03
迎冬会を間近に控えたある日の午後、ライラはルディガーとセシリアの元を訪れていた。ちょうどふたり揃って部屋にいるというのをスヴェンから聞いて来たのだ。
スヴェンも含めアルノー夜警団の団員たちは、ここ最近迎冬会のため準備のためずっと忙しくしている。
外部からの出入りも多く、現場の警備などは他の団員が当たっているが、要人の警護や重要な招待客との打ち合わせに同席したり、国王に連れ添う機会も多い。
デスクワークは山ほどあるが、ほんのひと時の休息というわけだ。ルディガーに勧められ、部屋の来客用のテーブルを囲み三人でお茶をいただく。
出したのはもちろん、シュラーフなしのレシピの方だ。
「飲みやすいし、いいね、これ」
お茶を一口飲み、すぐさまルディガーがそつなく褒める。
「ほっとする味ですね」
セシリアも味わいながら素直な感想を漏らした。
「おふたりにも気に入っていただけてよかったです」
ライラも笑顔になり、ソーサーにカップを戻す。そのタイミングでルディガーがやや身を乗り出し、保護者ばりに尋ねてきた。
「どう? あいつとの生活は上手くいってる? なにか困ってはいないかい?」
どちらかといえば、スヴェンの友人として気にしているのか。ライラはルディガーの心配を吹き飛ばすように笑った。
「お気遣い、ありがとうございます。でも、スヴェンにはすごくよくしてもらっていますよ」
「ライラはもっとわがままでもいいんだぞ。あいつ、口数も少ないしなにを考えているのかわからないこと多いだろ」
その言葉にライラは心に引っかかっていたものを思い出す。固まっているライラにルディガーは首を傾げた。
そこでセシリアが用事で席をはずす旨を伝える。ルディガーとライラに挨拶しセシリアが部屋を出て行った後、ライラは居住まいを正した。
「あの、エルンスト元帥」
真剣な面持ちにルディガーも身構える。しかし次にライラの口から飛び出した内容は、あまりにも予想だにしていなかった衝撃的なものだった。
「男の人ってどういうときに口づけしたくなるんでしょうか?」
ルディガーは思わずカップを落としそうになる。大きく目を見開き、濃褐色の虹彩が揺れ、ふたりの間にはしば沈黙が流れた。
ライラの質問はかなり突拍子もなく曖昧だが、どうして彼女がこんな内容を聞いてきたのか、見当がつかないほどルディガーも鈍い男ではない。
そして先に反応したのはライラだ。改めて自分の放った質問を振り返り、時間差で動揺が走る。
「す、すみません、変なこと聞いて。今のはなしにしてください。忘れてください」
「え、いや、ちょっと待って。ライラ、一応確認するけど君とスヴェンとの仲はどうなってるの?」
「どう?」
「まさかあいつと寝てないよね?」
セシリアがいたら間違いなく瞬時にたしなめたに違いない。ルディガー自身も混乱して、かなりあけすけな言い方をしてしまった。
一方、ライラはルディガーの迫力に圧される。
「だめ、でしょうか?」
「だめというか、なんというか……」
ルディガーは苦々しい表情を浮かべた。相思相愛なら別に問題ないし、これ以上は親友のこととはいえ聞くべきではない。
しかしライラの次の発言に自分の考えが間違っていたのだと気づかされる。
「ジュディスさんの代わりに、私が温めようと思ったんです。眠れないのと寒さを紛らわすのをアルコールに頼るのはよくないですから、シュラーフ入りのお茶を調合してみたり。一緒に寝るのもその延長で……」
「ジュディスの代わり?」
「はい。ジュディスさんが“温めてあげる”って言っていたので。よく眠れるお酒を出してあげるってことじゃないんですか?」
ライラの目に曇りはなく大真面目だ。酒場で働いているとの情報も合わさり、なにも疑っていない。
ルディガーは口元に手を添え、しばし考えを巡らせる。そこにセシリアが戻ってきた。
「ライラ」
ルディガーの顔には笑みが浮かんでいる。しかし、いつもの爽やかなものではなく、なにか裏がありそうな怪しさもあった。
「いいことをひとつ教えてあげよう」
続けて彼から告げられた言葉に、ライラは顔を真っ赤にしてから泣き出しそうな表情になり、セシリアは綺麗な顔を歪め、不快感を露わにした。
マーシャに付き添われ、ライラが自室に戻っていった後、部屋にはルディガーとセシリアのふたりになった。その時を待ってセシリアが口を開く。
「なぜ、彼女にあんなことを言ったんですか?」
「理解できない?」
微笑を浮かべ尋ね返すルディガーに、セシリアは眉を寄せた。
「意図までは。あなたが身内絡みだと、火種を見つけたら水ではなく薪を放り込むタイプなのは存じ上げていますが」
仰々しい言い方にルディガーは苦笑する。
「上手い例えをしてくれるね」
セシリアは笑えない。一度瞳を閉じて、息と共に言葉を吐き出す。
「どうなっても知りませんよ」
「ま、なるようになるさ。それに燻るくらいならいっそのこと派手に燃えた方がいいときもあるだろ。一回荒れてみればいい」
「彼女には気の毒な話ですね」
「しょうがない。俺はどちらかと言えばスヴェンの味方だからね」
セシリアは呆れた面持ちで上官を見つめる。するとルディガーは軽くウインクを投げかけた。
「もちろん、一番はセシリアだよ」
ルディガーの言葉はさらっと流し、セシリアは先ほどのライラを思い出す。意気消沈として、迎えにきたマーシャと共に部屋に戻っていった姿は痛々しかった。
「……本当に、男の人って勝手です」
ぽつりと呟いた言葉は、隣の上官には届かない。セシリアは頭を切り替え、仕事の話をルディガーに振ったのだった。




