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第四章 2


次の日の朝、ユージーンは仮面の隙間から差し込む日差しで目を覚ました。

ぼんやりとする頭を無理やり持ち上げる。眩しい。なんだこれは。


「あ、おはようございます」

「……?」


 ベッド代わりの長椅子から上体を起こす。するとメイベルが爽やかな笑顔で窓のところに立っていた。カーテンは全開、窓は開け放たれ、早朝の肌寒い風がユージーンのそばを通り抜ける。


「お前……なんでここに」

「健康な体は規則正しい生活からです! さあ、着替えて着替えて」


 どこから探してきたのか、メイベルから男性用の洋服一式を渡される。着ていた毛布も剥ぎ取られ、ユージーンは仕方なく起き上がった。


「また倒れられても困りますから」

「……くそ」


 別室で着替えてきたユージーンから服を受け取ると、メイベルはすぐに部屋を後にした。

 こんな早朝に起きるなんて何十年ぶりだ、とユージーンがぼやいている間に、再びメイベルが戻って来た。今度は手に銀のお盆を携えている。


「はい。朝食です」

「食べたくない」

「ダメです」


 また倒れる気ですか、と続けられユージーンは苦々しく唇を噛んだ。その様子にメイベルは内心勝ち誇ると、普段の机の片隅にお盆を置く。そこには柔らかく煮たオートミールの皿が乗っていた。


「僕これ嫌いなんだけど」

「胃に優しいものですから。早く元気になってくれたら、他のものも作りますよ」


 ユージーンはそれを一瞥し、降参したかのように椅子に腰かけると、スプーンですくってそれを食べ始めた。その姿を見てメイベルは安心したように笑った。




 その日から少しずつ、メイベルはユージーンと関わることが増えていった。


「ユージーン様、この本はここでいいですか」

「いや一つ下の……赤い背表紙の隣に置いてくれ」


 今日は二人してユージーンの部屋の大掃除だ。ユージーンの体調もすっかり戻ったらしく、最近では普通に食事を取ってくれるようになった。

 ユージーンに確認しながら床に積み重なった本を並べていく。その途中でメイベルは一通の手紙を見つけた。差出人の欄に「ローネンソルファより」と書かれている。


「あの、手紙が出てきたんですけど」


 ユージーンは不機嫌そうにそれを見ると、つまみ上げてそのままゴミ箱へと落とした。ああっとメイベルが声を上げる。


「て、手紙ですよ!」

「ああ。どうでもいい奴からのな」


 それだけ言うと、ユージーンは要らない本を麻縄で縛り上げる作業にさっさと戻っていた。メイベルはむうと眉を寄せたが、すぐに本棚の水拭き作業に戻った。





 そんなこんなで、ユージーンの部屋は少しずつであるが綺麗になり、食事も決まった時間に運ぶと食べてくれるようになった。

 やはり一度倒れた経験が効いたのだろう、とメイベルは一人考えながら洗濯物をたたんでいた。


(少しは仲良くなれているのかしら?)


 相変わらず素顔は仮面に隠されているし、愛想も言うほどよくはない。

 だが以前ほど冷たいわけでもない。


(……このまま友達として、イクス王国を守ってくれたりしないかしら)


 最初はユージーンの弱みを握るためにこの城に潜入した。

 だが出来るなら、彼を脅すようなことはしたくない。

 とはいえ、ほいほいとその力を使ってくれる性格でもない。


(好きなものとか、嫌いなものが分かれば、何かに使えるかも……)


 ううん、と考え込むメイベル。そんな時、玄関ホールからセロの声が聞こえた。


「ウィミィ。今日の分持ってきたぞ」

「あ、セロだわ!」


 缶詰に野菜、肉など持ってきてもらった品物を、一つずつ確認していく。今日も頼んだものがきちんと揃っており、メイベルは満足そうに微笑んだ。


「いつもありがとう。さすがセロだわ」

「そう言ってもらえて何より」


 ふふんと得意げなセロを見て、メイベルはふと思いついた。


「そういえばセロは、ずっとここに来てるのよね?」

「そうっすね」

「ユージーンが好きなものとか知らない?」


 メイベルのその言葉にセロはきょとんとしていたが、視線を上向かせるとうむむと考え込んでしまう。


「好きなもの……?」

「そう。食べ物とか、お菓子とか」

「と言われても、旦那はいつも缶詰ばかりで……あ、」


 何かを思いついたのか、人差し指をぴんと上げる。


「苺はどうですかね」

「苺?」

「ええ。昔いつもの缶詰と一緒にたまたま持ってきたことがありまして。いつもなら要らないものはそのまま残っているのに、それは無くなってた記憶があるんですよ」


 苺とは。

 ユージーンが食べている姿が想像できず、少しだけ意外に感じてしまう。

 だが苺であれば朝食やデザート、ケーキにも使えるとメイベルは考えた。ユージーン懐柔計画に一役買ってくれそうだ。


「セロ、苺を持ってきてもらうことは出来るかしら」

「あー……時期が終わりかけなんで、うちにはもう在庫がないんですよ。あ、でもこの森の近くで取れたかも」

「それ、どのあたりか分かる?」


 セロは鞄から地図を広げ、端っこにある四角形を指さした。


「ここがこの城で、東側の森を抜けたとこ、わかります?」

「この崖の近くかしら」

「そうそう。でも俺明日は別の仕事があるからな……三日後とかでよければ、ちゃちゃっと取りに行ってくるけど」


 指折り数えるセロを見て、メイベルは改めて地図を見た。見たところあまり遠い場所ではなさそうなので、メイベルでも取りに行くことは出来そうだ。セロも忙しいだろうし、こんなわがままで仕事を増やすのも申し訳ない。


「ううん、いいわ。私が取りに行ってくる」


 何より自分で取りに行けばタダである。今も贅沢はしていないつもりだが、国庫の節約になるのであればその方がいい。


「えっでもそこそこ距離もあるし、草だってぼうぼうで」

「一度森を超えたことあるから大丈夫だと思うわ」

「森を? 一人で?」

「うん」


 それを聞いたセロはしばらく首をかしげていたが、やがて困ったようにまなじりを下げて笑った。そして自分の地図を畳むとメイベルへと手渡す。


「まあ確かにそこまで遠くないし、でも無理はしないでくださいよ。この地図はあげますんで」

「え、でももらうなんて悪いわ」

「帰れば予備があるんで」


 んじゃ、と爽やかな笑みを浮かべてセロは帰っていった。残されたメイベルは手にした地図を広げたまま厨房に戻る。セロから教えてもらった場所に印をすると、一人静かに拳を握った。




 

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