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02

「ユルゲン」


 そのとき聞き覚えのある声が耳に届く。見れば、スヴェンが険しい顔で従兄の名を呼び、大股で部屋の中に入ってきた。


「やぁ、スヴェン、久しぶり! 元気だったかい? 相変わらずアードラーとして忙しいのかな?」


「どういうつもりだ?」


 ふたりの声のトーンは真逆だった。楽しそうなユルゲンに対し、スヴェンは苛立ちを隠せないでいる。


「そんな怖い顔をしないでくれよ。君も水くさいな。結婚したなら教えてくれればいいものを。なに、従兄として君の奥さんに挨拶しようと思ってね」


「俺に断りもなく、勝手にこいつに近づくな」


「わー、すごい独占欲だね。意外だ。ベタ惚れなんだ」


 茶化して告げるにユルゲン、スヴェンはなにも言わず鋭い眼差しを向ける。ライラは成り行きを見守るしかできない。


 スヴェンの視線を受け、ユルゲンは降参を示すかのごとく両手を軽く上げる。


「悪かった、今日はこれで失礼するよ。また改めてお祝いさせてくれ。ライラさんも突然、驚かせてしまったね」


「いえ……」


 突然話を振られ、ライラは短く否定するのが精いっぱいだった。ユルゲンが部屋を去った後は、まるで嵐が通り過ぎたかのような徒労感と静けさをもたらす。


「すみません、スヴェンさま」


 口火を切ったのは今まで黙っていたマーシャだった。どうして彼女が謝るのか理解できないライラに、マーシャ小さな声で説明した。


「スヴェンさまの許可がない者は、基本的にライラさまにお通ししないようにと仰せつかっていたので」


「そうなの?」


 ライラが尋ねたのはマーシャではなくスヴェンにだった。スヴェンは呆れた顔でライラに返す。


「お前、自分の立場をわかってるのか?」


「でも、彼はスヴェンの従兄なんでしょ?」


 とても従兄に対する態度とは思えなかったが。マーシャが無下にはできないのも無理はない。そもそも結婚すれば声をかけてくる者もいるはずだと言ったのはスヴェンの方だ。


 なにか思うところがあるのか、スヴェンは苦虫を噛み潰したような顔になった。


「とにかく、不必要に外部の者と接触するな」


 言い捨て、さっさと部屋を出て行こうとするスヴェンにライラが思い切って声をかける。


「スヴェン」


 名前を呼べば、スヴェンが一度ライラの方に振り向いた。漆黒の瞳に見つめられ、ライラは勢いにのって提案してみる。


「あの、お茶が入るんだけど、時間があるなら一緒に飲まない?」


 スヴェンの顔が訝し気なものになった。そこで怯むライラでも、もうない。


「シュラーフっていう薬草で、マーシャに教えてもらったの」


 ウキウキと嬉しそうなライラに、スヴェンは嘲笑を向けた。


「あんな不味いもの、好き好んで飲もうとは思わない」


 あっさりと一蹴され、スヴェンは今度こそ部屋を出ていってしまった。あまりにもはっきりとした拒絶にライラはしょぼんと肩を落とす。そんなライラにマーシャが近づいた。


「お気を落とさないでくださいね、ライラさま。スヴェンさまにも以前、シュラーフを勧めたことがあるのですが、どうもお嫌いみたいで。本当はあの方こそ、飲むべきなのですが……」


「スヴェンが?」


 確かめるように尋ねると、マーシャは頷いてから頬に手を添え、ため息混じりに語りだした。


「ええ。かなり前から、あまり眠れないようでして。アードラーの任に就かれているのもあり、多少はしょうがないのかもしれませんが、それにしてもひどいようです。心配されたルディガーさまから相談をお受けしたのですが……。今のままではどうしたってお体に障ります」


「眠れないって……」


 なにげなく問いかけたライラにマーシャの顔がわずかに陰った。


「私からはなんとも。勝手なことは申し上げられませんが」


 どうも歯切れが悪いマーシャに、ライラはそれ以上聞いてはいけないのだと悟る。話題をシュラーフに戻せば、中断されていたお茶を淹れる流れになった。


「では、よくご覧になってくださいね」


 透明のポットにシュラーフの丸い花を五つほど入れる。そこにゆっくりとお湯が注がれた。


「わあ!」


 ポットの中を覗き込む、思わずライラは感嘆の声をあげた。熱湯の中に浸かるシュラーフの花は白から鮮やかな黄色に変わる。


まるで魔法だ。それと同時に、お湯も淡い黄色に色づいていく。ふわふわとポットの中で泳ぐシュラーフがなんとも可愛らしい。


「面白いでしょ? シュラーフは別名『月変花』とも言うんですよ」


 月に変わる花。詩的な呼び名と、月という言葉にライラはますますシュラーフに親近感を湧かせた。


 ライラの反応に満足したようにマーシャは微笑み、ポットの蓋をする。二、三分蒸らせばシュラーフのハーブティーの完成だ。


 銀で縁取られた白いカップにできたてのハーブティーが注がれる。花の色よりも幾分かくすんではいるが、色も香りもしっかりと出ている。


 ライラは緊張しながらカップを持ち上げて口元に運んだ。鼻を掠める香りは、どこか薬っぽさが拭えず、これだけで味もなんとなく想像ができる。


 一瞬、躊躇ったもののライラは口内に液体を含んだ。案の定、素直に嚥下できそうもない苦味とえぐみが広がり、顔を歪める。


 しばらくして、ごくんと喉を鳴らしハーブティーを胃に送り込んだ。次に大きく息を吐く。


「……これは、お世辞にも美味しいって言えないかも」


 正直な感想を漏らすライラにマーシャはおかしそうに笑った。


「でしょう。良薬口に苦しとは言いますが、なかなか厳しいですね。でもよく効きますよ。単に眠くなるだけではなく、短時間で深い眠りにつき、質のいい睡眠をもたらすんです」


 その言葉に、ライラはカップの水面にかすかに映る自分をじっと見つめて、ぎこちなくももう一口、飲んでみた。けれど、どうしての飲みづらさは拭えなかった。

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