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03

「月の明るい……満月の夜だった。逃げ惑う村人の中で、親とはぐれて泣いている子どもをかばってセドリックは死んだ。どんなに剣の腕を磨いても人間なんて呆気ない。本当に一瞬の出来事だった」


 スヴェンの声からも口調からも悲痛さはうかがえない。けれど機械的に冷然とした様子が却ってライラの胸を締めつける。


 一拍間を空けてから、ゆるやかにスヴェンは顔を上げた。


「前国王を責めているわけでも、恨んでいるわけでもない。俺たちの覚悟が足りなかった。セドリックが死んだのもあいつが馬鹿で優しすぎた、それだけだ」


 子どもを助けたにも関わらず、戦いが終わって村人から向けられるのは憎悪の眼差しだけだった。彼の死を悼む者なんていない。


 きっとこんなことはよくある。そう言い聞かせてきた。いちいち感傷に浸っていたら、夜警団としてやっていけない。上は目指せない。


 それでも、ずっと引っかかっている。


 剣を取るのはなにかを守るためだ。それが国なのか、王のためか、家族のためなのか。自分の信念でもプライドでも、なんでもいい、相手も同じだ。譲れないものがあって、そのために命を懸ける。


 けれど、あの戦争でたくさんの者を傷つけ、自分たちも傷つき、そこまでしてなにを守ったのか。


 誰のために戦った? 本当に国のためだったのか。わからない。幼馴染みの死はなんだった?


 国王の、上に立つ人間の一言で多くの人間が動き、命が消える。ひとくくりにされる死者の数。でもその一人ひとりに人生があり、大切なものがあった。


『俺たちは物なんかじゃない!』


 あのとき、誰に対してぶつけることもできなかった感情が今でも心の奥底でずっと燻っている。


「……どうして今、私に話してくれたの?」


「さぁ、なんでだろうな」


 ライラの静かな問いかけにスヴェンは適当に答えた。スヴェン自身も明確な理由などわからない。


 ライラに対し、彼女を物のように扱ったことで、蓋をしていた感情が自戒のように痛みだしたからか。それとも――。


 しばらく視線を落としたままでいると、正面に気配を感じスヴェンは顔を上げようとした。しかし、それは予想外の行動で阻まれる。


 いつの間にかベッドから下りたライラがスヴェンの前に立ち、彼の頭を包み込むようにして抱きしめてきた。


「ごめん、ね。なんて言っていいのかわからない。でもスヴェンが泣きそうだから」


 ライラの声は震えていたが、回された腕は力強く温かかった。スヴェンは抵抗することなくため息混じりに呟いた。


「泣くわけないだろ。感傷に浸ってもなにも変わらない。いいことも悪いことも全部背負って前に進んでいくしかないんだ」


「うん。でも人間弱くなるときもあるだろうし、それに泣くって涙を流すことだけじゃないでしょ?」


 ライラはぎこちなくスヴェンの頭を撫でながら語りだした。


「私、ね。こんな目だから泣いたらいつも以上に珍しがられたり、からかわれたりしたの。瞳と同じように涙の色も左右で違うんじゃないかって。だから泣くのが怖かった。我慢してた」


 悲しいときやつらいことがあっても、泣きたい気持ちを必死で堪えて自分の中で感情が収まるのを必死に待った。いつのまにかそれが癖になり、ライラは泣くという行為自体ができなくなっていた。


「そんなとき、伯母さんがこうして抱きしめてしてくれてね。私に言うの『こうしたら誰にも見られない』って」


 実際に涙を流すかどうかは別として、そうされるとライラの張りつめた気持ちはわずかに緩み、安心できた。泣けない自分を、泣くことを許された気がした。


 ライラは込み上げてくるものを飲み込むように、唾液を嚥下する。そして無理やり笑ってスヴェンに言い聞かせるように続けた。


「だから私が隠してあげる。大丈夫、こうしていたら誰からも……私からも見えないよ」


 スヴェンは瞳を閉じてそのままの体勢でライラの言葉を受け入れた。もちろん泣く気も気配もない。自分はそこまで単純でもなければ感情的でもない。


 けれど、こんなことは無意味だと切り捨てる真似もしなかった。


 ライラの温もりを感じながら、第三者たちにかけられた言葉を思い出す。


『彼女自身、自分の運命に翻弄されている身だ』


『ライラさまは一生懸命で優しい方です』


 まるでわかっていないという言い草。そんなことはない。自分はとっくに……


「知ってる」


 言われなくても、口にしないだけでちゃんとわかっている。憐れんでやればいいのかと皮肉で返してみたが、その必要がないのも。


 彼女自身が自分を可哀相だとは思っていない。散々嫌な思いもしてきただろうが、ライラの口から出るのは、恨み言ではなく感謝の言葉ばかりだ。


 それはスヴェンに対しても同じだった。突き放しても、冷たくしても、ライラは笑顔を向けてくる。寄り添おうとしてくる。


 だからスヴェンとしては戸惑うしかない。嫌っているわけでもない。ただ受け入れるのが面倒なだけだ。


 なにもかも切り捨てて割り切ってきた自分にとって、今更誰かと歩み寄るのは億劫でしかない。もうあんな思いをするのは御免だ。それなのに――。


 スヴェンの発言を受け、ライラはわけがわからないままに回していた腕をほどいた。顔を上げたスヴェンと目が合う。


 部屋が暗くても、お互いの表情はしっかりと認識できるほどに近い。先に唇を動かしたのはスヴェンの方だった。


「気が向いたんだ」


「え?」


「お前に自分のことを話した理由。不満か?」


 固まっていたライラは、泣きだしそうな表情で微笑み、静かにかぶりを振った。


「ううん。……ありがとう、って言ってもいいのかな?」


「好きにしろ」


 ぶっきらぼうに答えて、スヴェンは離れたライラを手繰り寄せるように、今度は自分から彼女に腰に腕を回す。


 どうしてか与えられる温もりが消えたことがものすごく名残惜しく思えた。


 ライラはスヴェンの行動に驚きはしたが、なにも言わない。頭の中では今までのスヴェンの言葉や態度を思い出していた。


『俺にとって満月は忌むべき存在だ。好きじゃない』


『いらないんだよ、俺には。そういう大事にしないとならないものとか、大切な存在は。足枷になるだけだ』


 そうやってスヴェンが自らひとりを選んで進んできたのだと思うとライラの胸は軋んだ。副官をつけない理由も、あまり眠れない原因もすべては今の話に基づくのだと腑に落ちる。


 自分には想像しても足りないほどの修羅場をスヴェンは幾度となく経験してきたのだ。


 この胸の中を渦巻く感情の名前をライラは知らなかった。同情でも共感でもない。水の中にいるわけでもないのに息が苦しくて溺れてしまいそうだ。


 先ほどとは逆で、今はスヴェンからライラに触れている。応えるようにライラはそっとスヴェンの頭に手を伸ばした。


 おもむろに撫でると彼の黒髪が滑り、体温が伝わってくる。その手が振り払われることはなかった。

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