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01

 アルント王国の歴史はエアトタイル大陸の出現と共に語り継がれる。


 今では領土を四方に広げ大陸すべてを統治する勢いだが、伝説によると最初は国と呼べるほど大きなものではなかったらしい。


 まだアルント王国と名乗る以前にこの土地を統治していた存在から褒美として領土を与えられた一貴族が初代王となり、国は始まったとされている。


 その血を継ぐ者が歴代の王となり、王政は揺るぎなく続いていた。不思議なことに治世が危ぶまれることがあっても、何世代かにひとりは王として生まれるべく資質を兼ね備えた者が現れるのだ。


 まさに今の国王もそうだった。現国王クラウス・エーデル・ゲオルク・アルントは齢二十六にして聡明さと人々を魅了する美貌を併せ持ち、いかんなく手堅い政治手腕を発揮している。


 そして国王直属の管轄にある『アルノー夜警団』は王や城はもちろん王都アルノーの警護も承り、人々の安穏な暮らしを維持するため官憲組織の役割も担う。


 市民からの訴えを受け、国王からの命で時には騎士団として近隣諸国へ赴くこともある。その際に彼らが共通して掲げる基本理念は『必要最低限の介入を』ということだ。


 不必要に権力や武力を誇示することはしない。だから団員に対し尊敬の目を向ける者もいれば、国王のお飾りだと揶揄し蔑む者もいる。


 実際、彼らの活躍はほとんど表に出ることはない。なぜなら極力、秘密裏に問題を片付けることが多いからだ。


 まさに今もそうだった。


 夜の世界に覆われた王都は暗闇が支配しつつあった。日中、あんなに暑かったのが嘘のように今は冷涼な空気に覆われ、夏が終わり秋が近づいて来ていることを物語っている。


 街に人の気配がまったくないわけではない。各々の愛馬に跨った三人は大通りを避け、月明かりを頼りに静かに都のはずれにある大きな館を目指す。


 蹄鉄の音が小気味よく響き、スヴェンは目的地を目指す間も胸中で自問自答を繰り返していた。


『ある男の館にひとりの女性が捕らわれているという話だ。彼女を表沙汰にすることなく救出し、ここへ連れて来てほしい』


 アルノー夜警団のトップであるアードラーのスヴェンとルディガーがわざわざ二人揃って呼び出され、国王陛下から直接下された任務内容にスヴェンは正直、拍子抜けした。


 騎士団として派遣されるのか、戦の気配があるのかと思えばなんてことない。


 誘拐事件なら、自分たちの部下でも十分に片付く案件だ。ましてや対峙する相手は軍人でも武人でもない、ただの貴族の男だという。


 捕らわれているのが王家に関係する人間なのか……それならもっと大事になっているはずだ。


 そもそも、いくら金があるとはいえ貴族の人間が王家の人間を誘拐するなどあるだろうか。そんな危険を冒すメリットが見えない。


 考えを巡らせていると、気づけば目的の館近くに来ていた。馬を留め、歩みを進める。


 木材と石造りでできた大きな屋敷は、持ち主の富の豊かさを表していた。


 互いに目配せし、ここは人相のいいルディガーがドアを叩く。出てきたのは使用人であろう初老の女性だった。


  目つきが悪いのは元々か、老眼だからか。白髪交じりの髪をまとめ上げ、年季が入ったメイド服を着ている。

 

「こんばんは。夜分に申し訳ないが、メーヴェルクライス卿はご在宅かな?」


「アルノー夜警団っ」


 笑顔のルディガーに対し、女性は小さく悲鳴にも似た叫び声をあげた。服装で客人の正体はすぐに理解できたようだ。


 さらにその反応から彼らが主人を訪れた理由も大方予想がついているらしい。


 女性は慌ててドアを閉め、屋敷の中で『旦那さまー』と主人を大声で呼んでいる。ルディガーの指示で念のためセシリアは裏口へ回ることになった。


 一歩引いたところでスヴェンがなにげなく視線を上へ向ける。今宵はやけに月が大きく、煌々と闇に溶けるものを暴くように明るい。忍ぶには向かない満月だ。


 そのとき彼の視界に人物の輪郭が映る。屋敷の二階部分にある小さな出窓で影が動いた気がした。


 女?


 ほんの一瞬、次に目を凝らしたときには窓には誰の姿もない。夢か、幻か。


 そこで音を立てていなかったドアが重々しく開いたので、スヴェンの意識はそちらに移った。中から顔を出したのはこの館の主メーヴェルクライス卿ファーガン。


 四十代と聞いてはいたが、そうは見えないほど彼は老け込んでいた。薄いというよりも抜け落ちているような印象を与える頭頂部。頬は痩せて血色も悪く、眼窩は大きく窪んでいる。


「これは、これは。アルノー夜警団の方が何用でしょうか?」


 しゃがれた声でファーガンは答える。顔には笑みを浮かべているが、薄っぺらく貼りつけたようなものだった。


「あなたではなく、あなたの客人に用があるんです」


「はて、なんのことでしょう?」


「心当たりはあるはずだ。それとも客人という呼び方が正確ではないかな?」


 穏やかに、けれど徐々に声を低くしながらルディガーは相手を追及していく。


「できれば事を荒立てたくはない。家の中を見せてくれないか?」


「それは出来ませぬ。私はなにも悪いことはしていない。どうかお引き取りを……」


 そのときドアを閉めようとするファーガンの体が突然よろめく。スヴェンが強い力でドアを引いて強引に開け、なにも言わず中に足を進めた。


「待て、誰の許可を得て」


 制するファーガンをスヴェンは一瞥する。


「お前は金に困っている相手にいいようにつけ入り、とんでもない額の利子をつけて私財を肥やしていたらしいな。数件訴えが出ている。その件について連行してもかまわないんだ」


 言い捨てて迷うことなく階段を上っていくスヴェンに、懇願するような悲痛な叫び声が館に響いた。


「やめろ、上には行くな。そこには、私の……」


「セシリア!」


 ルディガーが副官の名を呼び、戻って来たセシリアは状況をすぐに察した。ファーガンを取り押さえる形で足止めし、ルディガーは足早にスヴェンの後を追う。


 勢いよく階段を駆け上がり二階へ向かうと、奥にある部屋の前では先ほど対応した使用人の女性がドアを守るように立ちふさがっていた。


「どうか、どうかお許しください。旦那さまの希望を奪わないでください」


 ガタガタと体も声も震わせ、祈るように身を縮める彼女をスヴェンは顔色ひとつ変えず見下ろす。そして彼女の肩に手をかけ軽く横へ押しのけると、女性はあっさりとドアの前を空けた。


「スヴェン、あまり手荒な真似は……」


 ルディガーの小言を聞き流し、木製の豪華なドアを開ければ中には小さな蝋燭の明かりがひとつ。先ほどスヴェンが見遣った窓からは眩い月の光が差し込んでいる。


 窓際にはひとりの女が立っていて外を眺めていた。年は十七、八ほど。まっすぐな栗色の髪は背中まで伸び、肌の露出を極力抑えた土埃色の控えめなドレス姿はまるで修道女だ。


 長い髪が顔の半分を覆うように隠し、だからこそ合間から覗く肌の白さが際立つ。


 そして彼女の視線がゆっくりとスヴェンに向けられた。驚きで目を見開き、首を傾げた女の顔にかかっていた髪が滑る。奥にあった瞳が姿を現し、それを見てスヴェンは息を呑んだ。


「なんということだ、だから陛下は我々を……」


 後から部屋に入ってきたルディガーが先に口を開き嘆声を漏らす。


 片眼異色。彼女の瞳の色は左右で異なっていた。それだけならたいした問題ではない。肝心なのはその色だ。


 右目はわりと一般的なダークグリーンなのに対し、左目は空に浮かぶ月を映したかのようなくっきりとした金眼だった。まるで――。

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