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第一章 2


「はあ~……ようやく終わった……」

「メイベル様。今日もお疲れ様です」


 メイベルがキッチンに入ると、一足先に休憩に入っている使用人たちと、料理長が焼いたクッキーの匂いが温かく出迎えてくれた。


「メイベル様、先ほどは本当に助かりました」

「ううん、いつものことだから。キャスリーンお姉様の髪は柔らかいから、絡まりやすいのよね」


 先ほどキャスリーンの傍で慌てていた使用人たちが、申し訳なさそうにお礼を言いに来るのにメイベルは笑顔で答えた。

 四人の姉たちはそれぞれとても優しいのだが、少し気まぐれだったり涙もろかったりで、使用人達が手を出しあぐねていることも多い。そんな時、身内のメイベルが間に入ることで、お互いなんとなく平和に解決するのだ。

 その分振り回されるメイベルは大変だが、彼女自身、困ってる人がいると手を出さずにはいられない性格のため、今の状態に不満を持つことはなかった。ただ結果として、周りからは貧乏くじを引いていると思われているようだ。


「ありがとうございます。メイベル様はお優しいですね」

「本当に。最初は姫様にこんなことさせるなんて、って思っていたんですけど、メイベル様がこうして手伝ってくださるおかげで、私たちも随分と助かっているんですよ」


 若い使用人の言葉を受け、使用人頭のゾエもしみじみと呟く。今年六十になるという彼女とメイベルは、昔からの強い信頼関係があり、メイベルは照れたように笑った。


「いいのよゾエ。私はこうして料理や掃除をしている方が性に合っているみたい」

「本当に。困っている人がいると助けずにはいられないという真面目さもあるし」

「お姫様らしくはないけど、メイベル様はそれでいいんじゃないですかね」


 そんな会話を繰り広げながら、メイベルはテーブルの中央に並べられたクッキーを手に取った。姉たちの用事が少しだけ落ち着く午後、こうして使用人たちに混じってお茶をするのがメイベルは何より好きな時間だった。

 紅茶もようやく準備が整い、甘い豊かな香りが鼻をくすぐる――そんな幸せの最中に、慌ただしくキッチンのドアを開ける音が響いた。


「――またこんな所にいましたか、メイベル様」

「トラヴィス! どうしたの?」


 現れたのはメイベルの父である国王の、補佐として働いているトラヴィスだ。まだ年若いが優秀な人物で、まっすぐな長い銀髪と濃い灰色の目をしていた。特徴的な銀縁の眼鏡ごしに、使用人の中に混ざるメイベルの姿を見つけると、くいと眼鏡を押しあげる。


「メイベル様の婚約が決まりました」


 トラヴィスから告げられた言葉が理解できず、メイベルは言われた言葉を復唱する。


「婚約、ですか?」

「はい」

「私の?」

「そうです」


 何度か瞬きをし、トラヴィスの言葉を脳内で繰り返す。婚約。私の。

 一方使用人たちは、突然の事ながらこれはめでたいと口々にお祝いの言葉を続けた。


「おめでとうございますメイベル様!」

「ついに婚約なんですね! 良かった……十六歳を超えたというのに、浮いたお話のひとつもなくてどうしたものかと、使用人一同不安に思っておりました……」

「良かったですねメイベル様! なあにメイベル様ならどんな貴族相手だろうと、上手く立ち回れますって」

「ちょっと待って。皆の中で私の評価どうなってるの⁉」


 確かに上の姉達は早々と婚約が決まっていくのに対し、目立たないメイベルはなかなか相手が決まらないと噂されているのは知っていた。一説によると末娘を手放すのが惜しい国王が、相手を決めるのに渋っているのではという話もあったのだが。

 おめでとう、いやあほんと良かった、とお祝いムード満載のキッチンで、トラヴィスだけが冷静に言葉を続ける。


「お相手は『仮面魔術師』のユージーン様です」


 次の瞬間、先ほどのお祝いムードが一転して葬儀のような空気に変わった。


「メイベル様……おかわいそうに……」

「トラヴィス様、その婚約なかったことには出来ませんの?」

「メイベル様、辛くなったらいつでも帰ってきていいんですからね」

「だから何、どういうこと⁉」


 突然の皆の変わりように、メイベルは助けを求めるようにゾエの方を見た。ゾエもまた「メイベル様おいたわしや……」と言いたげな目でこちらを見つめている。


「だって『仮面魔術師』のユージーン様って」

「ずっと仮面を着けていて、誰もその素顔を見たことがないとか」

「興味本位で彼の屋敷に近づいた者が、うっかりその素顔を見てしまい、その場で倒れたとか」

「私の曾祖父が小さい時から、イクス王国の端に住んでいると聞いたことがありますが……。それが本当なら百二十歳をとうに超えているのでは……」

「そうなの⁉」


 使用人たちから聞かされる婚約者の情報に、メイベルは段々と血の気が引いてくるのを感じていた。

 『仮面魔術師』という存在はメイベルも知っている。正確には「魔術師」となるが。

 昔々、人々は「魔法」と呼ばれる奇跡を使うことが出来た。

何もないところから火を起こしたり、風を生み出したり、あらゆる現象を起こすことのできる魔法。それを使うには「魔力」が必要で、それは皆生まれながらにして大なり小なり持っているものだった。

 だが時代が流れるにつれ、魔力は人によって偏りを見せ始めた。強いものはより強く、弱いものは更に弱く。結果として、魔法を使えるほど強い魔力を持つものは、世界の中でもごく少数になってしまったのだ。


 そんな魔法を使える者をいつしか「魔術師」と呼ぶようになった。

 長い時間をかけて凝縮された彼らの魔力は実に強大で、魔術師一人の魔法で、国一つを滅ぼすことが出来るとすら言われている。そのため、彼らは自分たちの力を利用されることを嫌い、表舞台からひっそりと姿を消した。

 そしていつからか、彼らは揃って仮面を着けるようになった。そのため、その外見から「仮面魔術師」と呼ばれるようになったのだ。


(――確かに王国内に一人住んでいるという噂はあったけれど)


 仮面をしているため、仮面魔術師の外見や実年齢を知る人間はいない。

 偶然見たとしても、先ほど使用人の一人が言った通り、彼らの顔を見た瞬間、気を失ったり記憶を無くしたりと、はっきりとした容貌を覚えているものがいないのだ。

 おまけに彼らは非常に長命で、一体何十年生きているのか分からないと言われている。メイド達が言う話が本当だとすれば、相手はかなり高齢のはずだ。

 もちろん一国の姫という立場上、結婚相手を選べるとはメイベルも思っていなかった。

国の利益優先で決まるのだと理解はしていたが、それにしたって相手が酷すぎる。だがトラヴィスは、そんなメイベルの気持ちを知ってか知らずか無情にも話を続けた。


「それでは二か月後、ユージーン様の館に行っていただきます。場所は既に調べていますので」

「に、二か月後ですか」

「はい。準備などがありますから」


 早すぎる、というつもりでメイベルは言ったのだが、トラヴィスにはそう取られてはいないようだ。取り付く島もない、とメイベルは心の中で肩を落とした。


 

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