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04

 数日後、訓練場での剣の稽古を終えたスヴェンとルディガーは城内に戻ろうとしていた。


「冬が本格的に訪れる前に、今年も一度迎冬会(げいとうかい)を開催するらしい」


「そうか」


 迎冬会は本格的な冬の訪れの前に城で開催される舞踏会だ。上流階級の貴族たちはもちろん、王家に関係する者など多くの者が参加する。


 冬の間はどうしても皆、外に足を運ぶのに二の足を踏みがちだ。なのでこの機会に情報交換や近況報告などを兼ね、それぞれの野心を達成する場にもなっている。


 もちろん純粋に出会いを期待する者たちも少なくはない。


 軽く返したスヴェンにルディガーはさらに補足する。


「それに合わせて大広間の改装をするそうだ」


「業者の…城への外部者の出入りもそれなりにあるわけか」


 当日の警護はいざしれず、準備段階から気を抜けそうにない。城へ入場する際に全員の身分を確かめた上での作業となるが、どこまで信頼できるかは謎だ。


「とくに今は彼女がいるだろう」


 ルディガーが遠慮がちに話題を振る。“彼女”というのはもちろんライラのことだ。先日のこともあり、スヴェンの反応を窺っているところでうしろの方から声がかかる。


「スヴェン!」


 ルディガーも名前を呼ばれた本人も素直に振り返る。装飾が控えめなワインレッドのワンピースを身に纏ったライラが笑顔でこちらに駆け寄ってきた。


 裾が広がりを見せ、彼女が足を動かすたびにゆるやかに揺れる。長い栗色の髪はひとまとめにされ、左目は髪で隠されているがすっきりとした印象だ。


「やあ、ライラ。君も外にいたのかい?」


「はい。こんにちは、エルンスト元帥」


 ライラはわずかに膝を折り、ルディガーに挨拶をした。しかし、その視線の先はすぐにスヴェンに向けられる。


「スヴェン。忙しいとは思うんだけれど、今日どこかで少しだけあなたの時間をもらえないかしら?」


「時期が来たのか?」


「うん。お待たせしました」


 息を弾ませて笑顔のライラに対しスヴェンはいつも通りだ。ふたりの温度差をそばで感じ、ルディガーはなにも言わずに成り行きを見守る。


 そこに肩で息をしながらライラを追いかけてきたマーシャが現れた。


「ラ、ライラさま、先にひとりで行かれないでください。老体に鞭を打ちましたよ」


「ご、ごめんなさい。スヴェンたちを見かけて、つい……」


 走り出してしまったことを顔面蒼白で詫びながら、ライラはマーシャの体を心配する。なにやら場が騒々しくなってきた。


「少し落ち着け」


 呆れた面持ちでスヴェンがライラの頭に手を置き、続けてルディガーに向き直った。


「ルディガー。悪いが少し席をはずす。先に行っておいてくれ」


「あ、ああ」


 まさかの展開にルディガーは呆気にとられながらも生返事をした。驚いたのはライラも同じだったらしい。


「今いいの? 急がせるつもりは……」


「かまわない。ほら、どこに行けばいいんだ?」


 目をぱちくりとさせるライラをスヴェンは面相くさそうに促す。けれどライラはすぐににこやかな笑顔に戻り、先を歩き出した。


 彼らの背中を見つめながらルディガーは呆然としたままだった。ややあって込み上げてくるのはなんともいえないおかしさだった。


 珍しい光景に遭遇したものだ。得したような、信じられないような。


 こちらの思っている以上に上手くやっているのかもしれないな。


 心の中でひとり納得し、ルディガーは先にセシリアの待つ仕事部屋へと足を進めた。


 夏に比べると同じ時間帯でも太陽の位置が低くなり、照らす力も少し弱くなった。秋の訪れは、ちょうどいい気候と共にときに肌寒さももたらす。


 植物も徐々に色づきはじめ、湿っぽい草花の匂いが鼻を掠めた。アルント王国は夏から冬への移り変わりはあっという間で、秋を感じる時間は貴重だった。


 ライラがスヴェンを連れてやって来たのは、予想通り厩舎だった。しかし中に入ることはなく入口で待つよう指示され、スヴェンはおとなしく従う。


 同じように待機するマーシャと並び、スヴェンは前を向いたまま彼女に話しかけた。


「連日、ここに通い詰めていたのか」


「ええ。怪我をされないかと、いつも肝を冷やしておりました」


 マーシャの反応で、スヴェンは自分の考えが当たっていたと確信する。ライラがここでなにをしていたのかはおおよそ予想がついていた。


「付き合わせて悪かったな」


 抑揚のない言い方だったが、スヴェンの発言にマーシャは大きく目を見開いた。なにも返せずにいること数秒間。微妙な間合いを不審に思ったスヴェンが眉を寄せ、顔を横に向けた。


「なんだ?」


「いえ、なんでもありませんよ」


 マーシャの顔はいつも通り涼しいものになる。けれど、どこか嬉しそうにしているのが伝わってきた。そしてマーシャの眼球がわずかに動く。


「スヴェン!」


 その視線の先を追ったのと、名前を呼ばれたのはほぼ同時だった。視界に声の主を捉える。


 馬に跨ったライラがゆっくりとこちらに近づいてきていた。そばにはエリオットが付き添っている。


「見て見て、スヴェン! どう?」


 格好を差し引いても、手綱を取り背筋をまっすぐ伸ばしたライラの姿は意外と堂々たるもので、高い位置から微笑みながら、得意げな表情を見せてくる。


 しかし、スヴェンは違うことに注意がいった。ライラの乗っている馬に対してだ。


「その馬」


 鹿毛の馬には見覚えがある。たしかライラと一緒にここを訪れたとき、使い物にならないとエリオットから報告を受けた馬だった。


 スヴェンも見たが、どうも人間を受け入れることをせず、下手をすれば暴走しそうな勢いだった。ところが、今はその片鱗をまったく見せることなく従順にライラを乗せている。


「どう? 立派でしょ?」


「乗馬の練習をするなら、もっと適した馬がいただろ」


 つい棘を含んだ言い方になる。ここでライラが乗馬の練習をしているとは思っていたが、なにも初心者向けとは思えない気難しい馬を相手にする必要はないだろう。


 ここでマーシャの言い分が、腑に落ちる。これは見ている方も気が気ではなかったに違いない。どうしてよりによってその馬を選んだのか。


 まだなにか言おうとしたスヴェンにライラから意外な言葉が投げかけられる。


「この子、これでアルノー夜警団の馬として使ってもらえる?」


 声に出す直前で言葉が思わず引っ込む。ライラを見れば窺うような、まるで子どもが親になにかをお願いするような表情だった。


「きっと人間に怖い思いをさせられたんだと思う。最初は鞍や鐙とか馬具をつけるのも大変で……。でも大丈夫だってわかったら順応になって、頭も良くて動きも機敏だし、いい子なの。ちゃんと訓練したら、もっと色々なことができて役に立つと思う。だから……」


 たどたどしく説明してくるライラにスヴェンは自身の言葉を思い出す。


『どんなに素質があっても人さえ乗せられないなら、ここでは役立たずだ』


 どうやらライラが本当にしたかったのは、自分が馬に乗れるようになることではなかったらしい。


 気づけば馬のそばにいるエリオットも隣にいるマーシャもスヴェンの返答を緊張した雰囲気で待っているのが伝わって来る。スヴェンはおもむろに息を吐いた。


「わかった、使おう」


 瞬時にライラは花が咲いたように顔を綻ばせる。


「ありがとう!」


 エリオットと目を合わせ、彼の補助を受けて、ライラは慎重に馬から降りた。


「よかったな、ライラ」


 安堵した表情のエリオットにライラは嬉しさのあまり思わず抱きついた。彼の首に細い腕が回される。


「ありがとう、エリオット! あなたのおかげよ。本当にありがとう」


「ラ、ライラ」


 感情を爆発させ、今にも飛び跳ねそうな勢いのライラにエリオットは困惑する。


 幼馴染みの抱擁を今は年齢的にも立場的には素直に受け入れることはできない。慌ててライラを自分から引き離す。


「ライラ、お互いにもう大人なんだから。昔みたいに簡単に抱きしめたりキスするのはなしだよ」


「ご、ごめんなさい」


 冷静に指摘され、ライラは顔を赤らめながらエリオットから距離を取る。


「とりあえず、その馬を戻してこい」


 スヴェンの言葉を受け、エリオットが馬を馬房につれていく。その後姿を見送り、ライラはスヴェンに向き直った。


「スヴェン、ありがとう。あの子をよろしくお願いします。私を乗せられるくらいだもの。きっと慣れている人が乗ればもっと」


「お前は、あの馬のためにここで時間を割いていたのか?」


 話を遮って投げかけられた問いかけにライラは虚を衝かれた顔をする。そしてしばらく目を泳がせてからぎこちなく答えた。


「そんな立派なものじゃないよ。時間を持て余していたし、私も馬に乗る練習をしたかったから……それだけ」


 風が吹いて、木々を鳴らす。遠くでなにかが転がる音がした。ライラの髪もわずかに揺れ、前髪の合間から金の瞳がちらりと覗く。


 ライラは顔の向きを変え、マーシャにも声をかけた。


「マーシャもありがとう。ずっと付き合わせてしまってごめんなさい」


「かまいませんよ。それにその言葉はすでに旦那様から頂きましたから」


「え?」


 急いでスヴェンの方に首を動かすと、ライラを避けるかのようにスヴェンはふいっと目を逸らした。


「俺は仕事に戻る。今日はいつもより遅くはならないと思うが、疲れているなら先に休んでろ」


 言い捨ててさっさとライラとマーシャに背を向ける。その背中にライラが呼びかけた。


「スヴェン」


 振り向きはしない。けれどライラは一方的に彼の背中に続けた。


「今日は寝ないで待ってるから。時間を作ってくれてありがとう。いってらっしゃい」


 スヴェンが足を止め、わずかにライラの方に顔を向けたので、一瞬だけふたりの視線が交わる。


 スヴェンからなにも言葉は返ってこなかったが、かすかに口角が上げられている表情に、ライラも自然と笑顔になって返した。

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