05
迎冬会を明日に控え、今日は一段と忙しい。早朝からルディガーは部屋でセシリアと段取りを確認していた。そろそろ彼がやって来るはずだ。
「さーて、セシリア。どうやら俺の骨を拾う日がついに来たようだぞ」
机を挟んで一通りの説明を終えた副官に対し、ルディガーはおどけて言ってのけた。ルディガーが椅子に座り、セシリアは立っているので彼女は上官を見下ろす形になる。
「拾いませんよ。団員同士の私闘は厳禁ですし、ましてやアードラー同士なんて前代未聞です」
「冷たいなー。俺がどうなってもいいのか?」
「まさか。あなたがそこまで考えなしじゃないのはちゃんとわかっていますから」
その言葉にルディガーが目を見開く。代わりにセシリアは微笑んだ。
「もちろんバルシュハイト元帥においてもです。私は席をはずしますね。いない方がいいでしょう」
「どこへ行くんだい?」
ルディガーの問いかけにセシリアは間を置かずに答える。
「彼女のところです。誰かがフォローする必要があるでしょうから」
「そこまで気を回すとは、さすがは俺の副官」
「では、ご健闘をお祈りします」
心配など微塵もしていない面持ちでセシリアは部屋を出ていこうとする。
「セシリア」
しかしドアのところで呼び止められ、セシリアは再び上官に足を向けた。
「もしも俺とスヴェンが本当に本気でやりあったらどうする?」
仮定の問いかけにセシリアは目をぱちくりとさせる。そして眉尻を下げた。
「わざわざ聞きます?」
「そりゃ、もう。是非、聞きたいね。命令してでも」
セシリアは一度ルディガーから視線を逸らし、しばらくしてから観念したように息を吐く。再度彼としっかりと目を合わせ口を開いた。
「……あなたのために命を懸けますよ。私はあなたのものですから」
照れもなく、まるで宣誓だった。そのまま彼女は部屋を出ていく。ひとりになった部屋でルディガーは机に項垂れた。
前髪を掻きながらも口元には笑みが浮かんでいる。
「あー、まったく。スヴェンもいい仕事をしてくれる」
それからまもなくドアが乱暴に開く音が響いた。木製のドアが揺れ、軋む。敵の襲撃でも起こったかのような前触れのなさと勢いだが、予想はしていた事態だ。
「おはよう、スヴェン」
わざとらしく笑顔で声をかけたが、気迫に満ちた相手には届いていない。足を動かし大股で近づいてくる。そしてバンッという力強い音で机が鳴り、空気が震えた。
「なぜあいつに余計なことを言った?」
「余計なこと?」
「とぼけるな」
スヴェンは今にも剣を抜きそうな熾烈さでルディガーにつっかかる。一睡もしていないのもあってか凄みも半端ない。
しかし、ルディガーは斜めに目線を逸らし、ふっと笑った。その笑みはいつもの温厚なものではなく、冷笑に近い。
「彼女が大きな勘違いをしていたから、気を利かせたんだ。無理して合わせてたんだろ」
ルディガーの切り返しにスヴェンは眉をつり上げる。部下が見れば裸足で逃げる形相だ。しかしルディガーはまったく臆しもせず、指を組んで下からスヴェンを見据えた。
「本当のことを言うのが面倒だったのか? お前こそなにやってんだよ。中途半端に手を出すなら相手を選べ」
きっぱりと言い切るルディガーはスヴェンに反論の余地を与えずに先を続ける。言い方はずいぶんと挑発的だ。
「それともなにか? どうせライラとは最初から終わりが見えている関係だから、適当に相手して付き合ってやってるのか?」
「違う!」
反射的にスヴェンが声をあげる。込められている感情には苦しさが混じっていた。前髪をくしゃりと掻き上げ苦虫を噛み潰したような顔になる。
「そんなのじゃない」
ルディガーに言い放ちながらスヴェン自身も珍しく先走る感情についていけていない。自分らしくもないのも自覚している。
ジュディスの件をライラに言わなかったのは、面倒だとか言う必要がないとか、そういう話じゃない。ただ言いたくなかった。どうしてかライラには知られたくなかった。
べつに彼女には関係ない。自分がどんな人間か、異性とどういう関係を築こうが。今さら取り繕うつもりもない。
けれどライラとの関係がどこか心地よくて、それを壊す真似はしたくなかった。この結婚生活自体泡沫なものなのに、自分はなにを求めているのか。
明確にできず燻る感情をライラ本人やルディガーにぶつけてもどうしようもない。残るのは自己嫌悪だけだ。
戸惑いを隠せないでいるスヴェンに対し、ルディガーが大きく息を吐いた。
とりあえず応接用の椅子に座るよう促し、スヴェンはおとなしく従う。大きめのソファに乱暴に腰を落とすと、机を挟んで真向かいにルディガーも座った。
今度は対等な格好で目線を合わす。
「ひどい顔だな。お前のそんな姿、久しぶりに見るよ」
親友を亡くしたとき以来になるのか。あれからスヴェンは不愛想なうえ冷厳冷徹さを貫いて他人を寄せ付けなくなった。
逆にルディガーはいつも愛想よくする分、けっしてこちらに踏み込ませたりせずにうまく他人をかわしてきた。
けれどいつも、いつまでも変わらずにいなくてもいい。自分たちは物ではない。生きている限り誰だって変わっていく可能性を秘めている。
「ま、溜め込んでもしょうがないだろ。スヴェンは意外と他人の心の機微については敏いくせに自分のことはからっきしだからな」
誰のせいで……と、いつもなら冷たくなにかを返すところだ。しかしこのときはスヴェンはなにも言わず眉をひそめただけだった。




