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第三章 5


 三日目。

 他の客室を掃除していたメイベルは、玄関のノック音に立ち上がった。


「セロ! 早かったのね」

「いやいや、このくらいならすぐですよ」


 玄関ホールに出ると、セロが背中に大きな荷箱を背負って立っていた。

 メイベルの前に小麦の入った大きな袋と木箱に入った野菜を下ろしていく。それを見てメイベルは目を輝かせた。


「ありがとう! これでまともなご飯が作れるわ」

「そりゃよかった。良かったら生の肉も持ってこようか」

「いいの⁉」

「もちろん、ただタイミングがあるからすぐにとはいかないけどな」


 昨日と同様にメモに書きつけた後、セロはメイベルに向かって笑いかける。


「それはそうと、ここでの仕事はどうだい?」

「もうすっごいの。部屋は全部埃まみれだし、厨房だって一日がかりで片付けたり」


 そりゃ大変、とセロは笑うのを堪えている。


「だろうなあ、俺が来始めてからもずっとこんな感じだったし」

「そうなの?」

「ああ。もう五年くらいになるけど、誰とも会ったことがないよ」

「ユージーン様とは?」

「会わない会わない、顔も見たことないよ。大体顔を見ると危険って話だし」

「危険?」


 その言葉にメイベルは改めてユージーンの噂を思い出した。


「そ。俺の前任者、うっかりこの城で旦那の素顔を見ちゃったらしくてさ。ぶっ倒れてそのまま地元に帰ったって噂だよ」

「そ、そうなのね……」

「うん。なんか数日うなされてたらしい」


 ユージーンの素顔を見たものが倒れたという話は確かに聞いたことがある。メイベルは仮面越しに見ているから大丈夫なのだろうが、うっかり仮面の下の素顔を見てしまったらどうなるか分からない、と知らず体がぶるりと震えた。


「ま、あんま無理はしないことだな」

「あ、ありがとうセロ」


 セロが帰った後、彼が持ってきてくれた食材を厨房に運び、下ごしらえを始めた。小麦に水と塩を混ぜて捏ねながら、メイベルは一人黙々と考える。


(そういえば、誰もユージーンの素顔を知らないんだわ)


 そもそもユージーンは人前にほとんど姿を見せない。

 おまけに仮面で顔の一部を覆っているため、その素顔を知るものは無い。見れたとしても、セロの先輩のように倒れてしまうというおちだ。

 であればその素顔を知ることが出来れば、彼を脅す弱みに使えるのではないだろうか。


(でも、見られたくないから顔を隠しているのよね)


 魔術師が仮面をする理由は二つあるといわれている。


 一つは自分たちが特異な存在であることを表すため。

 もう一つは特定を防ぐためだ。


 素顔を見られると魔術師であることが特定されてしまい、拉致や監禁といった犯罪に巻き込まれる可能性が高まる。実際のところ多少犯罪に巻き込まれても、彼らの持つ魔法で解決できてしまうのだろうが、そこはまた別の問題なのだろう。


 確かにこの理由が確かだとすれば、彼らの素顔は弱点となりうるかもしれない。

 だが先ほどのセロの前任者のように、彼らの素顔を見たものは倒れるという話もある。不用意に見てしまったら、弱みを握るどころか、メイベルの方が取り返しがつかないことになるかもしれない。


「うーん、どうしたらいいのかしら」


 いつの間にか捏ねていた生地は白くまとまっており、メイベルはそれをぶちぶちと八等分にちぎって並べる。濡れた布巾を上にかぶせて生地を休ませている間も、メイベルはむむむと考え込んでいた。

 数時間後、厨房の竈から焼けたパンのいい匂いが漂ってきた。

 メイベルはそれらを取り出すと適度に冷ます。それと同時にお湯で戻しておいた干し肉を甘辛く味付けし、葉野菜を丁寧に洗って水気を飛ばした。


 パンに切れ込みを入れ、先ほどの肉と野菜を挟み込む。味付け用に使った残り汁を少しだけかけると、パンの内側にじゅわりと染み渡った。メイベルは満足げにそれをお皿に乗せ、二つ目にとりかかる。

 合計八個のサンドイッチを作り上げると、メイベルはよしと手を洗った。少し早いがパンが温かい方がいいだろうとユージーンの自室へと向かう。


「ユージーン様、入りますね」


 もう返事が返ってこないとわかっているので、ノックをしてすぐに扉を開ける。

 相変わらず陰鬱な室内を慣れた様子で歩く。


 だが別室に入った瞬間、メイベルは持っていたお盆を取り落としそうになってしまった。



「ユージーン様!」


 昨日までの机に向かっていたユージーンの背中はなく、代わりに床に横たわった状態で倒れていた。メイベルは急いで脇のテーブルにサンドイッチを置くと、倒れているユージーンに駆け寄る。


 肩を掴みこちらへ顔を向ける。

 仮面に覆われているので表情は分からないが、その薄い唇がうすらと開き、浅い呼吸を繰り返していた。顎のあたりに手を当てると、非常に高い熱があるのが分かる。


(熱があるわ、早く何とかしないと)


 慌てて部屋の中を見る。

 最初に訪れた時、彼が寝ていた長椅子はあるが、埃が積もっていてとても病人を寝かせられる状態ではない。というより、この空気の悪い部屋から出た方がいいだろうと、メイベルはユージーンを肩に担いだ。


 

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