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03

 太陽が沈んだ後、昨日と同じように寝支度を整えてからローブを羽織り、ライラはスヴェンの部屋を訪れていた。部屋まではマーシャが付き添うが、そこからはふたりきりだ。


 なにもないとはいえ夜に異性の部屋で一対一というのはどうも緊張してしまう。


 だからかライラは部屋に入ると素直にベッドに行かず、ソファに腰掛けて自分の動揺を誤魔化すように呟いた。


「お茶に関してはスヴェンの反応が正解だったかも」


「だから言っただろ」


 返事など期待していなかったから逆に驚く。スヴェンは明かりを近くで受けるため、部屋の洋燈近くの壁に背を預けなにかの書物に目を通していた。


 視線が交わったりはしない。けれどライラは会話が続いたのをいいことにさらに話しかける。行儀が悪いのも承知でソファの背もたれから身を乗り出しスヴェンの方に体を向けた。


「でも効果は抜群だったよ。飲んだ後で眠たくなって少し寝てしまったくらい」


「それでそんなに元気なのか」


 呆れたように返され、ライラは言葉に詰まる。するとスヴェンは読んでいた本を閉じてライラに顔を向けた。


「マーシャに聞いたのか?」


「え?」


「俺のこと。だからシュラーフをわざわざ?」


 眉間に皺を寄せながら尋ねられた言葉は、色々と省略された言い方だった。けれどライラはスヴェンの言い旨を悟る。


 目を閉じて小さくかぶりを振った。


「ううん。シュラーフは薬草園に行くついでに偶然、教えてもらったの。スヴェンがあまり眠れないって話だけをちらっと聞いたよ。でも詳しい事情は聞いていないから。心配しなくても聞くつもりもない」


 あまりにもきっぱりと言い放ったからか。信用できない、というよりも理解不能という表情をスヴェンは浮かべている。


 ライラは彼に対し、困惑気味に微笑んだ。


「だって聞かれたくないことってみんな色々あるでしょ?」


 それはライラ自身にも言える話だった。幼い頃から左右異なる色の瞳について散々聞かれてきた。


 どうしてそんな目になったのか、なにかの病気なのか、見え方はどうなのか。


 無邪気な質問は時に刃のように鋭く刺さる。とはいえ傷ついた顔を見せるわけにもいかない。だから結果的に隠すという選択肢をとった。


「簡単に触れたりしてはいけない誰かの中に踏み込むのって、すごく覚悟がいると思うの。そうしないと分かり合うこともできないって理解もしている。でも、聞いて傷つけるのは嫌だから私は聞かない。……それに私たち、本物の夫婦でもないし」


 最後はわざとらしくおどけて言ってみせた。


 するとスヴェンは壁から背を離し、ゆっくりとライラの元まで歩み寄って来た。怒っているような、不機嫌なような。彼の表情から感情を読み解くのは、ライラには相変わらずできない。


 ソファの背もたれ越しにふたりの距離は縮まった。


「なんだそれ。形式だけとはいえ、書類は受理されて俺たちは結婚しているんだ。本物も偽物もないだろ。気になるなら聞けばいい。答えるかどうかは俺が決める」


 目を見張ったままライラは体勢を変えることもなくスヴェンを見つめる。スヴェンも見下ろしながらライラから目を逸らしはしなかった。


 ライラは心の中で問いかける。自分はどうしたいのか。夫婦といっても形だけでなにもかも割り切った結婚生活、それに期間も限られている。


 冷静に現状を分析しながら、一方で自然と溢れ出る気持ちもあった。


 本当は少しでもいいから知りたい。命令で仕方なくとはいえ自分と結婚した彼のことを。


「……どうしてスヴェンはあまり眠れないの?体質?……それもともなにかあったの?」


 おそるおそる尋ねてみる。スヴェンは軽く瞳を閉じ、唇を動かした。


「答えたくない」


 ライラは一瞬、自分の耳を疑う。改めて脳で伝えられた言葉を処理し、つい声をあげた。


「え、ちょっと待って。聞けばいいって言っておいて、その回答はひどくない?」


「なぜ? 答えるかどうかは俺が決めると言ったはずだ」


「そうだけど……」


 勢いを失ったライラはソファの背もたれに手をかけたまま項垂れる。まったく、なんなのか。緊張感を持って聞いた分、脱力感も大きい。


「わかっただろ、俺は自分の意思ははっきりと口にする。だから、あれこれ考えて気を回すのは無駄骨だ。結婚したんだからそれくらいはわかっておけ」


 降ってきた言葉はいつもの彼らしく淡々としている。けれどそこにスヴェンの優しさが見えた気がして、ライラは苦しげに顔を歪めた。


「ごめん、なさい。フューリエンなんて言われながら、私には特別な力も、周りが思うような大きな価値があるわけでもない。私自身にはなにもないのに、アードラーであるスヴェンには結婚という形で迷惑をかけて……」


 国王陛下の命令という形で、彼は自分が思う以上にわりきって受け入れているのかもしれない。だからといって、なにも後ろめたさを感ないほどライラは図太くもなかった。


 気遣われた分、余計に申し訳ない気持ちが増幅する。


「価値がないって誰が決めた?」


「え?」


 唐突なスヴェンの問いかけにライラは目を丸くさせる。


「ないなら作ればいいだろ。フューリエンにしたってアードラーにしたって、他人から与えられる肩書きや評価なんて所詮は一過性で表面上のものだ。絶対じゃない。そんなものに振り回されなくていい」


 部屋は夜の暗さが多くの物の輪郭を歪める。しかしライラはスヴェンの顔も、表情も、瞳の色さえはっきりと見えた。


「他人に揺るがすことはできない確固たるものは、自分で得るしかないんだ。自分で培ったものは誰にも奪われない。少なくとも、俺はそう考えてここまで進んできた」


 ライラはこれでもかというくらい目を見開き、瞬きをすることもなくスヴェンを見つめる。彼の言葉が音としてだけではなく、なにか強い力をもってずっしりと心に響いた。

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