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第六章 2


(うーん、やっぱり同じ顔だわ)


 綺麗な顔にはキャスリーンで耐性がついていると思っていたが、やはり男性ということもあり印象が違う。素顔を見たは良いが、うーんと言いながら首をかしげているメイベルの様子にユージーンは眉を寄せた。


「どうした?」

「いえ、やっぱりユージーン様だったので」


 そう言ってからメイベルはあ、と口をふさいだ。本人だと判明したのはよかったが、そのために仮面を外させたのだとばれたら、また色々嫌味を言われるかもしれない。

 だが当のユージーンは、意外なことに何も言い返してこなかった。それどころかしばらくメイベルを見つめたかと思うと、険しい表情でわずかに目を伏せた。


「あ、あの……?」

「いや、相変わらず効果がない、と思ったんだ」


 疑問符を浮かべるメイベルをよそに、ユージーンは椅子から立ち上がった。机に置かれた暖色の明かりが、彼を背後から照らし出す。

 全身薄汚れて、メイベルが怒鳴りつけながら服を着替えさせた頃の名残は全くない。清潔な白いシャツに黒いベスト。黒いコートを着ているのは相変わらずだが、そのどれにもきちんと折り目がついている。

 あとはその長すぎる前髪を切ればいいのに、などと考えてるメイベルの前に立つと、ユージーンは手袋を外し、そろりとメイベルの頬に指を伸ばした。

 低い体温のそれに驚いていると、先ほどよりもユージーンの距離が近づいてくる。反射的に俯こうとするメイベルの顎に手を添えると、くいと上向かせた。


(な、なな、なに、なんなの⁉)


 覗き込むユージーンの視線とぶつかる。

 絶妙な配置の目鼻に、薄く閉じられた唇。透明度の高い蜜色の瞳に見とれていると、メイベルの心臓がどくんと音を立てた。

 ともすれば口が触れてしまいそうな距離。

 メイベルは呼吸も忘れてユージーンの動向を見守っていたが、彼はその端正な顔を切なそうに歪めたかと思うと、ぽつりと零してそっとその手を離した。


「……普通、この顔を見たらすぐに僕を好きになるのにな」

「な、なんででしょうね?」


 思わず一歩後ろに下がるメイベルを見て、ユージーンは二三度目を瞬くと、はあとため息をついた。


「肝心な時に役立たないな、魔法なんて」

「え?」


 メイベルはその言葉を聞いて、しばらく沈黙していた。だがその意味が分からず首をかしげる。ユージーンはその仕草を見て、少しだけ考えると低く告げた。



「ウィミィ。僕は多分――お前のことを好きになっている」

「へ?」

「お前の傍にいたい、お前に喜んでほしい、笑う姿が見たい……多分こんな気持ちを、好きというんだろ?」


 今度はメイベルが目をしばたたかせる番だった。

 からかっているのか、と一瞬考えたが、ユージーンの目は真剣で、必死に適切な言葉を探しているかのようだ。


「でも僕はこういうことに経験がないし、何とかやれるだけはしてみたけど、お前には効果が無いようだった」


 ここ数日の手伝いやらなんやらはそれだったのか、とメイベルはようやく気付いた。ここまでストレートに気持ちを伝えられたことがなく、メイベルは段々頬が熱くなるのが分かる。そんな彼女に向けてとどめの一言が刺さった。


「お手上げだ。ウィミィ。どうしたら、――僕を好きになってもらえる?」

「ど、うしたら、って」


 そんなことメイベルの方が知りたい。

 なにせ初めて男性から告白されたのだ。混乱して思考がごちゃ混ぜになるメイベルだったが、自分がここにいる理由を思い出す。


(もしかして、私が今お願いしたら、イクス王国を守ってもらえる……?)


 だがメイベルはぶんぶんと頭を振った。そんなまるで、利用するみたいな。でも。


(でも、元々弱みを握って、脅してでもと、思って……)


 メイドだと嘘をついて。

 イクス王国のためだと息巻いて。

 

 だが実際はどうだろう。

 念願通り、ユージーンの弱みを握ったというのに、どうしてこんなに心が痛むのだろう。


「ウィミィ?」

「あ、あの、でも私はメイベル様の、おつきのメイドで」

「ああ、……そうだよな」


 ユージーンは汗だくのメイベルに気づかず、少しだけ眉を寄せた。


「申し訳ないけれど、お前の主との結婚は破棄させてもらう。形くらいならと思っていたけど、お前がいる今はそれすら考えられない」


 その言葉にメイベルの心臓はひと際大きく鳴った。


「……大体、自分の結婚相手を見極めるなら、自分で来るべきだ。お前を代わりに送り出して、それで平気な主のもとにお前を返す気はない」


 ユージーンは自分をウィミィだと信じ込んでいる。その一方、彼の中でのメイベルの印象は最悪だ。もしも今自分がメイベルだと言ってしまったら、彼はどう思うだろう。


(きっと、騙されたって思うわよね……)


 彼が向けている好意を、偽物の私では受け取ることが出来ない。

 メイベルは胸の奥がずきりと痛むのが分かった。



「あの、ごめんなさい。私、少し考えたくて」


 必死にそれだけを言うメイベルを見て、ユージーンは苦しそうにうつむいた。その表情にすら罪悪感がよぎる。


「悪い、困らせて……」


 でもこの気持ちは本物だから、とユージーンの金の瞳がメイベルを捕らえようとする。だがメイベルはそのまっすぐな視線を受け止めることが出来なかった。




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