05
翌朝、ライラが目を覚ますとスヴェンの姿はなかった。だから昨日の出来事がにわかには信じられない。
「温める」と自分で言いだしたとはいえ、こんな流れになるとは思ってもみなかった。あれこれ思い出し、羞恥心がこもって熱くなる頬をライラは押さえる。
そもそも本当に一緒に寝たのかどうかもよくわからない。もしかすると自分が寝た後で、スヴェンはいつものようにデュシェーズ・ブリゼに戻ったのかもしれない。
寂しさを覚え、慌てて振り払う。スヴェンが寝たのならどちらでもいいはずだ。
薄い夜着はベッドから出ると肌寒く感じた。昨夜は熱いくらいだったのに。
まだ太陽が昇っていない部屋でライラはマーシャが訪れる前に支度をはじめる。今日からまた自分にはすることができたから。
「なんか機嫌いいな」
剣の朝稽古を終え、ルディガーはスヴェンに声をかけた。
「気のせいだろ」
ルディガーを見もせずスヴェンは短く返す。たしかに他人から見たらそうかもしれない。
現に稽古をつけた部下たちには相変わらず厳しく、けれどアドバイスは的確だった。
基本的に無愛想であまり感情を出さない親友の微妙な変化に気づけるのは自分を含め、ごく少数だろう。
「彼女、喜んでたか?」
「ああ。お前たちにも感謝していた」
試しにライラの話題を振ってみたがスヴェンの回答は端的だ。ルディガーは続ける。
「なら、よかった。セシリアにとってもいい気分転換になったみたいだから」
どうやらジュディスの件に関しては上手く対応したのか、そもそもライラが話にもしなかったのか。ルディガーもあえて口にはしなかった。
共に愛馬の様子を見ようと馬房に向かう流れになる。そしてふたりは厩舎の前で見慣れた人物がいるのに気づいた。
ライラが嬉しそうにエリオットと会話している。そばにはマーシャも控えていた。
今日の彼女の服装は白を基調とした弛みのあるゆったりとしたワンピースに胴体部分には焦げ茶の布地が当てられたものだ。
腰と胸元が編み上げられサイズを調整している。髪はマーシャが整えたらしく、耳下できっちりとふたつに束ねられ左目は丁寧に隠されている。
アードラーのふたりに先に気づいたのはエリオットだった。スヴェンとルディガーの顔を見て、すぐさま姿勢を正す。
つられてライラも彼らの姿を視界に捉え、慌てた様子になった。まずはルディガーに挨拶する。
「エルンスト元帥、昨日は本当にありがとうございました。セシリアさんにもよろしくお伝えください」
「こちらこそ、楽しんでいただけてよかったよ。今日はどうしたんだい?」
ルディガーの問いに、ライラは一瞬だけスヴェンに視線を移す。スヴェンの眉間には不機嫌そうに皺が刻まれていた。
「それが、彼女」
「あ、駄目!」
言いよどんでいるライラに代わり、エリオットが答えようとしたが、ライラが急いで制する。エリオットもルディガーも目を丸くした。
「えっと……彼に少し聞きたい話があったんです。この前、預けたあの子の様子とか……」
しどろもどろに説明するライラにルディガーは閃いたという顔を見せて微笑んだ。
「ああ、例の鹿毛の! スヴェンから聞いたよ。あれはうちの部隊で使わせてもらってる。なかなか足も速く頭もいい馬だね」
それを聞いてライラはホッと安堵する。そこで我に返って背筋を伸ばした。
「なので、私が話しかけて彼の仕事を中断させてしまったんです。エリオットもごめんなさい」
「ライラさま、そろそろ行きましょうか」
場の空気を読んでか、マーシャが声をかけライラもおとなしく続こうとする。しかし、なにかを思い出したように向き直った。
「スヴェン」
声をかけた相手はゆるやかに視線を寄越した。不安げな色を瞳に宿したライラは小さく尋ねる。
「今日は遅くなる?」
「とくにその予定はない。お前の話も聞かないとならないしな」
冷たい言い方だが、ライラの顔はぱっと明るくなる。
「うん。でも無理はしなくていいからね」
笑顔を見せマーシャとその場を去っていく。スヴェンはどこか呆れた面持ちでライラたちを見送った。そして、さっきから隣で視線を送ってくる男を見遣る。
「なんだ?」
「いや、べつに」
ルディガーはどこか楽しそうだ。比例してスヴェンの顔には嫌悪が混じる。
「バルシュハイト元帥」
そこに割って入ったのはエリオットだ。恐れ多さからか、遠慮がちにスヴェンに続ける。
「あの、彼女の幼馴染みとして言わせてください。ライラは無鉄砲なところもありますが、いつも人のために一生懸命なんです。至らない点もあるかもしれませんが、どうか」
「わかってる」
エリオットの精一杯のフォローをスヴェンは遮って答えた。差し出がましかったかと、エリオットの体に緊張が走る。
「あいつが……妻が仕事の邪魔をして悪かったな」
「い、いえ」
思わぬ労いにエリオットは虚を衝かれた。
あまり感情が乗せられていない声ではあるが、なんとなくアードラーとしてではなく、発言も相まってプライベートな雰囲気で返され、安心したのも事実だ。
ふたりに改めて敬意を払い、エリオットは仕事を再開させた。




