第五章 2
「……何しに来た」
「やあユージーン。十二年ぶりかな」
誰か客が来たというから応接室に来てみれば、そこにはソファに悠然と腰掛けるロウの姿があった。そのまま帰ろうと踵を返すユージーンを、ロウは慌てて呼び止める。
「まあまあ待って待って。久しぶりなんだからちょっと話くらいいいじゃん」
「時間の無駄にしか感じないんだが」
「だって俺たちの時間なんて一生暇つぶしみたいなもんだし」
微笑むロウを見て、ユージーンは深いため息をついた。諦めたのか向かいのソファに足を進め、どっかと偉そうに座り込む。すぐにロウも向かいのソファに腰かけなおした。
「しかしびっくりしたなあ、ユージーンが結婚するなんて」
「何の話だ」
「だって案内してくれたウィミィちゃん、ユージーンの婚約者付きのメイドなんだろ?」
「そうらしいな」
「専属メイドが先に来てお世話してるってことは、もう結婚まで秒読みってことじゃん」
ひゅーと口笛を吹くロウを、ユージーンは心底嫌そうな目で睨みつけた。
「結婚するなんて言ってない。あいつは勝手に来て住んでるだけだ」
「またまた。だって相手はお姫様でしょ?」
「一度も会ったことのない人間と、どうして結婚できるなんて思えるんだ」
そこへ軽いノックの音が響いた。失礼しますという言葉とともに、メイベルがティーセットを乗せたワゴンを部屋に押し入れる。慣れた様子で紅茶を入れると、ロウとユージーンの前にカップと焼き菓子を並べた。
「ありがと、ウィミィちゃん」
「いえ。お口に合うかは分かりませんが」
メイベルはにこりと微笑むと、すぐにワゴンとともに応接室を後にした。ユージーンは自分のカップを取って口をつける。
「大体、本人が来るならまだしも、メイド一人来させて様子見という性根が気に入らない」
「まあ、王族なんてそんなもんでしょ」
大体なんか裏があるだろうし、とロウは焼き菓子を口に運ぶ。
「まあな。僕に何かしてほしければ、自分が来いと言ってやる」
「来てもユージーンは協力しないでしょ」
そう言ってロウはあははと嬉しそうに笑った。そして紅茶に口をつけながら、ふと思い出したように口にする。
「そういえば、ウィミィちゃんってさ」
「?」
「何かユージーンが守護とかしてるの?」
「いや?」
うーん、とロウは首をかしげる。
「いや実はここに来るまでに顔を見せたんだけどさ」
「……は? 顔を見せた?」
「うん。でも魅了されなかったから、ちょっとびっくりして」
ユージーンは目を見張った。
「お前、女だからって見境なしに顔を見せるなとあれほど」
「あははごめんごめん。だって女の子って可愛いからさあ、もちろん別れるときは記憶消してるし」
ユージーンとは違い、ロウは気に入った女性とみると、すぐに素顔を晒して惚れさせる悪癖があった。
もちろんあれだけ整った顔に、生来の魔性も相まって、相手の女性は百発百中で恋に落ちる。
だがそんな彼の顔を見ても、ウィミィは魅了されなかったというのだ。
「僕は何もしていない」
「だよねえ、でもこんなこと今までなかったんだよな。偶然かなあ」
未だ疑問符を浮かべるロウを前に、ユージーンは自分の体験を思い出していた。
(たまたま僕の魔法に対する耐性が高いのだと思っていたが……)
ロウとは元型が違うし、彼は魅了の魔法に対する経験値も高い。ユージーンはしばらく考えていたが、言う必要もないだろうとそのまま言葉を飲み込んだ。