07
「なるほど。愛しの奥さんに、自分は他の男と共に夜を過ごすから別の女に会ってくればいい……なんて言われたお前には多少同情してやるが、そこはしょうがないだろ」
ルディガーが哀れみを含んだ目を向けて乱暴に総括したので、スヴェンは思わず眉間の皺を深くする。
躊躇いながらも、昨晩のライラとのやりとりをルディガーに語っていた。懺悔にも似た告白。珍しくスヴェンにとってもひとりで抱え込むには、持て余す状況だった。
そして、どこまで本気で言っているのか計り知れないルディガーの言葉を受け、スヴェンはぶっきらぼうに返す。
「わかってる。あいつはなにも間違っていない。勝手にこちらの感情をぶつけて傷つけたんだ」
初めて見たライラの泣き顔にスヴェンは動揺が隠せなかった。はっきりと脳裏に焼きついて、頭から離れない。
異なる色の瞳をこれでもかというくらい大きく見開いて、目尻から玉のような涙がぼろぼろと零れ落ちていった。すぐに隠すようにうつむいたのは見られたくなかったからだ。
『私、ね。こんな目だから泣いたらいつも以上に珍しがられたり、からかわれたりしたの。瞳と同じように涙の色も左右で違うんじゃないかって。だから泣くのが怖かった。我慢してた』
なのに泣かせた。自分があんな顔をさせた。
自己嫌悪で腸が煮えくり返りそうになる。気の利いた言葉ひとつかけてやれない。なにをすれば、どう言えば彼女は泣き止んだのか。泣かせずにすんだのか。
ただライラが泣き疲れて眠るまでずっと抱きしめていただけだった。
「お前のために彼女は必死なんだよ」
ルディガーがライラの気持ちを汲んで弁護するが、スヴェンの顔は険しいままだ。
「……だが、俺じゃなくても、たとえばお前と結婚したとしても、あいつはきっと同じ態度で結婚生活を送っていただろうな」
ライラが自分のために一生懸命になるのは、国王陛下の命令でとはいえ結婚したからだ。感謝とうしろめたさを感じて、行動しているだけ。
それを目の当たりにして感情が抑えられなかった。割り切っている方が有り難いと思っていたのにどうしてこんなにも腹立たしいのか。
「だからなんだよ? 別の奴に譲ればよかったのか? 実際に今、彼女と結婚しているのは他の誰でもないお前自身だろ」
投げやりに言い捨てたスヴェンにルディガーが鋭く切り込む。
「どちらも第三者の存在に振り回されて、自分の気持ちを置き去りにしすぎなんだよ」
ルディガーは勢いよくソファの背もたれに体を預け、姿勢を崩した。
「お前は俺にみたいになるな。ましてや一緒にいられる期間が決まっているなら、尚更だ。本心を確かめられないまま居心地のいい関係を築いても、自分のものにはならないぞ」
ルディガーは自分を重ねてスヴェンに忠告する。スヴェンが自分とは違うからこそだ。
「後は本人同士でなんとかしろ。俺が言えるのはここまでだ」
宙に放った言葉の後に、部屋には沈黙が降りる。そしてどちらからともなく立ち上がった。迎冬会も近く、今日もしなくてはならない案件がたくさんある。
ドアへと歩みを進めるスヴェンに、ルディガーからふと声がかかった。
「スヴェン、俺はお前が少し羨ましいんだ。どんな形であれ、そうやって自分の感情を素直に相手に出せるのは、出してもらえるのは」
どことなく物悲しさが漂う口ぶりだった。スヴェンはフォローするというよりも、自分の思うところを正直に告げる。
「……お前に大事にされているのは本人だって自覚してるだろ」
「そうだな、スヴェンに伝わっているくらいだし」
軽口を叩くルディガーを見遣り、スヴェンは今度こそ踵を返して部屋を出ようとした。
「この借りはまたどこかで返す」
事を大きくしたのはルディガー本人だが、悪気があってライラと自分との関係に口を挟んだわけではないはわかっている。ルディガー自身の言葉でそれは沁みた。
「いや、その必要はない。俺は返しただけだ。だから、これで帳消しだな」
ルディガーの切り返しにスヴェンは思わず振り返って彼を二度見した。ルディガーは、いつもの人のいい笑みを浮かべている。
「ライラとの結婚。お前から名乗り出たことだよ」
「そう思うなら、お前もそろそろ動いてみたらどうだ」
ルディガーの返事は待たずしてスヴェンはさっさと部屋から去っていった。ルディガーは声には出さず心の中で呟く。
驚いてるんだよ、これでも。他人にまるで興味ないって態度だったお前が、そこまで誰かに執着を見せるのを。
これがいい変化だと結論づけるのはまだ早そうだが。ひとりごちているルディガーの元に、スヴェンと入れ替わるようにしてセシリアが戻ってきた。
「やぁ、おかえりシリー」
「ご無事でなによりです」
なにげなくプライベート仕様で呼んだもののセシリアは顔色ひとつ変えない。ルディガーはやれやれと内心で肩をすくめ、先にセシリアからの報告を聞く態勢を取った。




