06
ライラは肩の線を落として、もう今日だけで何度目かわかないため息をついた。ベッドの端に座ってうつむくと、長い髪が顔を隠す。
朝、部屋を訪れたマーシャも、あからさまにいつもと違うライラをかなり心配した。顔色も良くなく、朝食もろくにとれない状態で、マーシャは体調が悪いのではと気遣った。
マーシャはライラが言葉を濁し、口数を少なくしていると、心配しつつも詳しい事情までは聞いてこなかった。
迎冬会を間近に控え、城への人の出入りは激しくなる。ライラは基本的に部屋にいるようにとのお達しだ。厩舎にも薬草園にも足を運べない。
軟禁にも似た状況だが、そもそも城に身を置く自分は様々な条件付きだったと思い直す。スヴェンとの結婚もだ。
ぎゅっと膝で握り拳を作り、様々な思いを噛みしめていると突然部屋にノック音が響いたので、ライラの肩が震えた。
マーシャが対応に出向いたが、ややあってライラの前に姿を現したのは予想外の人物だった。
「セシリアさん」
「突然、すみません」
細い金の髪は綺麗にまとめあげられ、赤と黒の団服をきっちりと着こなしたセシリアが申し訳なさげな表情でライラを窺う。
ライラは慌ててベッドから腰を上げた。
「マーシャには席をはずしていただいて、少しだけふたりでお話したいんです。かまいませんか?」
「は、はい」
反射的に答えたもののライラは緊張気味だ。マーシャはお茶の準備をして静かに部屋を出ていった。
セシリアには客人用のテーブルについてもらい、すっかり慣れた手つきでライラはカップにお茶を注ぐ。セシリアはお礼を告げてライラが正面に着席するのを待ち、おもむろに切り出した。
「大丈夫ですか?」
「え?」
自分の顔色はそこまでひどいのかと思ったが、続けられた言葉にライラは凍りついた。
「昨日、エルンスト元帥が余計な話をしてしまって……」
「余計だなんてとんでもないです!」
ライラは瞬時に声をあげて否定する。カップの表面が揺れ、冷静さを取り戻すと、声の調子を整えてからやや早口で続けた。
「むしろ本当のことを教えていただけてよかったです。私、勝手に勘違いしたままスヴェンを付き合わせて、迷惑をかけ続けてしまうところでしたから……」
「迷惑だってバルシュハイト元帥が仰ったんですか?」
セシリアの指摘にライラはとっさに言葉を詰まらせる。そして間をおいてから、なんとか声を振り絞った。
「言ってはない、です。でも、スヴェンは優しいから……」
伏し目がちになりながらもライラはぽつぽつと語り出した。
「……私、陛下をはじめ、セシリアさんやエルンスト元帥、マーシャはもちろんですが、スヴェンには一番感謝しているんです。だから、彼のために私にできることならなんでもしたい。そう思っていました」
ライラは言葉を切る。波打つ心を鎮めようとぎゅっと唇を強く噛みしめた。
「あなたがバルシュハイト元帥のためになんでもしたいと思うのは、陛下の命令で結婚しているといううしろめたさからなんですか?」
セシリアに静かに問われ、ライラに動揺が走った。うしろめたい気持ちがもまったくないわけではない。ただ、ここ最近スヴェンといると、そこまで深く考えていなかった。
どうしてなのか。
「わかり、ません。でも純粋にスヴェンには幸せになってほしいんです。彼が少しでも笑ってくれると嬉しくて……」
セシリアはなにも言わず、ライラの話に耳を傾け聞く姿勢を取る。ライラは自分の奥底にしまっておいた本音を、こわごわと告白した。
「なのに、自分から言っておきながらスヴェンが私をおいてジュディスさんに会いに行くんだって想像したら、胸が苦しくて、痛くて……涙が出そうになるんです」
声にしただけで目の奥が熱くなり、ライラは服の裾を強く握って堪えた。
矛盾している。スヴェンのためを思うなら彼の意思を最優先すべきなのに。こんなにも激しく自分を揺す振る感情をライラは知らない。
邪魔になるこの気持ちを相手に悟られるのが怖くて、どうすればいいのか自分でもわからない。
「伝えてみればいいと思いますよ、バルシュハイト元帥に直接。あなたがこういう気持ちになるんだって」
小さくも澄んだ声は、ざわつくライラの心にすっと入ってきた。ゆるゆると顔を上げるとセシリアが穏やかな表情でこちらを見ている。
「そして、聞いてみればいいんです、彼の気持ちを。あれこれ思い巡らせても、心の中は本人にしかわかりませんから。知りたいんでしょ?」
理路整然とした話し方は、迷走していたライラの思考と感情を落ち着かせていく。ライラはぎこちなくも頷いた。
「はい」
スヴェンはなにを考えているんだろう。どういう気持ちでいるの?
『気になるなら聞けばいい。答えるかどうかは俺が決める』
『俺は自分の意思ははっきりと口にする。だから、あれこれ考えて気を回すのは無駄骨だ。結婚したんだからそれくらいはわかっておけ』
スヴェンの言葉が蘇り、ライラは切なくも思い出した。こうして落ち込んでいるだけでは事態は変わらない。改めて彼に向き合わなければ。
昨日は伝えられた事実が衝撃的すぎて自分の気持ちにまで気が回らなかった。相手の気持ちにも。
私たち、まだ夫婦だから……聞いても、伝えてもいいんだよね?
「私、ちゃんとスヴェンと話してみます」
「それがいいと思いますよ」
「ありがとうございます、セシリアさん」
決心が固まり、仕事が忙しい中、わざわざここまで足を運んだセシリアにライラは改めてお礼を告げる。セシリアは柔らかく微笑んだ。
「いいえ。では、お茶をいただきますね」
内心、セシリアは少しだけライラが羨ましかった。今は色々あってすれ違っていたとしても、スヴェンはいい意味でも悪い意味でもストレートで、わかりやすい男だ。
自分の上官もフォローしているだろうし、このふたりはあまり心配しなくてもいいだろう。
先ほどライラに言い聞かせた言葉を自分にも浴びせてみる。しかし、いつも自分のそばにいるのは無駄に愛想よく、はぐらかすのだけは人一倍得意な男だ。
余計な思考に沈みそうになり、すぐに振り払う。そこでふと、ライラから声がかかった。
「すみません、冷めちゃいましたね」
「ですが味は十分に美味しいですよ」
共にカップに口をつけ、お茶を味わう。温くなった液体にふたりはつい笑みをこぼした。




