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第五章 3


「そんなことより、何か話があって来たんじゃないのか」

「ああ、そうだった。実はウィスキの件なんだけど」

「ウィスキ? ここの隣か」

「うん。最近軍備強化を始めた話は聞いてる?」


 ロウの言葉にユージーンは拳を口元にあてた。

 長年の引きこもりとはいえ、使い魔による多少の情報収集はしている。ウィスキについてのきな臭い噂も聞いており、最近の兵器の輸入量や建造している軍備から考える限り、近いうちに戦争を始めるのは間違いないだろう。


「それに『シャドウ』が関わっているという噂があってね」

「シャドウが?」


 ユージーンはわずかに仮面の下の目を眇めた。

 

 シャドウというのは『元型』の名称だ。

 魔術師にはそれぞれ元型と呼ばれる魔術の系統があり、例えばユージーンは「アニマ」、ロウは「トリックスター」に分類される。

 だがその魔術師も今は一つの元型に一人いるだけ。

 シャドウもその一人であり、二人ともまだ会ったことのない魔術師だった。


「魔術師が国政に関わっていいのか」

「まあどこまでかによるわな。俺もイズミとは協定結んでるし、シリシスシャストもヒ・タと顧問契約を結んでるはずだ」


 強大な力を持つ魔術師は、基本的に一つの国家に強く肩入れすることはよしとされていない。

 だが彼らもこの世界で生きていく身として、ある程度のところで友好的に認めてくれる国を確保しておくのは必要なのだ。ユージーンは特に契約を交わした国はないが、このイクス王国には多少の計らいをしてもらっている。


「だが破壊行為への参与は許されないだろ」

「そこなんだよねえ。どうしちゃったのかシャドウは……」


 魔術師が本気で魔法を行使すれば、一つの国くらい軽く吹き飛ぶ。そのため、他国への侵略や戦争を起こすといった行為はするべきではないと、師匠となる先代魔術師から教わっているはずだ。

 考え込むユージーンの一方で、ロウはカップに残っていた紅茶を飲み干して、そのままテーブルへと戻した。指を二つ目の焼き菓子へ移動させる。


「というわけで、どうするのかなと思って」

「どうする? とは」

「だってウィスキが侵攻するとしたら一番にここイクス王国でしょ。守るのか、それとも逃げるのか。向こうにシャドウがいるとすれば、ユージーンだってただじゃ済まないよ」

「それはそうだが」

「一応昔馴染みなわけだし。心配して来てあげたってわけ」


 ふにゃと笑うロウを見て、ユージーンは深いため息をついた。


「お前に心配されるまでもない。ここまで戦火が及べば逃げるだけだ」

「あれ、戦わないの?」

「どうして」

「だって、愛する奥さんの国なのに」


 ユージーンは先ほどよりも更に深いため息をついた。


「だから、どうしてそんな話になる。大体結婚しようがしまいが、僕にこの国を守る理由も義理もない。面倒なことが起きれば僕は逃げる、それだけだ」


 そう言い放ったユージーンの言葉の後、控えめなノックと扉を開ける音が響いた。見ればメイベルが再びワゴンを押して待機している。


「あの、お茶のおかわりはいかがでしょうか」

「あ、ちょうどよかった。貰っていいかな」


 先ほどまでの重たい空気は、ロウの嬉しそうな声によって一瞬で晴れた。

 メイベルが新しい紅茶を注ぐ傍ら、ロウは先ほどの話はまずいと思ったのか、まったく違う話題を持ち出してくる。


「そういえば、そろそろだね。新月」

「ああ、もうそんな時期か」

「今回もうまく越せると良いんだけど」


 メイベルは手早く二人のカップを新しいものに変え、古い食器を下げた。そのまま使用人の鑑のごとく、何も聞かなかったかのように部屋の隅で片づけをする。


「ユージーンはどうしてるんだい」

「どうもしない。部屋に鍵をかけて籠るだけだ」

「まあそうだよねえ。俺もこの日だけは女の子と寝られないから寂しくてさあ」


 ロウのへらへらとした口元を見ながら、ユージーンは「で、こいついつまでいるんだ?」と思いながら、苛立ったように熱い紅茶を口に運んだ。






 白いクロスを張ったワゴンを押しながら、メイベルは廊下を無言で歩いていた。

 やがて足を止め、窓ガラス越しに澄み切った空を見上げる。そこには非常に細くそがれた白い月が、日の光の下うすらと浮かんでいた。


(新月……)


 新しいお茶を注ぎに入った時「新月」という単語を聞いた。魔術師同士が話している以上、彼らに深くかかわる事柄には違いない。


(新月の日に何かあるのかしら?)


 ロウと名乗ったあの魔術師は、「うまく越せるといい」とも言っていた。

 もしかしたら、彼らの秘密に関わる何かかもしれない。それはユージーンの『弱点』になる可能性もある。


(もしかしたら、チャンスかも)


 メイベルはわずかに早まる拍動を抑えるかのように、こくりと息を飲んだ。




  

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