第五章 マスカレイドの狂宴
――メイベルが潜入を始めて一か月が経過した。
来た時は悲惨だった城内も、今ではメイベルの手によってすっかり綺麗に様変わりしている。その日も晴天で、メイベルは洗い終えたシーツやタオルを綺麗に干し終えたところだった。
(いい天気……)
城での生活も慣れてきたメイベルだったが、風で優雅にはためく白い布たちを見ながら、少しだけ眉を寄せた。
「……いけないわ。私何しにここに来たのかしら」
元々自分とユージーンの結婚を阻止し、代わりに彼の弱みを掴んでイクス王国を守ってもらおうという計画だったはずだ。
それがどうしてか、甲斐甲斐しく彼の城を掃除し、食事を作り、やっていることは以前の姉たちの世話と変わりないではないか。
(どうしよう、やっぱり何か弱点を探す? でもそれらしいものは見当たらないのよね)
たびたび部屋に入っているが、怪しいものは何もない。どこかに出かけることもなく、部屋を出たのはメイベルを助けに崖に来た時くらいか。
うむむ、と悩むメイベル。だがその背中に声をかける者があった。
「ねえ君、ここで何してるの?」
セロとは違う声に、メイベルは慌てて振り返る。だがすぐに体を強張らせた。
「え、あの、その」
「メイドさんかな? でもあいつが雇うとは思えないしなあ」
その男はユージーンよりも背が高く、非常に均整の取れた体つきをしていた。
赤い髪に長い手足。節の目立つ手は大きく男らしい。笑うとこぼれる歯は白く、非常に爽やかな印象を与えた。
ただ一点奇妙なことに、彼の顔の半分は仮面で覆われていた。
それが意味することをメイベルは嫌というほど知っている。
「あ、あの、私はユージーン様の婚約者……」
「えっ」
「こ、婚約者に、お仕えしているメイドのウィミィです!」
ああ、と仮面に覆われていない口が弧を描いた。それを見てメイベルは心臓が大きく拍打つのを感じる。危なかった。まだ疑われるわけは行かない。
きっと彼はユージーンと同じ――仮面魔術師だ。
赤い髪の男はすぐに口元に指を当て、うーんと唇を尖らせる。
「そんな面白そうな話、なんで教えてくれなかったんだろう」
「あの……?」
「まあいいや。ウィミィ、ユージーンはどこにいる?」
ちらりと仮面越しの目がメイベルを見た。その目は赤色で、メイベルは再びぞくりとした感覚に襲われる。
「ユージーン様なら、いつもの部屋におられると思いますが」
「なるほど、よかったら案内してくれないかな」
「し、失礼ですが、どちら様でしょう?」
「ああそうだね。まだ名乗ってもいなかった」
そういいながら、彼は自身の仮面に手を添えた。そのまま慣れた仕草で外す。
メイベルは一瞬驚いたが、そのまま視線が縛られるかのように彼の顔にくぎ付けになった。
彫刻が動いているかのような、計算されつくした顔の造作。
ユージーンのものとはまた違う、ある種男性らしい骨格に、長い睫毛と幅の広い深紅色の目。
一方肌のきめは女性のように細かく、赤い髪が白い肌によく映えている。
一見するとひどく冷たい印象に見えるのだが、目を細めると急に親しみやすい雰囲気が生まれ、そのギャップに心を奪われる女性は多いだろう。
メイベルも胸が締め付けられるような違和を感じ取ったが、すぐにいつもの感覚に戻った。
「はじめましてウィミィ。俺はローネンソルファ・アントランゼ。長いからロウと呼んでくれて構わないよ」
そう言うとにっこりと笑った。それを見てメイベルはつられてぎこちなく笑う。
(思い出した。手紙の名前……仮面魔術師の一人だったのね)
ユージーンで驚いた経験があったので、悪魔的に整っているロウの顔を見ても、今回はそこまで取り乱さずに済んだ。そのまま楚々とした愛想笑いを浮かべると、すぐにユージーンの城へと案内する。
「ロウ様ですね。どうぞこちらへ」
メイベルのその様子に、ロウはその幅広の目を大きく開いた。
だがすぐに楽しそうに目を眇めると、先導するメイベルの後をおとなしく付いて行った。








