第四章 ユージーンの魔法
「心を奪われる……ですか」
「そうだ」
熱が下がって楽になったのか、ユージーンは衣服を正した。
「僕たち魔術師と呼ばれる者は、生まれながら高い魔力を有しているのは知っているだろう」
「は、はい」
「高い魔力というのは、美しさと同義なんだ」
ユージーンいわく、魔力を持つ量が多い人間は、それが何らかの「美しさ」として現れるのだという。優れた頭脳、並外れた運動能力、人を魅了する顔や声。魔法は使えなくとも、こうした何らかが優れている人物は、人よりも高い魔力を持っているらしい。
「お前の主の……なんだったか、の姉も魔力持ちだろう」
「メ、メイベル、様のことですか」
「ああ。特に三番目は大層な美姫と聞いた。他の姉たちも何らかの魔力は持っているだろう。魔法を使うほどはないがな」
その返事にメイベルは複雑な感情を抱えた。
確かに姉たちはそれぞれ何か一つは人を魅了する部分を持っている。それが魔力によるものだというのだ。だがそうなると、メイベルはますます何もない、魔力もないダメな末姫ということだ。
そんなメイベルの様子に気づかぬまま、ユージーンは言葉を続けた。
「僕たちも高い魔力を持っているせいで、同じように顔にその傾向が出るんだ」
「つまり、どういうことですか?」
「……あまり使いたい表現ではないが、『顔が良すぎる』ということだ」
そこらの男が言っていたら笑顔で聞き流す案件だが、こう言っている男の素顔を見ているメイベルとしては、けして過大な表現とは思えなかった。
(確かに人間とは思えないほど整っていたわ……)
「この顔は魔力が伴っている。だから対策なしに直視すれば、相手は簡単に『魅入られる』んだ」
「魅入られる……」
「簡単に言えば勝手に惚れられる。ひどいとうなされたり、動悸が止まらなくなったりする」
キャスリーンで想像してみるとよくわかった。
彼女の顔を見た男性は途端にその美しさに魅了され、何としてでも口説かんと挑んでくる。宮廷楽師からも「魔性の美しさ」と謳われていたことがあったが、それは間違いではなかったようだ。
「だから僕たちは全員仮面を着けている。ばたばた倒れられても困るからな」
まあ一部例外もいるが、とユージーンが付け足す。
「なるほど、仮面を着けている理由については分かりました」
「だから、おかしいんだ」
「何がですか?」
「お前、どうして僕に惚れてない」
確かに今までの話を統合すると、ユージーンの素顔を見たメイベルは、彼に心を奪われていなければならないはずだ。
だが仮面を外した時はとにかく必死だったし、改めて仮面を着けた彼の顔を見ても、メイベルは何の高まりもときめきも感じない。
「ど、どうしてでしょう?」
「僕が知るかよ」
「も、もしかしたら寝ていたから効果がなかったのかも!」
メイベルの言葉に、ユージーンは少しだけ考えるような仕草を見せた。だが先ほど起きて、仮面がない状態でいくつか会話をしたはず、と気づいたのかばっさりと言い捨てる。
「いや、それはない」
「うううむ……」
必死に考えていたメイベルだったが、一つだけ思いあたることがあった。
もしかしたらメイベル自身に『恋をする能力』が備わっていない可能性がある。
能力と言うと大げさだが、要は恋愛として人を好きになれない、ということだ。
(確かに今まで人を好きになったことないし、……じゃあ私、本当に一生恋が出来ないのかもしれないの?)
二人はそれぞれの思いを抱えて、はあと同時にため息をついた。
しばらくしてユージーンは毛布を剥がすと床に靴を下ろす。
「とりあえず、昨晩のことは忘れろ。全部だ」
「は、はい」
思わず返事をした後で、メイベルは慌てて付け足す。
「あ、でも、ちょっと待ってください!」
「なんだよ」
「またこんな風に倒れられるのは困ります。ちゃんとご飯は食べてください」
「僕が倒れようがお前に関係ないだろ」
「いや構いますよ! 死なれたりしたら夢見が悪いじゃないですか!」
誰がここまで運んだと思っているんですか! とメイベルが怒ると、さすがにユージーンも申し訳ないと思ったのか声が小さくなった。
「い、いや、でも……」
「いいですか、ごはんはちゃんと食べる。部屋の掃除をする。服は着替える」
「お、おい、なんか増えてないか」
「いーえ! 明日からお願いします」
メイベルはそう言い切ると、最後ににっこりと笑って見せた。それを見たユージーンはまだ口を半端に開いていたが、やがて観念したのか悔しそうにその唇を閉じた。