01
小雨などぐずついた天気が続き、久々に秋晴れが王都を包んだ。澄みきった空は雲に邪魔されることなくどこまでも青い。
上空で舞っている鷹がはっきりと見えるほどだ。冷たい空気は冬がまもなく訪れるのを表している。
この日、ライラはルディガーとセシリアに同行し、街へ行く手筈になっていた。
挨拶しようとルディガーの仕事部屋を訪れると、まずは部屋の主そして彼のそばにいたセシリアの格好に目を丸くする。
「やあ、ライラ」
初めてこの部屋を訪ねたときと同じ位置にふたりはいた。けれどルディガーもセシリアも今は団服を身にまとっていない。
ルディガーは白いシャツに草色の襟付きの上着を羽織り、黒のパンツにブーツと庶民と貴族の中間的な服装だ。爽やかで長身な彼によく似合っている。
セシリアは碧色のワンピースを身に纏っており、腰と裾に黒のラインが施されているがそれ以外に目立った飾りはない。
いつもはうしろでまとめあげられている髪も、左耳下でゆるやかに束ねられ、彼女の綺麗な金髪が服の色との対比でより際立っている。
「私服、なんですか?」
まじまじとふたりを見つめながらライラは疑問を口にした。
「そう。今日はセシリアとデートの予定だったんだ」
「そ、それはすみません」
「元帥!」
笑顔のルディガーの対し、ライラは顔面蒼白で謝罪の言葉を発した。そこにセシリアの諌める声が割って入る。
セシリアは軽くため息をついてから、ライラに向き直った。
「違いますよ、気になさらないでくださいね。仕事です。市井での聞き込みをするためにこの格好なんです。団服だとどうしても身構えられて、噂話やなにげない情報などは入手しにくくなりますから」
「そう、なんですか」
ライラはようやく納得する。しかしルディガーは不満げだ。
「そんな全力で否定しなくてもいいだろ」
「冗談は時と相手を選んで言うべきですよ」
「俺はいつでも本気なんだけど」
それだけ言うと、ルディガーもライラの方に顔を向ける。
「とにかく街に溶け込むことが大事だから、はっきりとした目的地もないんだ。だからライラの行きたいところを遠慮なく言えばいい」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
ルディガーは柔らかい笑みをライラに送った。
「こちらこそ。気分転換も必要だろうから、思いっきり楽しむといいよ。スヴェンにも言われているから」
「……はい」
スヴェンの名前が出て、ライラの気持ちがほんのり温かくなる。この場にはいないが、スヴェンの優しさにもライラは感謝した。
ライラの今日の格好はシフォン生地の落ち着いた淡いクリーム色のワンピースだった。髪は左側で編み込み、ゆるく束ねている。
移動するのと、街中であまり目立たないためを考えた結果だ。セシリアとルディガーの服装からしても人目を引いたりはしなさそうだと胸を撫で下ろす。
外に移動するとライラは肌寒さにわずかに身震いした。アルント王国はどうも秋が短い。暑さに眉をひそめていたのがつい最近の出来事のようだ。
なんとか馬に乗れるようになったとはいえ、さすがにライラひとりで馬に乗せるわけにもいかず、ライラはセシリアの馬に相乗りすることになった。
彼女の馬は栗毛色で四肢や顔など所々白色になっている。セシリアは軽い身のこなしで馬に乗り、ライラは彼女のうしろに跨った。
独特の馬のごつごつした感触や温もりを感じ、セシリアの細い腰におずおずと腕を回した。
「遠慮なく掴まってくださいね。少し気性の荒いところのある馬ですが、ゆっくり行きますから」
「すみません、よろしくお願いします」
「さあ行こうか」
ルディガーの合図で馬はおもむろに動き始めた。街へ行くのはいつぶりだろうかとライラは記憶を辿る。
ファーガンの家に行く前、孤児院にいた頃も、ライラはあまり外出を好まなかった。けれど今はお目当てのものがある。だから気持ちは自然と期待に満ちていた。
山を下り夜警団の屯所に馬を預け、三人は徒歩で中心地を目指す。来たる冬の備えようと広場では市が並び賑わっていた。
南部地方から運ばれてきた色とりどりのフルーツは見た目や香りで人々を楽しませ、肉を干したもの、魚の瓶詰めなど保存食も多かった。
王都では雪が降ることは滅多にないが、冬の間食糧不足になるのはどうしたって避けられない。
ここでセシリアとルディガーは二手に別れる。ルディガーは予定通り情報収集を、セシリアはライラに付き添うのが今日はメインだ。
「いいですか? 酒場に入っても、くれぐれも飲み過ぎないでくださいね」
セシリアは硬い口調で上官に釘をさす。おかげでルディガーは眉尻を下げ、困った顔で笑った。
「わかってるさ。シリーこそせっかくなんだからライラと一緒に楽しんでおいで。今日はライラもいるし君は一般人だ。下手な奴についていかないように」
「やめてください、子どもじゃないんですから」
「だから言ってるんだよ」
ルディガーはセシリアの頭になにげなく触れる。呼び方のせいか、やりとりの内容からか、ふたりの纏う雰囲気が上司と部下から急にプライベートに切り替わった気がした。
ルディガーのあまりにも自然な触れ方に、ライラは目を奪われる。しかし当の本人であるセシリアは拒否しないものの渋い表情を崩さない。
対するルディガーの顔にはどこか切なさが混じる。けれどすぐにいつもの柔らかい表情に戻った。
「では、夕暮れ時にまたこの広場で」
セシリアはため息をついて上官を見送ると、ライラと共に歩き出した。
「どちらに行かれますか?」
「まずは薬種店に行きたいんです。欲しいものがあって……」
「いいですよ、お付き合いします」
自分よりもやや背の低いライラを建物側にしてセシリアは横に並ぶ。背筋がぴんっと伸びて姿勢よく、凛とした横顔。
柔らかい金色の髪は自分にはないもので、ライラはつい目線を送ってしまう。
「セシリアさんは……その、エルンスト元帥の副官をされて長いんですか?」
ふと口を衝いて出た質問に、相手は律儀に考える素振りを見せ、回答してきた。
「そう、ですね。彼がアードラーになる前からですから、副官としてはかれこれ六年でしょうか」
ライラにとって六年はかなり長い年月だ。六年前の自分を思い浮かべるが、まるで子どもだった。
今、目の前にいる女性も十分に若い気がするものの年齢を尋ねるのはどうも憚れる。それを悟ったセシリアが自分から話しはじめた。
「私は二十二になるので、十六の頃からですね」
「十六歳ですか!」
思わず漏れた声は思ったよりも大きく、ライラは急いで口をつぐむ。今の自分よりも幼い頃からとは驚きが隠せない。
ライラは興奮してセシリアに話しかけた。
「すごいですね。セシリアさんの実力あってこそといいますか。大抜擢ですね」
「いえ。私が自ら志願したんです。あの人のためになら、すべてを捧げてもいいと思ったので」
さらりと続けられた言葉を額面通り受け取っていいものか悩む。なかなか大胆な発言にライラはつい動揺した。
そこでセシリアはなにかに気づいた面持ちになり、慌ててライラの方に顔を向ける。
「今の話、エルンスト元帥にはしないでくださいね。調子に乗りますから」
冷静沈着だった彼女の感情が揺れ動く。ライラは目を瞬かせながらも素直に頷いた。そして一瞬の沈黙がふたりを包み、どちらともなく噴き出して表情を緩めた。




