04
「……私、作れるかな?」
「さあな」
スヴェンの返事は素っ気ない。けれどライラの顔には自然と笑みが零れそうになる。温かいものがじんわりと湧き出て胸の奥が熱くなった。
そして急に真剣みを帯びた表情でライラは『スヴェン』と軽く呼びかける。
「眠れないなら子守歌でも歌おうか? これでも私、孤児院で寝かしつけは一番上手かったから」
冗談かと思えば、ライラの顔は意外にも大真面目でスヴェンは虚を衝かれる。一瞬返す言葉に迷い、すぐに自分自身に驚いた。今までなら反射的に冷たく切り捨てるだけだったのに。
「遠慮しておく」
スヴェンの迷いなど微塵も伝わってはおらず、ライラは純粋に残念がる。けれどすぐにその色を顔から消した。
「もし、なにか私にできることはあったら言ってね。聞いて欲しい愚痴とかあればいつもで聞くから。私はこの城の人間ではないし、ゆくゆくはいなくなる存在で……」
だから気兼ねなく、と続けようとしてライラは言葉を止めた。事実を告げただけなのに、なぜだか針でちくりと刺されたような痛みを覚える。
「気遣いはいらないって言っただろ。それに自分の話をするのは好きじゃない」
さらに追い打ちをかけてスヴェンは答えた。ライラは一度唾液を嚥下し、もっと素直な部分をさらけ出してみる。
「気遣いというか……そう長くない関係とはいえ、こうして結婚したわけだし。私、あなたのことを少しでもいいから知りたいの」
調子に乗りすぎた、と声にしてからすぐに後悔する。きっとまた鬱陶しそうな表情と言葉を返されるだけだ。その証拠に、相手が大きく息を吐いたのが伝わってきた。
視線をおもむろに下げて、スヴェンからの返事を受け止める覚悟をしていると、前触れもなくライラの頭に大きな手の感触があった。
「気が向いたら、話してやる」
妻に、というより子どもをあやすためのような触れ方だった。触れられたことに、返された台詞に、ライラは心臓を鷲掴みされる。音を立てて加速する鼓動が煩い。
「……うん、待ってる。スヴェンの気が向くの。でも極力早くしてね。聞かないまま結婚生活が終わっちゃうかもしれないから」
最後は早口に明るく言ってみる。半分本気、半分冗談だった。ああは言ったが、スヴェンがどこまで本気なのかわからない。
すると上手くあしらわれただけなのかもしれない。不確かな約束。それでもライラはひとつ楽しみが出来たみたいで嬉しかった。
スヴェンの手が離れ、ライラはそっと目線を上げる。スヴェンの顔は、いつも通り無愛想で表情は読めない。けれど、今までとは違う気持ちで相手を見つめた。
流れるような黒髪と同じ瞳の色を持つ彼は、鷲というより鴉だ。鋭い目つきは冷厳さを伴っていて、委縮するしかなかった。顔立ちが整っている分、気迫も余計に増す。
けれどスヴェンの態度や雰囲気は、今まで彼が歩んできた人生を物語っているのかもしれない。だから、こんなにも彼の言葉がしっかりと届き、心に沁みる。
よく見れば手にも、団服から覗く肌にも古い傷跡があり、今まで気づきもしなかった。ライラとはまったく経験してきたものが違う。
分かり合うのなんて無理だ。でも歩み寄ることはできるかもしれない。それがわずかなものだとしても。
ベッドに行くよう促され、ライラはソファから立ち上がりベッドに移動する。腰を落とし、ローブに手をかけたところで自分を見張るようにそばに立つスヴェンに声をかけた。
「スヴェンは眠れる? 子守歌は、本当にいいの?」
「しつこいぞ。俺のことはいいからさっさと寝ろ」
「じゃぁ、寝るから今度、町へ行きたい」
「その交換条件は成立しない」
「条件じゃなくて純粋にお願いします」
間髪を入れないやりとりに一瞬だけ、沈黙が挟まれる。
「簡単には許可できない案件だ。そもそもお前は馬に一人で乗れないだろ」
スヴェンの指摘にライラは言葉に詰まった。
アルント城から街へ行くためには山を下らなくてはならない。敵襲に備え、生い茂った森に囲まれた城は高い壁を持つ。
城門を抜け、正規ルートとして整備されている道がひとつあるが、徒歩ではどう考えても厳しい。街に入れば馬も必須というわけではないので、ふもとには馬を留めておく中継地がわざわざ設備されている。
ライラは馬に乗る技術どころか、乗った経験もなかった。それこそファーガンの家から城へ連れて来られる際、スヴェンと同乗したのが初めてだったりする。
貴族など身分の高い者は、たしなみとして乗馬を心得ている者も多いが、一般庶民は乗れないのが当たり前だ。
「……乗馬の練習しようか?」
「必要ない。どっちみちひとりじゃ行かせられない」
そこから、ライラは城の持つ厩舎を見に行きたいと話を振った。スヴェンは面倒くさそうにしながらも、ちょうど用事があるらしく渋々と承諾する。
「連れて行って欲しかったら、早く横になれ」
「はーい」
途端に機嫌をよくしたライラは素直にベッドに身を沈める。ちらりとスヴェンに目を向けるたが、暗がりだからか、はっきりとした表情は掴めない。
なのに、呆れつつもどこか穏やかな顔をしているようにライラは感じ取れた。
勝手に照れてしまい、ライラはふいっと背を向ける形で寝返りを打つ。目を閉じたものの子どもみたいに気持ちが逸り、まだ眠れそうにもない。
こんなにも、明日を楽しみにできるのはいつぶりなのか。くすぐったくなる気持ちでいると部屋の明かりが一段と落とされた。




