第三章 仮面の秘密
「その前に、住む場所を何とかしないとよね……」
無事置いてもらう許しは得たものの、こんな手入れも掃除もされていない城で寝泊まりしていたら、間違いなく体を壊してしまう。
ユージーンは魔術師だから何か対策しているのかもしれないが、メイベルにはそんな便利なものはない。
「よし、まずは掃除ね」
ユージーンの部屋を出て階段に行くまで、途中にある廊下の窓を次々と開けていく。
どこも長い間開けられることがなかったのか、外すたびに錆がざりざりと落ちた。だが窓を開けるたび、新鮮な空気が舞い込みそれだけで少し気分が良くなる。
メイベルはそのまま一階に降りると掃除道具を探した。先ほどは気づかなかったが、階段下に一回り小さいドアがあるのに気づく。
それを開くと、中には地下に続く階段があった。恐る恐る降りていくと、明かりもない真っ暗な空間が広がっており、どうやらここは倉庫らしいとメイベルは手を叩いた。
何か明かりになるものは、と壁際を見渡すメイベルだったが、その部屋に一歩足を踏み入れた途端、どこかからぼんと音がした。
見ると壁に据え付けられた蝋燭に、いつの間にか炎が灯っている。高い位置にあるため原理はよくわからないが、もしかしたらこれが魔法の力なのかもしれない。
改めて倉庫の中を見ると、開封されていない包みや木箱、よくわからない木の枝などが滅茶苦茶な状態で積まれていた。
手前の方にはいくつか開いている箱もあり、中にはたくさんの缶詰が見える。どうやらユージーンは普段これを食べているようだ。
蜘蛛の巣を払いながらモップと雑巾、箒などを引っ張り出す。
それらを必死になって運び出し、一階の広間へと並べた。達成感に満足していたメイベルだったが、どこから現れたのか、ユージーンが二階からその背中を見ていた。
ついでにぼそりと呟く。
「蜘蛛の巣ついてるぞ」
「え、やだ! どこ⁉」
慌てて髪の毛を払うメイベルを見て、ユージーンはこらえきれないとばかりにくく、と笑う。
その声に振り返ったメイベルはユージーンをきつく睨みつけた。
(見てなさい、絶対あんたの弱みを握ってやるんだから)
ふん、と気合を入れ、持ってきたハンカチで口を覆うように結ぶ。右手に箒を構えるとまるで戦場に向かう兵士のごとく、勇壮に二階へと上がっていった。
だがそんな気合も逃げ出したくなるほど、各部屋の惨状はひどいものだった。
「どうやったらここまで放置できるのかしら……」
鍵がかかっていたはずの二階の部屋は何故か全て開いていた。おそらくユージーンがメイベルを試しているか、面白がっているかだろう。
好都合だわと部屋に乗り込んだメイベルだったが、長年閉め切られていたであろう窓に、満遍なく白い埃が生えているベッド。長年変えられていないだろうタオルの存在に、さすがに眉頭を寄せた。
だが文句を言っても聞いてくれる人はいない。
仕方なく黙々と空気を入れ替え、ベッドのシーツを廊下へと放り出す。とりあえず一室だけでも綺麗にしてしまおうと、メイベルはひたすら掃除を進めた。普段の城での仕事と一緒と思えば大した問題ではない。
「ふう、少しはましかしら」
掃除を始めてから二時間。メイベルは満足げに額の汗を拭った。
埃一つない床に、一度カーテンを外して開け放たれた窓。ベッドはシーツが無くなっているので、メイベルが持ってきた毛布を敷いている。タオルもメイベルが持参したものをかけており、ごみの中から発掘し、丁寧に磨きあげた鏡台を前に、メイベルは嬉しそうに微笑んだ。
(とりあえず、ここを私の部屋にしましょう)
ユージーンにはあとで了承を取るとして、次は洗濯と厨房の掃除だ。
メイベルはあわただしく自室(仮)を後にした。