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03

「ご苦労、よくやってくれた」


 玉座から凛とした声が響く。赤と金で見事なまでに装飾された豪華絢爛な謁見の間で王は彼らを待ちかまえていた。

 

 明るい光を集めたような金髪、思慮深さを思わせる鉄紺の瞳。


 部屋に対し、けっして見劣りしない誰もが目を引く容姿で、身に纏う深藍の衣装には王家の紋章と金の細工が施されている。


 王のみが座るのを許されている椅子にゆったりと腰を下ろし、肘掛けに体を預け帰還者たちを優雅に見下ろしている。口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。

 

 そしてライラを真ん中に、両側で膝をついて頭を下げている男たちに対しわざとらしく王としての口調を放棄してみせる。


「そう形式張らなくていい。今回の件は俺の個人的な事情でお前らに命じたんだ。気楽に構えろ」


 その言葉でスヴェンとルディガーがおもむろに顔を上げた。


 今は国王という立場にある彼だが、元々スヴェンとルディガーとは幼馴染みの間柄だった。王の視線はライラに移る。


「名はなんという?」


 身の置き方に迷っていたライラは慌てて膝を折り頭を沈める。


「ライラ・ルーナと申します。お目にかかれて光栄です。クラウス・エーデル・ゲオルク・アルント国王陛下」


 ライラは声を震わせながらも懸命に体裁を整えようとする。目まぐるしく変わる自分の状況に頭も気持ちもついていかない。


「楽にしろ。取って食おうというわけじゃない。突然のことでお前も混乱しているだろうが、いくつか質問に答えてほしいんだ」


「はい、陛下。なんなりと」


「まずひとつ、お前と同じように片目が金色の者は他にいるのか?」


 その質問の意図するところはわからないが、ライラはとにかく無礼がないよう王の問いかけに答えるのが精いっぱいだった。


「直接は存じ上げません。ですが同じ血を引く者の中には、私のような者もいると聞かされました。現に私の伯母も片方の瞳が金色だったと聞いています。ただ私は幼少の頃に両親を亡くし、孤児院で育ったものですから……」


「なるほど。あの男の元へ来た経緯は?」


 そこで、ライラはぽつぽつと自身のことを語りはじめる。


 生まれは、隣国との境目にまたがる大山脈の山あいにある小さな村だった。両親はライラが生まれて程なくし流行り病で他界。だから両親の記憶はライラにはあまりない。


 伯母の元で育てられ、慎ましく平穏に暮らしていたが、物心がつくかつかないかの頃に伯母も亡くし事態は一変。身寄りのなかったライラは村人に連れられ、孤児院に入ることになった。


 グナーデンハオスと呼ばれる王都の端に位置する施設は、母体は教会らしきものでシスターらしき女性がライラのように事情があって両親と一緒に暮らせない子どもたちを引き取り、世話をしていた。


 そこでも目に関して随分と辛い思いもしたが、グナーデンハオスがライラにとって人生における二番目の家であり、シスターや仲間は家族でもあった。


 暮らしはけっして豊かなものではなかったが、シスターは子どもたちに字を教え、生活だけではなく必要な教育も与えた。


 それはいつか、すべての子どもたちがここから出て不自由のないようにという配慮だった。


 おかげで養子として出ていく場合や、独立して孤児院を後にする者。それぞれ歩む道が違うものの一定の年齢が来れば、皆巣立つことができた。


 しかしライラは自分の瞳の色のことで引けを取り、髪でいつも左目を隠すようにしていた。


 養子を希望する貴族たちが見学にやってきても前に出ることもできず、次々と引き取り先が決まって孤児院を離れていく仲間たちを何度も見送ってきた。


 いつしかライラは子どもたちを見る側になっていて、シスターのようにここに仕えるのもいいかもしれない、そう考えるようになっていた。


 そして木々が雨に濡れて鮮やかに生い茂り、孤児院の庭に咲いていたアナガリスが青色の花を咲かせていたある日、夏の訪れを知らせる空気に混ざりにメーヴェルクライス卿ファーガンがグナーデンハオスにやって来たのだ。


「彼はどういうわけか私を指名し、是非自分が引き取りたいと申し出てきました」


 ライラは一度目を閉じる。ありありと蘇る光景を頭に静かに浮かべていた。


「嬉しかったです。やっと誰かに求めてもらえた。私を選んでもらえたと思いました。ですが彼は私を娘としてではなく『フューリエン』と呼び、祈りを捧げるようになったんです」


 引き取られた先での生活は孤児院にいたときに比べると、けっして悪くはなかった。


 まっさらな服、温かい食事、大きなベッドなどが宛がわれ、世話はファーガンの使用人である中年の女性がすべてを請け負い、ライラに必要なものを与えた。


 ただし、いつもライラのそばには誰かがおり、見張られている状態だった。外に出ることも許されず、ファーガンは毎日のようにライラの元を訪れ『私をお助けください』と懇願するように祈っていく。


「彼は、おそらくなんらかの病に侵されていたんだと思います。私にはなにも力はないと言っても聞き入れもらえず、日に日に弱っていく彼を見ることしかできなかった。私の瞳がこんな色でなければ……」


 そこでライラは罪を告白するかのごとく深く頭を沈め、切羽詰まった声で続けた。


「陛下、たしかに私は初代国王の前に現れたフューリエンと同じ瞳の色をしています。しかし、私はなにも特別な力を持ちません。陛下にとって有益なものをもたらすことはなにも……」


「面を上げろ」


 抑揚なく放たれた王の命令に従い、ライラは唇を真一文字に引き結び、ゆっくりと頭を上げた。


「その瞳を今一度、見せてくれないか」


 ライラは髪に隠れたままでいる左目を見せるように髪をかきあげる。肌に触れる空気も自分に向けられる視線も突き刺さりそうなものだった。


 けれどライラは瞬きすることなく王をじっと見つめる。クラウスの顔が切なげに歪んだ。


「美しい、まるで今宵の満つる月だな。だが残念ながらお前は俺の求めている人物ではなかったようだ。……ライラ、お前は今後どうするつもりだ?」


「グナーデンハオスに、孤児院に戻ろうと思います」


 自分の居場所はそこしかない、当然の答えだった。そこで今まで通りシスターの手伝いをして子どもたちの世話をしたい。


 ところがライラの返答に王はシニカルな笑みを浮かべる。


「やめておけ。またフューリエンを狙う輩がやってくるぞ」


 髪を掻き上げていた手を離すと、再びライラの左目は隠される。王の言葉にライラは愕然とした。


「どういう、ことでしょうか?」


「今までお(フューリエン)の存在は表立っておらず、噂程度だった。しかしメーヴェルクライス卿が孤児院からフューリエンと思われし人間を引き取った、というのは一部の人間の間で知られる事態になっている」


 それは今の状況が物語っている。王がどこで自分の情報を得たのかライラには想像もつかないが、少なくとも本人の知らないところで話が回っているのは理解できた。


「お前が孤児院に戻ったとなると、それを聞きつけた奴がまた現れるぞ。それこそメーヴェルクライス卿のようにフューリエンの存在を心から望む輩がな」


 ライラの背筋に悪寒が走る。ファーガンはライラが外に出るのを異様に恐れ、窓やドアには鍵をかけていた。そして家人以外に会わすことをけっしてしようとはしなかった。


 小鳥が自分で鳥籠から出る事態を危惧するのと同時に、外から籠の中の小鳥を狙う猫にも警戒していたのだ。

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