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02

「あなた、方は……?」


 女の口から紡がれたのは、鈴を鳴らしたような小さな声だった。スヴェンが歩み寄り、どこかあどけなさの残る彼女との距離を縮める。


「アルノー夜警団だ。国王陛下の命令により、我々と共に来てもらおう」


 女の瞳が揺れ、思索にふけるように押し黙った。そして突然目の前に現れた男に刺さるような視線を送る。


 その姿勢に恐怖や困惑は見られない。ただなにかを訴えかけるような表情だった。


「拒否する選択肢はお前にはないんだ」


 動かない彼女に痺れを切らしスヴェンは刺々しく告げた。その言葉で女は目を伏せ、一歩歩み出す。


 スヴェンとルディガーに連れられ、部屋の外に出ると廊下を灯す明かりに女は目を細めた。階下についたところでセシリアに押さえられていたファーガンが事態を悟り、目を剥いた。


「フューリエン、待ってくれ。どうか行かないでくれ!」


 その場に泣き崩れるように膝を折り、声にならない叫び声をあげる。その振舞いは母親に見捨てられた子どものようだった。


 さすがにルディガーもセシリアも悲痛な男の姿に顔を歪める。無視して先を促すスヴェンに女は声をかけた。


「あのっ、待ってください!」


 彼の足が止まり、女と目が合う。


「なにか、なにか切るものを貸していただけませんか?」


 彼女から続けられた内容は予想外のもので、スヴェンの眉間に自然と皺が刻まれた。


「なにをする気だ?」


 女は答えず、ただ揺れない瞳がスヴェンをじっと捕えていた。彼女の意図は読めないが、どうしてか無視することもできない。


 ただ問答を繰り返す時間も惜しく思えた。


「……おかしな真似をするなよ」


「わかています」


 女の返事に嘘はないことを悟り、スヴェンはセシリアに視線を送る。セシリアは躊躇いがちに懐に忍ばせていた短剣を彼女に差し出した。


「ありがとうございます」


 女は小さく礼を言って受け取ると、鞘から剣を抜いて確かめるように磨かれた刃を見る。そして次に彼女が起こした行動に、その場の誰もが目を奪われた。


 女は自分の右側の髪を適当にひと房掴むと、そこにナイフを当て乱暴に滑らせたのだ。


 ザッザッと擦れるような音と共に彼女の手には美しい絹のような髪の髪が握られる。それを持ち、女はファーガンの元に腰を落とした。


「どうかあなたに満つる月のご加護があることを」


 ファーガンは髪を受け取ると、ついに涙を流し始めた。嗚咽混じりのすがるような声は気位の高い貴族のものとは思えない。


「フューリエン。頼む、行かないでくれ。あんたが私の最後の希望なんだ」


「ごめん、なさい。私はなにもできないんです」


 苦しげに頭を沈める女をスヴェンが強引に立たせる。


「彼女は連れて行く。ほかの件に関しては今回は追究を免除してやろう。どうしても異議があるならこの件に関しては城まで直接申し立てに来い」


 ファーガンは顔を上げることはしなかった。彼を尻目に一行は館を出ていき、馬を留めている場所へ戻る。


 外気に身を晒され女は反射的に身震いした。外套もなくどう見ても薄着の彼女にスヴェンは自分のマントをはずし、背中から包むようにかけてやる。


「ありがとう、ございます」


「名前は?」


「……ライラ、と申します」


 間髪入れない質問に女はうつむき気味に答えた。下手に目を合わせないようにするのは癖なのだろう。


 ちらりと館の方に視線を移したのを見て、スヴェンは遮るようにライラの肩を抱いた。


「わっ」


 次の瞬間、ライラは体が宙に浮くのを感じた。こんな声をあげるのは久しぶりだ。


 スヴェンはライラを抱き上げると自分の愛馬に先に彼女を乗せ、続けて自分も鞍に跨る。


「あの」


「舌を噛みたくなかったら口を閉じてろ」


 冷たい言葉にライラは黙り込む。馬はゆっくりと動き出し、お世辞にも心地いいとはいいづらい振動が伝わってくる。


 アルノー夜警団――。


 ちらりと密着する男の服についている印に目をやった。


 黒の(エスカッシャン)に赤の十字(クロス)。中央部にはこの国の誰もが知っている王家の象徴、双頭の鷲が描かれている。アルノー夜警団の団章だ。


 王国の成り立ちには、初代王の存在と共にもうひとりの人物が語り継がれている。初代王に多くの助言を与え、王国の発展に大きく寄与した女性がいる。


 人々は彼女を“偉大なる指導者”の意として『フューリエン』と呼んだ。


 彼女に関して謎は多い。『あどけない少女だった』『絶世の美女だった』『老婆の姿をした魔女だった』など、その外見ははっきりしない。


そして彼女はある日突然、王の前から姿を消したのだという。


 そんな彼女に関してただひとつ、はっきりとしていることがある。彼女の瞳は左右で色が違っていた。片方の目が月のように輝く琥珀色だったのだ。


 鷲のように聡明で鋭い金の瞳だと初代王は称えたという。彼女の瞳の色、そして初代王とフューリエンのふたりの人物を表すため、王家の紋章は双頭の鷲になったという。


 この国では『二』という数字は縁起が良いとされ、これらが起因しアルノー夜警団のトップも双璧元帥(アードラー)として二人の人間が務めている。


 今はスヴェンとルディガーがその任を担っていた。


 スヴェンはこれらの情報を元に頭の中で状況を整理する。


 国民の誰もが知っている王家の成り立ちにまつわる伝説。どこまでが真実なのかはわからない、しかし肝心なのは嘘か本当かという問題ではない。


 片眼異色でさえ珍しく、ましてや片目の色が金ならばフューリエンを連想しない人間はいない。


 フューリエンの生まれ変わりや末裔だと信じて、彼らを「導く人」と呼び不思議な力で幸福をもたらす存在として崇め奉る人間もいると聞いてはいた。


 自分にもたれかかっているライラを軽く見下ろす。この状況なら瞳の色どころか、今は顔を確認することもできない。


 しかし一度見たらけっして忘れられない、あの部屋で月明かりに照らされながら目が合ったライラの姿が目に焼き付いている。


 話は聞いたことがあっても、実際に片方の目のみが金色の人間を見るのは初めてだ。


 舗装された山道を馬は駆け上がる。王の、そして自分たちの居住地でもあるアルント城が程なくして見えてきた。


 アルント城は街を見下ろせる高い位置にあった。歴代に渡り増築を繰り返した結果、要塞を兼ねた石造りの頑丈な面と宮殿としての華やかさを併せ持ち、高さの揃わないいくつもの尖塔の青い屋根が目を引く。


 日光を浴びた城は黄金色に輝き、王家の威光を放つと人々の間では言われていた。


 城門をくぐり、男ふたりは自分の愛馬をセシリアに任す。いつもなら厩役に預けるところだが、今回の件は秘密裏に進めるのが条件だ。


 ライラを連れスヴェンとルディガーは国王の元へと急ぐ。夜の城は耳鳴りがするほど静かだった。

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