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01

 冬解け間近のアルント城では、朝から城の者たちが目まぐるしくバタバタと準備に追われている。今日は城で結婚式が行われるからだ。


 書類が重要なのは庶民も貴族も共通しているので、国王の前で誓う儀式はいわば招待客のために行うものであり、王家の人間や、ある一定の身分以上の者のみが許されている。


 スヴェンとしては億劫でしかないが、アードラーという自分の立場を鑑みれば避けては通れないらしい。


 部屋では白の儀礼服に身を包んだスヴェンが不機嫌そうに壁に背を預けている。


 そこにルディガーと国王陛下としてではなく親友として顔を出したクラウスが祝いの言葉を述べるという名目で他愛ない会話を繰り広げていた。


「それにしてもお前は相変わらずまどろっこしいやり方をするな」


 ルディガーがクラウスに恨みがましい視線を送る。ライラとクラウスの賭けの件だ。


 ライラがてっきりスヴェンに会わないまま城を去ったと思っていたルディガーは後から事情を聞いて、かなり驚いた。


 クラウスは涼しい顔でルディガーの視線をかわす。


「ライラの願いを叶えてやっただけだ」


 そこでクラウスはスヴェンの方を軽く見遣り、目を伏せて微笑んだ。


「あいつが願ったのはスヴェンの幸せだからな」


 スヴェンがなにかを返そうとしたとき、部屋のドアが遠慮なく開け放たれる。無礼を咎める前に、血相を変えたマーシャに全員の注目が集まった。


「大変です、スヴェンさま! ドレスは着せたのですが、まだ支度もありますのにライラさまが部屋にいらっしゃいません!」


 まさかの事態に、場が水を打ったようにしんとなる。珍しく動揺しきっているマーシャをよそに、ちらりとスヴェンを見て、まず口を開いたのはルディガーだった。


「式前に花嫁逃亡……お前との結婚が嫌になったんだろ」


「ライラもついに目を覚ましたか」


 クラウスも付け足す。スヴェンは難しい顔をして息を吐くと、もたれかかっていた壁から背を浮かした。部屋を出ていこうとするスヴェンにルディガーが問いかける。


「どこに行くんだよ?」


「迎えに行くんだ。見当はついているからな。どこに行っても捕まえる」


 部屋のドアが閉まり、嵐が去った後のような静けさの中でクラウスが誰に言うわけでもなく呟いた。


「……結婚が人を変えるというのは、どうやら本当らしいな」


「いや、あいつを変えたのは結婚じゃなくてライラだろ」


 すかさずツッコんだルディガーにクラウスも笑って同意する。


「そうだな」


 そのノリでルディガーはもう少しクラウスに踏み込んでみた。


「で、お前の愛しい人にはそろそろ会えそうなのか?」


 生まれたときから国王になる運命を背負っていたとはいえ、実は幼馴染みの中でクラウスは一番の秘密主義者だった。


 今回のライラの件にしてもどこまでが彼の目論見通りだったのか。


「どうだろうな」


「見逃すなよ」


 茶目っ気混じりに返したルディガーにクラウスはふっと微笑んだ。


「心配しなくても会えばひと目でわかる」


 それは、クラウスの探している相手がライラと同じ片眼異色……フューリエンだからだろうか。


 ルディガーが尋ねようとしたところでクラウスはルディガーをまっすぐに見据えた。顔には相変わらず不敵な笑みを湛えている。


「魂が跪く」


 ルディガーがなんとも言えない圧に言葉を失っていると、クラウスが軽い調子で反撃に出た。


「お前こそ、そろそろ決着をつけたらどうだ? スヴェンも結婚したんだ。そばに置いて飼い慣らしている現状に安心しきっていると、そのうち手を噛まれるぞ」


「その忠告はスヴェンからもいただいたよ」


 やれやれと肩をすくめるルディガーにクラウスは真顔で切り込んだ。


「……俺なら奪うけどな」


「やめろよ」


 即座に苦い顔で返すルディガーだが、改めて窓の外を見つめた。空が青くいい天気だ。長く暗かった冬ももう終わる。


「ま、結局俺たちの中ではスヴェンが一番不器用だけれど素直だったっていうことだ」


 そろそろ式の準備に取り掛からなくてはならない。祝うべき当の本人がここにいないのだから長居も無用だ。ルディガーとクラウスも、それぞれ部屋を出た。



 スヴェンは外に出て、冷たい空気に眉をひそめながら足を進めた。そして目的地に着き、彼女の名を呼ぶ。


「ライラ」


 予想通り薬草園の中にライラの姿はあり、入口から背を向けていた彼女は、声をかけられると即座に振り返って、大きな瞳をさらに丸くした。


 シンプルな純白の花嫁衣装に身を包んでいるが、それをどこまで意識しているのか。それほどまでに、ここにいる彼女は普段のままだった。


「こんなときになにをしているんだ。マーシャが探していたぞ」


「えっと、ちょっと思い出したことがあって……」


 歯切れ悪く答えるライラに、スヴェンはため息混じりで近づいていく。


「どうした?」


 尋ねると、ライラの手に小さな青い花が握られているのに気づいた。それを彼女は差し出す。


「あのね、これを探していたの。グリュックっていう花でね。『幸福の青い花』って言われているんだけど、なんとか咲いているのを見つけたくて……。寒い冬を越えて花を咲かすから、とても強く縁起がいいものなんだよ」


 目を輝かせてそう言うと、ライラはスヴェンの胸元にグリュックをそっと添えた。


「結婚式の定番の花でね。花婿でも花嫁でもどちらでもいいから身に着けると幸せになれるんだって」


「花なら俺よりお前だろ」


 呆れた面持ちで告げると、ライラは慎重にスヴェンの胸元から手を離し、彼を見つめた。


「でも、スヴェンに幸せになってほしいし」


 スヴェンがなにかを言い返そうとする前にライラは満面の笑みをスヴェンに向ける。


「それにね、私はもう十分に幸せだから!」


 きっぱりと言い切ると、ライラはおもむろにドレスの両裾を軽く掴んで改めて花嫁衣裳に視線を落とす。


「子どもの頃に教会で見た花嫁さんになれる日が自分に来るなんて思ってもみなかった。ありがとう、スヴェン」


「……お前が幸せなら、その点だけは救いだな」


 優しく答えてからスヴェンは一度軽く目を閉じる。続けて目を開けるとぶっきらぼうに呟いた。


「ただ、結婚式なんて面倒なだけだ。群衆の前で、今更陛下や神にあれこれ誓ってどうする? 無意味だろ」


 スヴェンらしくてライラは苦笑した。ライラ自身も緊張を通り越して、結婚式など実感が湧かない。もう本番が迫っているというのにだ。


 とりあえずスヴェンを宥めようと口を開こうとする。しかし先に続けたのはスヴェンだった。


「……でも、お前自身になら何度でも誓ってやる」


 次の瞬間、スヴェンはライラとの距離を詰め、まっすぐに彼女を見つめた。


「ライラが幸せなら俺はそれでいいんだ。泣きたくなったら泣けばいい。最後には笑って、これからも変わらずずっとそばにいるなら、愛でも約束でもなんでも捧げてやる」


 そこでスヴェンはライラの額に自分のを重ね、至近距離ではっきりと伝えた。


「一生かけて守っていく。だから絶対に離れるなよ」


 瞬きもできずに固まっていたライラだが、穏やかな緑色の瞳が大きく揺れると、みるみるうちに目元に涙が溜まっていった。


 ライラはスヴェンの言葉を噛みしめて、頷きながら答える。


「うん……うん。私も誓うから。陛下にでも神様にでもなく、スヴェン自身に。ずっとそばにいさせてね」


 その言葉を封じ込めるように、ゆっくりとスヴェンが唇が重ねた。立会人も証人も誰もいない。けれど皆の前で行う宣誓よりもよっぽど確かで揺るぎない。


 ずっと他人と距離を置いて生きてきたふたりが、自分を変えてしまう相手に出会った。そこからすべては始まった。


 スヴェンはライラと初めて会ったときを思い出す。片眼異色で黄金の瞳。なにもかもが目に焼きついているが、惹かれたのはそこにじゃない。


 ライラがこんなにもかけがえのない存在になったのは、彼女が彼女自身だったからだ。


 急がなくては、と思いつつもう少しだけライラとここでいたい気もする。青い空から黄金色ではなく白く満ちていく月がふたりを静かに見守っていた。


Fin.

最後までお付き合いいただき、心から感謝いたします。

ルディガーやクラウスなど幼馴染みの彼らの話もまだまだ書きたい気持ちも

あるのですが、スヴェンとライラの物語はこれにて一度、幕引きとなります。

ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。


瞼に口づけ……憧憬、慈しみ、深い愛情

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