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第六章 3



 一夜明け、メイベルは呆然としたまま廊下の窓ガラスを磨いていた。

 本当はしっかり考えるべきなのだが、じっと座っているよりもこうして何かしていた方が考えもまとまる気がしたのだ。


(やっぱり、正直に言わなきゃ)


 窓の汚れが落ちるのに合わせて、メイベルの意思も少しずつ鮮明になっていく。


(でもそうしたら、嫌われてしまう、よね)


 はあ、と息を吐きかけると窓が白く濁る。せっかく、好きだと言ってくれたのに。

 これで今更「実は私がメイベルでした」なんて言ったら。


「……」


 メイベルは動かしていた手を止め、静かにうつむいた。

 そんな時、玄関からのセロの声が聞こえてきた。メイベルは雑布をバケツに入れ、小走りで一階に続く階段を降りる。


「ウィミィ。今日の荷物持ってきたぞ」

 

 下にはいつものように笑顔を浮かべるセロがいた。だがいつもはロビーまで入っているのに、今日は何故か扉を開けてそこから顔だけをのぞかせている。


「いつもありがとうセロ、何か大きな荷物かしら――」


 メイベルが玄関に駆け寄ると、セロはすぐにメイベルの手を掴んだ。

 何、と考える間もなく強く手を引かれ、そのまま外へと連れ出される。


「セロ⁉」

「――メイベル様」


 踏みとどまろうとするメイベルの背後から、聞き慣れた声がした。

 視線を戻すと、そこには王佐トラヴィスが、冷たい眼鏡越しにメイベルを見ているではないか。


「トラヴィス、どうして、ここに」

「ウィミィが口を割りました。帰りますよ」


 トラヴィスは動揺するメイベルの腕を掴んで、無理やり立たせようとする。その様子に傍にいたセロがようやく口を挟んだ。


「お、おい、あんたウィミィの兄貴なんじゃないのかよ!」

「あれは嘘だ。お前がいないと森を越えられないからな」

「な、……騙したのか!」


 どうやらセロは、トラヴィスの正体を知らずにここまで連れてきてしまったようだ。呆然とするメイベルを助けようとするが、一瞬早くトラヴィスの手がセロに伸びる。

 するとばちりと大きな音が響き、その場でセロは倒れてしまった。メイベルは慌ててトラヴィスの方を向き直る。その手には金属の筒のようなものが握られていた。


「何をしたの!」

「少し眠ってもらっただけです。メイベル様、こちらへ」


 地面に伏せるセロに駆け寄りたいが、メイベルはトラヴィスによって腕を強く掴まれており、近づくことが出来ない。まずい、とメイベルは必死に逃げる方法を探した。


(だめ、まだ帰る訳には)


 彼に――ユージーンに、伝えていないのに。

 だがメイベルの気持ちとは裏腹に、先ほど聞いた雷撃のような衝撃が再び宙を走った。


「――ッ」


 メイベルは首元に強い痛みを感じ、声にならない悲鳴を漏らす。彼女の記憶はそこでふつりと途切れた。






 目が覚めるとそこは、王宮にあるメイベルの部屋だった。


「……わたし、……そうだわ、確か」


 首元にわずかな痛みを感じながら、少しずつ記憶を手繰り寄せる。

 戻らないと、とベッドから体を起こす。だがそれを見計らったかのようにメイド達と、最後にトラヴィスが部屋に入って来た。


「お目覚めですか、メイベル様」

「トラヴィス、……勝手に抜け出したことは謝るわ。でも私戻らないと」

「それは出来ません」

「どうして!」

「あたりまえでしょう。仮にも一国の姫ともあろう人が、身分を偽って魔術師のところに入り浸っているなど」

「だって私の婚約者なんでしょう?」

「そんな単純な話ではありません。あとは私たちが準備しますので、あなたはここで待っていればいいのです」


 トラヴィスはそういうと、メイド達に指示を出した。ぞろぞろとメイベルを取り囲み、やれ髪だ洋服だと身なりを整えようと準備を始める。


「申し訳ありませんが、残り一か月。メイベル様がこの城から出ないよう、手配させていただきます」

「どうして!」

「また抜け出されたら困るからに決まっているでしょう」


 やれやれと息を吐くと、トラヴィスはそのまま部屋を出て行ってしまった。残されたメイベルは抵抗もむなしく、メイド達の波に埋まっていった。



 

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