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06

「お前はまたなにを企んでいるんだ」


 日が落ちてスヴェンの部屋を訪れると、宣言通り彼は今日の職務を終え、中で待っていた。読んでいた本を閉じ、入ってきたライラに声をかける。


「企むって……そんな言い方しなくても」


 口をすぼめて返しつつ、ライラは部屋の主に断りを入れずソファに腰掛ける。本棚のそばの壁に立っているスヴェンと向き合う形になった。


「事実だろ」


 鋭い返事にライラは目を泳がせる。隠すほどの話でもないが、まだスヴェンには秘密にしておきたい気持ちもあった。


 とはいえ不信感を抱かせるのも本意じゃない。


「えっと、たいしたことじゃないんだけど……」


 歯切れ悪く答えるライラにスヴェンは軽くため息をついた。


「時期が来れば言うのか?」


 まさかの切り返しにライラは目をぱちくりとさせる。そして素直に頷いた。


「……うん」


「なら、いい。ただ俺は気が長くないからな、早くしろよ」


「はい」


 ライラの顔が自然と綻びる。スヴェンの対応が純粋に嬉しかった。


「ありがとう。私を信じてくれて」


 出会った頃なら考えられない。どういう形であれ、お互いに信頼関係が生まれているのをこういうときに感じられる。


「べつに。お前の言う通り、どうせたいした話でもないんだろ」


「あ、ひどい」


 口を尖らせたが、こんな軽口を叩きえるのさえライラの心を温かくする。そこで気になっていた件を思い出したライラは別の話題を振った。


「スヴェン、昨日は結局どうしたの? ちゃんと寝られた?」


 意表を突かれたスヴェンは、視線を逸らし気味にして誤魔化す。


「さぁな」


「教えてよ。邪魔だったなら私……」


「そうは言っていない」


 スヴェンの声は大きくなかったが、ライラの耳にはっきりと届いた。ライラはじっとスヴェンに視線を送り、頭の中であれこれ考え結論づける。


「スヴェンがかまわないなら、今日もベッドを温めておくね」


 ソファから腰を浮かし、ライラはベッドに近づく。


 前で留めているローブの紐をそっとほどいて夜着一枚になり中に身を沈めると、冷たいシーツに体温が奪われ体が震える。


 思わず顔を歪め、もぞもぞと身を縮めていたら視界が急に暗くなった。慌てて上を向けば、いつのまにかスヴェンが枕元に手をつき、至近距離でライラを見下ろしている。


「え?」


「ベッドじゃなくて俺を温めろよ」


 ライラは瞬きひとつできずに固まった。スヴェンの言葉が上手く掴めず、思考回路もストップする。


 ただ自分を真剣に見つめる整った男の顔だけを目に映していた。


 スヴェンはライラの額に軽く口づけると、自分もさっさとベッドに入り、硬直したままのライラを昨日同様に抱きしめた。


「俺がどうしたのか気になるなら、今日は先に寝ずに起きておくか、早起きしてみたらどうだ?」


 意地悪く耳元で囁かれ、ライラの頭はようやく動き出す。


「な、なにそれ。素直に教えてくれたらいいのに。今だって……」


「だから、素直に言ってやっただろ」


 もうライラは言葉が続けられない。無機質な感触から、急に温もりを伴った腕に包まれている。どちらも心臓に悪く、早鐘を打ちだすのが止められない。


 平常心を取り戻そうと、ライラはスヴェンの胸から顔を上げ、視線を向ける。遠慮なく異なる色のふたつの瞳で彼を映した。


「あのね、スヴェン。昨日出かけたときに久しぶりに孤児院に行ったの」


 ルディガーから聞いていた話ではあるが、それは顔には出さない。ライラもスヴェンが知っているとは思わず話を続けた。


「私、この瞳の色が消えたら、グナーデンハオスに戻ろうと思っていたけど、やっぱりやめようと思って」


「なぜ?」


 感情を乗せずに尋ねる。ライラは元々この結婚がなければ孤児院に戻るつもりだと話していたはずだ。


 口元は緩めつつライラの言葉には少しだけ寂しさが混じる。


「あそこはもう、私のいない状態で生活が回っているから」


 ライラの妹分だったアルが、今は最年長者として子どもたちをまとめている。それをサポートするザック。皆、自分の役割を理解し、全うしている。


 そこにライラが戻るのは今できているものを壊す気がした。


「なら、どうするんだ?」


「うーん、どうしよう。とりあえず生まれた村に戻ろうかな」


 まるで明日の予定を告げるような軽い口調に、スヴェンはやや毒気を抜かれる。ライラはふふっと笑ってみせた。


「両親との記憶はほとんどないけど、あそこは両親と……伯母さんとの思い出もあるから。でも旅に出るのもいいかな。今まで人に会うのが怖くて、色々と見るのを拒否してきたから。その分たくさんのものをこの瞳に映したい」


 強く言いきり、ライラは目を大きく見開いて声を弾ませスヴェンを見た。


「馬に乗るのももっと練習して……それで探しに行くの!」


 なにを?と返す前にライラの唇が動く。


「私の運命の人!」


 意外な回答にスヴェンは目を丸くした。対照的にライラはおむもろに目を閉じる。


「フューリエンとか瞳の色とか関係なく、私自身を見て好きになってくれる人を探すの。私ね、誰かの特別になりたい!」


 そして、改めて穏やかな顔でスヴェンと目を合わせた。薄暗い部屋でも互いの表情ははっきりとわかる。


「こんな前向きな決断ができるのはスヴェンのおかげだよ。私、ずっと人と深く関わるのを避けていた。うしろばっかり振り向いて諦めてた。でもスヴェン言ったでしょ? 『いいことも悪いことも全部背負って前に進んでいく』って」


 スヴェンは軽く息を吐くと、ライラの髪をゆるやかに搔き上げる。


「意気込むのはいいが、俺に宣言する内容じゃないな」


 呆れた表情と声に、ライラはしばし発言を後悔する。


 自分には関係ないとでも言いたいのか。それとも形だけとはいえ結婚している相手に言うのは不適切だとたしなめられたのか。


 スヴェンの言いたい意味を自分なりに後者寄りに解釈した。


「えっと。スヴェンだから言ったの。他の人の前では気をつけるよ。ちゃんとあなたと結婚しているって意識して発言も行動もするから」


 うっかり口を滑らせたわけではなく、わかっていると言いたくてライラは説明する。けれどスヴェンは軽く鼻を鳴らした。


「よく言う。俺よりも先に違う男にあれこれ相談しているんだろ」


 間髪を入れずに返され、エリオットの件だと認識する。そしてライラは今度こそ慌て始めた。


 スヴェンは実情を知っているし、先ほどライラを信用するという対応だった。だからスヴェンの不機嫌さの理由が、ライラにはいまいち理解できない。


 そこで、ライラの頭にある可能性が閃く。


「私たちの仲、誰かに疑われてる?」


 もしくは疑われそうな真似はやめろという警告か。


 カモフラージュの結婚だというのを誰かに悟られるわけにはいかない。顔面蒼白のライラの予想をスヴェンは一蹴した。


「そういう話じゃない」


 なら、と続けようとするライラの額にスヴェンは素早く自分のを重ねる。息遣いを感じるほどにふたりの距離は近くなった。


「ただ夫としては面白くないだけだ」


 からかっているのか、真面目なのか。その考えに至るほどの余裕もない。投げかけられた言葉が引き金となってライラの体中に動揺が走る。


「う、うん。ごめん。頑張って奥さんらしく振る舞うね」


 返答としてはこれでいいのか。たどたどしく答えるライラにスヴェンはなにも言わない。


 代わりに彼女の頬に触れ、驚きとくすぐったさにライラは目を閉じる。するとすぐさま瞼に口づけられる。


 目を開けると、スヴェンの顔を確認する間もなくライラは再び腕の中に閉じ込められた。心臓が収縮を繰り返し、しばらく収まりそうもない。


 けれど密着した相手の胸から規則正しい心音が聞こえてきてライラの緊張を解いていく。すると次にやってくるのは睡魔だ。


 スヴェンは先に寝ずに起きておけばいいと言ったが、どうやらそれは難しそうだ。今日もこの後、彼がどうするのかライラは確認できないらしい。


 安心する温もりに思い切って背中に腕を伸ばそうとする。けれどすんでのところでやめた。


 自分がこうすることで彼に役に立てるならそれでいい。ただ、自分が彼になにかを求めるのはいけない気がした。

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