第三章 2
そうして洗濯と、厨房の簡単な掃除が終わった頃には、既に時刻は夜の八時を回っていた。
メイベルはへろへろと厨房に置いた丸椅子に座る。
(つ、疲れた……)
城でこうした仕事に慣れていたとは言え、基本的にはメイド達がすべて掃除や洗濯をしてくれていた。これだけ汚れ切った城内を、自分で一からしていくのはやはり相当重労働だ。改めて自分たちの身の回りを整えてくれていたメイド達に感謝の祈りを送る。
そうしているうちに、メイベルはようやく空腹を思い出した。
そういえば朝に持ってきた兵糧をかじっただけで、それから何も食べていない。
「何か作ろうかしら……」
最低限厨房は片づけたものの、倉庫にある缶詰をいくつか運んだ程度で、調味料や食材の有無はまだよくわからない。あまり凝ったものは作れないか、とメイベルは腕を組んで悩む。
とりあえず黒い丸鍋にトマトの缶詰と干し肉、豆の缶詰を加えて火にかけた。しばらく待つとくつくつと煮立ち始める。それを杓子で丁寧に混ぜながら、肉と豆が柔らかくなるまで煮込んでいく。
「塩は……ないか」
空っぽの棚を見上げてふむ、と考える。
倉庫から持ってきた缶詰のうち、側面に「レモン漬」と書かれたものを拾い上げるとそれを手早く開けた。くたくたになった黄色い皮をつまみ上げると、軽く絞ってその汁を鍋に落とす。本当は塩か胡椒が欲しかったが、これで多少代わりになるだろう。
そのまましばらく混ぜ、器に盛りつける。肉は程よく柔らかくなっており、豆もほくほくとほぐれてお腹に満足感を与えてくれた。トマトの酸味も効いており、これで白パンがあったら最高なのに、とメイベルはしみじみと味わっていた。
(そういえば、ユージーンはどうしているのかしら)
昼に見かけて以降、姿を見ていない。
掃除でそれどころではなかったのもあるが、おそらくまたあの自室にこもって寝ているか研究しているかなのだろう。食事はちゃんととっているのだろうか。
「……一応、持って行ってみようかしら」
メイベルはもう一つの器に残りを注ぎ、お盆を持ってそっと二階へと向かった。
一番奥の部屋まで行くと、こんこんとノックする。返事はない。
「失礼します……」
小さく断りながら、静かに部屋へと足を踏み入れる。
相変わらず本ばかりの部屋を通り過ぎ、奥の部屋をのぞく。すると机の傍に明かりが灯っており、ユージーンは背中を向けたまま何かを読んでいるようだった。
「あの、夕食を作ったのでよかったら……」
「いらない」
にべもない返事に、残念とやっぱりが半々になった複雑な気持ちをメイベルは味わった。そういえば、とユージーンの背中に再度声をかける。
「あの、二階の一番手前の部屋をお借りしたいのですが」
「使ってない。好きにしろ」
やはり振り向くことにないユージーンに、メイベルは聞こえないようにため息をついた。
とりあえず部屋の許可は貰ったから良しとしよう。
「食事、外に置いておくので良かったら食べてください」
メイベルはそれだけ言うと、静かにユージーンの部屋を後にした。扉を閉め、床にお盆を下ろす。
よし、と笑うとメイベルは厨房の片づけへと戻っていった。