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06

 スヴェンは嫌々ながらも口を開いた。


「……あいつは、昔から誰とでもすぐに打ち解けられた。今回の尖塔の鍵も清掃で持っていた者から上手く信用を得て借りたらしい。そんな性格で花を育てるのも上手いから、貴族たちの間では御用達のものも多く、それで財も築いている。どれも俺には真似できない」


「それ、本人にも伝えてあげてね」


 ライラがスヴェンに詰め寄って告げると、スヴェンの眉間の皺が深くなった。


「お前、なにあいつに籠絡されているんだ」


「されてないよ……彼に触れられるのはすごく嫌だったし」


「は?」


 スヴェンの反応にライラは我に返る。説得力をもたせようとしてつい口を滑らせたが、今のはどう考えても余計な情報だ。急いで顔を上げて補足する。


「ってそんな大げさなものじゃないの。髪とか、抱きしめられたりしただけ。キスも口にじゃなくて、おでこにだったし」


 墓穴を掘っていくライラに、スヴェンが両肩をつかんで真剣な面持ちで尋ねた。


「ほかになにされた?」


 射貫くような眼差しにライラは息を呑む。それからわずかにかぶりを振って答えた。


「……なにもないよ。余計なことを言ってごめん」


「余計なことじゃないだろ!」


 スヴェンの勢いにライラは身をすくめる。これ以上、心配をかけたくないのにうまく立ち回れない自分が情けなくなる。


「わ、私は」


 言いかけてライラは目を丸くした。不意にスヴェンが自分の額に口づけを落としてきたからだ。驚いて目線を上にすると、額を重ねたスヴェンと至近距離で目が合う。


 陰になり視界が暗くなるが、彼の漆黒の瞳にまっすぐに見つめられ、ライラは言葉を失った。


 この後の展開はいちいち言葉にして確認するほどでもない。纏う空気や雰囲気で悟る。それができるほどには、ライラはスヴェンと共に過ごしてきた。


 ゆるやかに顔を近づけられ、ぎこちなく目を閉じると予想通り、唇に温もりを感じた。


 触れるだけの穏やかなキスが幾度となく繰り返され、身を委ねていたライラだが、ふと顎を引いて口づけを中断させた。


 驚いてじっと見つめてくるスヴェンから逃げるようにライラはうつむき気味になる。


「こ、こういうのはやっぱり好き合ってる同士でした方が……」


「嫌か?」


 消え入りそうな声で主張すると、間髪を入れずにスヴェンが珍しく不安げに尋ねてくる。ライラの心臓は早鐘を打ちだしていた。それを必死で抑え込む。


「……スヴェンは嫌じゃなかったら他の人ともするの?」


 ライラの切り返しにスヴェンは目を見張る。ライラの頭にはジュディスの姿が過ぎり、思わず唇を噛みしめた。


「しない」


 前触れなく降ってきた言葉にライラは、顔を上げる。すると、すかさず唇が重ねられた。


「お前こそ、嫌なら本気で抵抗しろ」


 吐息を感じるほどの距離でぶっきらぼうに告げられ、ライラは顔を歪める。胸が詰まって声がなかなか出せない。 


「っ、無理だよ」


 上擦って発せられたライラの言葉にスヴェンは眉を寄せる。しかし、続けられた内容には虚を衝かれた。


「だって嫌じゃないから」


 だから、困るの。


 そこまでは言えなかった。スヴェンが再びライラに口づけ、キスを再開させる。先ほどよりも強引で長く、ライラは戸惑いが隠せない。


 触れ方や角度を変え、まるで大事なものを扱うかのような甘いキスに溺れていく。右手は頬に、左手は腰に回されて逃げることもできない。


「ライラ」


 口づけの合間に、彼の落ち着いた低い声で名前を呼ばれ、自然と涙腺が緩みそうになる。深い口づけを交わしているわけでもないのに、息もできず脳にも酸素が足りない。


 くらくらして、濡れた唇が熱くてしょうがない。


 名残惜しげに顔が離れ、ライラはおもむろに目を開ける。しかし、すぐに恥ずかしくなってスヴェンの胸に顔をうずめた。


 スヴェンはライラの髪先に指を滑らせ、肩で息をするライラが落ち着くのを待ってやる。


「……スヴェンにとって私はやっぱり“もの”なの?」


 ライラの意図が読めず、スヴェンは触れていた手を止めた。今の行為か、ユルゲンに対して放った言葉に対してか。


 肯定も否定もできないでいると、ライラが視線を合わせてきた。そして彼女の唇が動く。


「私、あなたのものでいいから。だから、ひとつだけスヴェンにお願いがあるの」


 ライラの行動も発言も、いつも自分の予想の範疇を越えていく。今回もそうだ。スヴェンが答える前にライラは先を続けた。


 「昨日はいいって言ったけれど、やっぱり私と結婚している間はジュディスさんの……他の女の人のところには行かないでほしいの」


 打って変わってライラの声の調子は弱々しいものになる。


「私じゃ、彼女の代わりにはなれないけど……」


「ならなくていい。代わりになる必要なんてない」


 ぎこちなく付け足した言葉は、瞬時に否定された。今度はスヴェンからライラにしっかり目を合わせる。


「今はお前と結婚してるんだ。他の女はいらない」


「……うん」


 有り難いような、申し訳ないような。でも嬉しくてつい笑みが零れる。その顔を見て、スヴェンはライラを抱きしめた。


 不意打ちに狼狽えるライラにスヴェンは耳元で囁く。


「俺のものだって認めたんだから、俺が満足するまで付き合ってくれるんだろ?」


 意味をどう捉えていいのかわからず、ライラは混乱しながらも言い返す。


「で、でもそれを言うなら、結婚してるんだしスヴェンだって私のものってことなんだよ?」


 言ってからライラはすぐに心の中で否定する。結婚しているとはいえ自分たちの立場は対等ではない。


「そうだな」


 けれど、聞こえてきた言葉に耳を疑う。目をぱちくりとさせスヴェンを見れば、意外にも穏やかに微笑んでいた。その表情にライラの目の奥が熱くなる。


 目尻にキスされたのを皮切りに、宣言通りスヴェンの気が済むまでライラは彼からの口づけを受け入れた。

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