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02

 商人たちの威勢のいい声が飛び交う中を歩き続け、不意にライラは大通りから一本奥に入った細い道に入っていった。


 急に寂れた雰囲気になり、セシリアはわずかに警戒心を強める。しかしライラは迷いなく前へと進んだ。


「ここです」


 ある店の前でライラは足を止め、セシリアに声をかける。古めかしいレンガ造りの建物だった。くすんだ色の壁の間から雑草類が顔を出していた。


「来たことがあるんですか?」


「はい。孤児院でいた頃、庭で薬草などを育てこちらに売りに来ていたんです」


 ライラは懐かしみながらもドアに一度目を向け、セシリアに視線を戻す。


「店の主人には、城仕えをしていると説明します。どうか私の嘘に付き合ってください」


 セシリアは目で静かに応えた。そしてライラは木製の扉をノックし建物の中に入る。


「こんにちは」


 入口は狭く、中は薄暗い。様々な薬草の香りが鼻を衝いたが、ライラは気にもせず奥へと声をかける。


「お客さんかい?」


 しゃがれた声の腰の曲がった老人がゆっくりとカウンターに姿を現した。右目にモノクルを装着し、ちりちりの白髪頭が目に入る。肌は黒くどちらかといえば細身だ。


「お久しぶりです、ディルク」


 ライラが声をかけると、老人の目がかっと大きく見開く。顔に血の気が通り、急に興奮気味になった。


「ライラ? ライラじゃないか!  久しぶりだね。グナーデンハオスを出て養女になったと聞いたが元気にしていたかい?」


「はい。今は色々あって城仕えをしているんです。彼女は一緒に働いている仲間で……」


「こんにちは」


 ぎこちなく説明すると、セシリアは空気を読んで挨拶をした。ディルクはちらりとセシリアを一瞥したが、すぐにライラに視線を戻す。


「城仕えとはこれまた立派だ。同年代の女性もいるなら安心だな。それで、今日はどうしたんだい?」


「いくつか欲しいものがあるんです」


「わかった。なにをお望みかな?」


 そしてライラは空で薬草の名をいくつか挙げていく。ディルクはカウンターのうしろにある棚の数えきれないほどの小さな引き出しから指示された薬草を確認してはライラに見せた。


 場所も名前もすべて把握済みだ。ディルクの薬草の知識は相当なもので、ライラに薬草の効能や相性、煎じ方などを尋ねられても淀みなくアドバイスしていく。


 話からおすすめの薬草なども挙げていき、ライラに指定されたものと共に前のカウンターに一種類ずつ並べていく。


「このナイーフはグナーデンハオスから買ったんだ。相変わらず上手く育てているよ」


 いくつか選んだあとに取り出したのは、赤くて小さな花を乾燥させたものだった。精神的安定をもたらすとして貴族の間では人気の品だ。


 ライラもよく世話したのを思い出し、自然と笑顔になる。


「それは、よかったです」


 結果的に六種類ほど購入する。金は出かける前にスヴェンに渡されていた。護身用の短剣と共に。


『いいか。使う必要がないのを願うが、どうしても自分の身に危険が迫ったら迷わなくていい。ただし自分を傷つける真似はするなよ』


 意外と重みのあるナイフは利き腕である右腕のワンピースの裾に隠してある。物騒なものと自覚はあるし、ライラ自身も使う状況には巡り合いたくない。


 けれどスヴェンから手渡されたおかげで、お守りのような温かさも感じていた。


「それで城にいい男はいたかい?」


 包んでもらった薬草を受け取ると、ディルクはからかう調子で聞いてきた。


「はい。素敵な男性に出会いましたよ」


 素直なライラの返事が意外だったのか、ディルクは一瞬、意表を突かれた顔になる。そして今にもライラの両肩を掴みそうな勢いで続けた。


「なら、さっさと結婚してもらえ。お前さん、もういい年だろ?」


 切羽詰まった言い方にライラはきょとんとした面持ちになる。ライラとの温度差を感じ、ディルクは乱暴に頭を掻いた。


「ライラの左目は不自由かもしれないが、それを差し引いてもお前さんはいい子だよ。グナーデンハオスが悪いところとは言わないが、今まで苦労してきたのを考えると、やっぱり誰かと結婚して幸せになって欲しいんだ」


 親子よりさらに年は離れているが、ディルクとしてはライラに対して不憫な気持ちもあり、ついお節介をやいてしまう。


 同情されるのは、あまり気持ちのいいものではないが、ストレートなディルクの感情と物言いがライラは嫌いではなかった。


 ライラの左目は今も昔も髪で覆われ、病で不自由になったと通している。嘘をつき通す最悪感もあり、ライラはディルクから視線をはずして小声で返した。


「ありがとう。でも……」


 ライラは言葉を迷う。もちろん今の自分の状況を話すわけにはいかない。とはいえこれ以上、ディルクに偽りを述べるのは嫌だった。


 意を決しライラは顔を上げ、ディルクに笑顔を向ける。


「まだ探しているんです。特別な……私の運命の人を」


 ライラの言い分にディルクは軽くため息をつき、それでも笑ってみせた。


「そうかい。なら早く見つかるのを祈ってるよ。絶対に幸せになりな」


 ライラは目を伏せて応えた。それからディルクはセシリアにライラを頼むとこれまた父親気取りで挨拶し、おまけの薬草も渡してきた。


 店の外に出て、中との明るさの対比にセシリアはわずか目を細める。一歩前へ進むと、ライラが礼を告げてきた。


「付き合ってくださってありがとうございます」


「いい人ですね」


「はい。彼は孤児院の活動に理解があって、昔からよくしてくれていました。外出は好きではなかったんですが、ここで様々な薬草の効能や特徴などの話を聞くのは楽しみで……」


 そこでライラは言葉を切り、空を見上げた。この風景はずっと変わらない。


 狭い路地の建物の合間から覗く色は青というより白に近い。まるで自分が閉じ込められているかのような錯覚に陥る。


 ライラは薬草の入った紙袋を持ち直し、改めてセシリアに向き直った。


「もうひとつ行きたいところがあるんです。お付き合いいただけませんか?」


 セシリアに断るという選択肢はない。時間も十分にあるし、今日はライラの希望を優先させるのが任務だ。けれどそれとは関係なく彼女自身もライラに対し興味が湧いていた。


 中央広場から西の方角へとライラは歩き出し、セシリアが半歩遅れて続く。足を進めていくうちに少しだけ打ち解けたライラとセシリアは雑談に花を咲かせはじめた。


「女性の団員の方は少ないんですね」


「どうしても危険が伴いますし、本人がよくても周りが反対する場合が多いですから」


 それを聞き、ライラはさらにセシリアに尊敬の眼差しを向ける。するとセシリアは気恥ずかしそうに苦笑した。


「実際、女性の方が適する任務もありますからね。私の立場はそういう理由もあるんです」


 現にライラの件に関してもセシリアの存在は大きい。

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