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第三章 6


「お、おも……」


 メイベルよりも随分背の高いユージーンを担ぐと、肩や背中に途方もない重さがかかった。

 なんとか一歩足を踏み出してみるが、どうしても彼の膝から下は床に付いたまま、ずるずると引きずってしまう。

 そんな無茶な体勢のまま、メイベルは必死にユージーンの体を部屋から運び出した。


(これくらい……ファージー姉さまのピアノ運びに比べたら……!)


 以前、反響が悪いから部屋の模様替えがしたい、と突然言い出した四番目の姉の希望を叶えるため、使用人総出でピアノを移動させたことがあった。

 その時のつらさを思い出しながら、メイベルは必死に足と腰に力を込める。


 ずるずると廊下までひきずっていき、そのままメイベルが借りている部屋まで歩いていった。

 なんとかドアを開けて部屋に入り、メイベルのベッドめがけてユージーンを転がした。ぼふんと重量感のある弾みを残し、真っ黒い男はそのままシーツに埋まる。それを見てメイベルはぜいはあと何度も肩を上下させ息を吐いた。


 それからユージーンの体を反転させると、ベッドの上で仰向けにさせる。仮面に隠れていない肌がうすらと赤くなっており、さらに熱が上がったのかとメイベルは困惑した。


(とりあえず汗を拭いて、それからええと、薬はあるかしら)


 急いで一階の厨房へ降り、洗面器とタオルを持って駆け上がる。

 ごめんなさいと一言断ると、彼のコートの前を外し、その下のシャツもくつろげた。服の下には意外と鍛えられた胸板があり、メイベルは初めて見る異性の体に恥ずかしくなりながらも、そっとタオルをあてる。


 ぬるいお湯をタオルに浸して絞り、冷たくないよう気を付けながら丁寧に汗を拭いていく。

 本当は着替えたほうがいいのだが、この状態から服を剥ぎ取るのは難しそうだ。

 上半身をふき取り、首と顎の汗も拭く。そこまでした後で、メイベルは手を止めた。


(仮面、外しても大丈夫かしら……)


 額の汗も拭いたいし、このまま仮面を着けていても気持ち悪いだけだろう。

 だが仮面を外したがらない魔術師のそれに手をかけることに、メイベルだって抵抗がないわけではない。だが今この状況でそれを言っていられないのも確かだ。


 だが不安な部分もあった。彼の素顔を見たものは倒れるという話だ。

 この場合ユージーンの意識がないから大丈夫なのか、だめなのか確証はない。


(そんなこと言ってる場合じゃないわ! 今は緊急事態。人命救助が先!)


 メイベルはこくりと息を飲み、恐る恐る仮面に手をかけた。

 左右の端を耳にかけることで固定されているらしく、金具を外してそっと持ち上げる。その下から現れた顔を見たメイベルは、静かに息を飲んだ。




(……すっごく綺麗な顔だわ……)


 顎と同じ白い肌、仮面越しでは見えづらかった睫毛は長く弓なりに伏せられている。

 鼻筋は高く通っており、薄い桜色の唇に向けて、優雅な丘陵を描いている。今は目を閉じているが、開けば更に整った顔立ちが見られるだろう。

 メイベルはそれを見ながら、何故かひどく胸が締め付けられるような痛みを感じていた。


 噂では大変な老人だとか、ひどく醜い顔だというものがあったが、この素顔を見る限りとてもそうは思えない。今のところメイベルは倒れる気配もない。彼の素顔を見て倒れたという話もどこまでが本当だろうか。


 メイベルはしばらくその造形に見惚れていたが、はっと自分がなすべきことを思い出したのか、その額をタオルで拭った。

 やはりここにも沢山の汗をかいており、少し楽になったのかユージーンが薄く息を吐く。


 汗はこれくらいでいいか、とメイベルは一度洗面器を持つと一階へと戻った。

 そのまま外へ出ると井戸から冷たい水を汲みだし、洗面器の水を入れ替える。二階に戻る前に倉庫に入り、薬がないかを探してみるがそれらしいものは見当たらなかった。


(薬はないわね……今度セロが来たら頼んでおきましょう)


 二階に戻り、メイベルの部屋に入る。毛布を着せたユージーンは相変わらず苦しそうに呼吸をしており、メイベルは椅子をベッドの傍によせるとそこに座った。


(本当は氷があると良かったんだけど)


 冷たい水をタオルに含ませ固く絞る。一度広げて小さくたたむとそっとユージーンの額にのせた。真っ赤になっている彼の顔を見ながら、困ったようにメイベルは息を吐いた。


「どうしよう、大丈夫かしら……」


 メイベルがいた城で病人が出た場合、すぐに主治医が駆けつけて薬を処方してくれた。看病もメイド達が着替えから料理までしてくれるので、メイベル自身はしたことがない。


(汗を拭いて、暖かくして、頭を冷やして……あとは何をしてもらったかしら)


 自分が風邪を引いたときのことを思い出しながら、必死に行動を考える。

 気づけば自分の手が震えており、メイベルはぶるぶると頭を振った。

 ここには医者もいない。薬もない。

 自分で何とかするしかないのだ。

 怖がっている時間はない。


 そう自身に言い聞かせると、メイベルは再び深い息を吐きだした。

 気合を入れなおすとユージーンの額に乗せていたタオルを取り、洗面器に浸す。額の熱を吸って熱くなったそれが、すぐにひんやりとした感触に変わった。固く絞るとまた額に乗せる。


(とりあえず熱を下げて、……食事はどんなものなら食べられるかしら……)


 気づけばユージーンの腕が毛布から出ており、メイベルはその手を取るとそっと中へと戻した。

 掴んだその手が熱く、メイベルは祈るような気持ちで彼の顔を見つめていた。








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