイベル達王女たちの婚約は、父親の承認以外に議会でも認められる必要がある。選抜も最初は議会を通して行われるため、今回も議会からの提案ということだろう。

 だがそんなことで自分の人生を決められてしまってはさすがのメイベルもたまらない。


「このお話、断ったらどうなるんですか」

「その場合は、まだ婚約者がおられないキャスリーン様かファージー様にお願いをすることになると思います」


 その返事にメイベルは苦虫をかみつぶしたような顔になった。


 

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