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ファミリア〜見習い魔女と黒猫使い魔の書庫探検記〜

作者: 山田えみる


 「この本、タイトルが書かれていない」


 『ファミリア〜見習い魔女と黒猫使い魔の書庫探検記〜』


 森の薬草屋『クァンタム』の夜は早い。

 お客さんが一段落したら、気分で店を閉めて、晩ごはんの準備に取り掛かる。今晩もマナの作る美味しいシチューの香りが漂ってきた。ボクは鼻をひくひくさせて、えっちらおっちらお皿を運ぶ。

 はじめましての人ははじめまして。そうでない人はほんとに久しぶり。ボクの名前はクロ。こことは違う世界の黒猫をベースに、『次元の魔女』によって精製された使いファミリアだ。見習い魔女であるマナと一緒に、この森の薬草屋で一緒に暮らしている。以後、お見知り置きを。


 「クロー、胡椒ってどこやったっけー」

 「右の上の棚でしょ、マナがしまったんじゃん」

 「そうだったそうだった」


 ナイフやフォークを運ぶ。


 「師匠はいつ帰ってくるのかなー」


 次元の魔女はいま、ある依頼を受けて、別の多世界宇宙エヴェレットに出張している。なんでも地下遺跡を発掘していたら、巨大な古代兵器が暴走して街が大変なのだと。


 『私だって暇じゃないんだよ。紅茶を飲んだり、珈琲を飲んだり、ハーブティを飲んだり、ほんとうに忙しいんだ』


 なんて言っていた魔女だけど、断りづらい相手だったのか渋々その依頼を受けることになった。

 だから、いまはマナとお留守番だ。少しだけ心細くはあるけれど、マナと二人きりの生活は嫌いじゃない。……たいてい、なんらかのトラブルが起こるのだけど。


 ※


 「ごちそうさまでした」

 「おそまつさまでした。ハーブティ入れるから待っててね」

 「ありがと。今日はどういうブレンド?」


 よくぞ聞いてくれました!とばかりにマナはドヤ顔で薬草の入った瓶をだんだんだんと机の上に並べ始めた。そのいずれも森の薬草屋で扱っている魔法に関する効能を持つものだ。


 「今回はスモーキーアールグレイをベースに、レプトン草とクォーク草の比率を上げて、フォノン族の薬草を少なめに調合してみたの。苦味もちょうどよく出て、魔力調和作用も得られるでしょ。ほんとうはグラヴィトン族も混ぜるといい感じなんだけど、この次元だとなかなか採れないから割愛」


 魔法の才能はからっきしのマナだったが、その努力は人一倍だ。ずっと隣にいたこのボクが保証する。次元の魔女が与えた魔導書も読破済み。この薬草屋で扱っている商品もそのほぼすべてをマナは暗記しており、それらを組み合わせた応用まで考えられるほどになっていた。まぁ、机上の空論という言葉もあるし、失敗することも多いのだけど。そういう意味では人体実験的な意味合いもあるのかもしれない。


 少なくともこの『クァンタム』を任せられるほどマナは魔女として成長しているのだ。魔法の才能はからっきしだけど。


 「それでね、それでね――」

 「あ、ちょっと待って。次元の魔女から連絡だよ」


 ボクは毛を逆立たせてそれを感じ取る。尻尾をぐるりと動かして、円環のかたちを描く。するとそこに橙がかった黄緑色の輝きが灯り、この周辺の『法則』が支配下に置かれたことを感じ取る。


 次元の魔女との交信に用いるのは『絡み合う双子座のマナ』。これは事前にペアリングしたふたつの光子は、どれだけ空間を離れてもその状態が同期されるという性質を利用して、発動する魔法の一種だ。


 食卓の上に現れた円環に、魔女の姿が映る。

 「お元気そうでなによりです、師匠」

 マナが身を乗り出して話しかける。


 黒い外套に、黒い三角帽子。次元の魔女の紋章が描かれた古い杖。別の多世界宇宙にいる。たしか次元の名は『アンティキティラ』。聞き慣れない名前だ。


 「元気にやっているかい、マナ」

 「はい! 今日は三人のお客さんが来てですね。クトゥルンさんもみえました。次に来た客は『のじゃのじゃ』うるさいかみさまだったのですが……」


 マナがつらつらと今日の報告をして、魔女は必要に応じてうんうんと頷く。そうしているあいだにも向こうで巨大機械が暴れているのだけど、いいのだろうか。


 「師匠はどうですか」

 「ここはどうやら魔法という概念が消え去りつつ在る世界のようだ。物理法則を書き換えようではなく、すでにあるものに賢く従おうという考え方だね。創造力が足りないよ」


 『アンティキティラ』。魔女が出ていくときに多少は説明を受けたけど、たしか蒸気と歯車の世界だったか。マナはこの森の薬草屋から出たことがないから、なにかの機会に旅行に行くのもいいかもしれない。あ、狼っぽい人が吹き飛ばされてる。


 「まぁ、こっちの話はいいや。別の物語さ。そろそろマナのハーブティが恋しくなってきたから、ちゃっちゃと片付けて帰るとするよ」

 「はい! とっておきを用意しておきますね」

 きらきらとマナの眼が輝いた。


 「ところでマナ、魔法の修行はどうだい」

 「はい……、しっかりやっています……」

 どよーんとマナの眼が曇った。超わかりやすい。


 「見せてみなさい」

 「はい」


 マナはカウンターに立て掛けてあった魔女の杖を手に取り、精神を集中する。マナの意識の支配下に置かれた光子がぽわぽわと輝いていく。


 この次元並行世界エヴェレットにおける『法則改変』は、光子を媒介とし、強い意志を持って『法則』という存在に語りかけることによって説き伏せることによって発動する。『あー、ごめんごめん。俺が間違ってたわ。君の言うとおり。すぐ直すね』といった感じで『法則』が折れてくれれば、そこに火を起こしたり、竜を召喚したり、さっきみたいに『絡み合う双子座のマナ』を起動して遠距離次元通信を行うことだってできる。


 「行きます……」


 マナの緊張がこちらにも伝わってくる。ぎゅっと杖を握り、鋭い目つきで目の前の空間を見据え、円環を描く。光子が赤橙色に灯り、マナの意志が『法則』に接続される。


 「来なさい、幼焰竜!」


 ぽんっという音がして、その円環は煙のように消えてしまった。幼焰竜、いわゆる焰のへっぽこドラゴンの召喚は、マナにとって得意中の得意な魔法だったのに(それ以外がほとんどできない)。


 『ふむ』

 「あの……、師匠……」

 申し訳なさそうに、マナはつばの広い魔女帽子を目深に被る。最近はずっとこうだった。いくら魔法の才能がからっきしだからといっても、得意の魔法すら意志を通せなくなっているのは異常なことだ。


 おそらくこれの原因は――。

 「トマのことかい?」

 頷くマナ。


 話は半年前に遡る。魔女が征竜討伐のために留守にしていたあいだ、ここに弟子入りを申し出てきた少年がいた。トマス=ディデュモイ=ラティナリオ。トマは科学を信奉する城塞都市『アイザック』の出身でありながら魔法の才能に長けており、あっというまに魔法のコツを掴んでいった。やがて彼は次元の魔女の禁書を盗み出して、帝龍召喚に成功してしまう。すべては謀殺された母が生きている、どこかの世界にたどり着くために。


 『お前を使い魔とする。次元を渡り、母様が生きている多世界宇宙エヴェレットへ連れて行け。その代償として、お前が望むものはすべて捧げよう!』


 マナの活躍で帝龍を撃退(?)し、結果、トマは元の城塞都市へ戻ることになった。今度は現実に逃げ出すことなく、母を謀殺されることになった組織を一から立て直すために。


 マナは、いまでもトマと定期的に手紙のやり取りをしているようだった。森のなかで拾われて、森のなかで育ったマナだから、トマの姿は新鮮に映ったのかもしれない。まぁ、マナの幼い恋心は置いておいて、この見習い魔女が躓いているのはここであるのだ。


 「トマはもっと頑張っているのに……。わたしはいつまでたってもへっぽこで。しかもいままで出来ていることもできなくなって……」

 というわけだ。


 もともとの要領の良し悪しというのもあるのかもしれないが、トマのような同年代の比較対象が出来たのがいけなかったとボクは思う。いままで次元の魔女という桁違いの存在と、使い魔のボク、そしてエヴェレットから訪れる異形の者たちとしか触れ合ってこなかったから、自分の才能の乏しさを自覚するタイミングがなかったのかもしれない。


 でもそれは逆に、マナのしている努力がどれほど他の人に真似出来ないことか自覚するタイミングでもあるのだけど、なかなか、ね。


 「魔法とは、『法則』を説き伏せることだ。まだ起こっていない結果を、誰よりも自分自身がしっかりとイメージできていないといけない。それが起こると信じていないといけない」

 それは耳にタコができるほど昔から言われ続けてきたことだった。


 次元の魔女の向こう側では、巨大な兵器が煉瓦造りの家を次々となぎ倒しているのだけど、魔女は振り向くことすらしない。興味がないのか、あるいは、それよりもこっちのほうが大切なのか。


 「お前はね、信じられていないんだ。『魔法が苦手な可哀想な魔女見習い』というキャラクターを受け入れてしまっている。そんなんじゃ、『法則』は従えられない」

 次元の魔女は鋭い目つきでマナを見つめている。


 「いや、あるいは従えられているのかもしれないね、『魔法が苦手な可哀想な魔女見習い』というキャラクターの実現というかたちでね。お前が望むお前のかたちを『法則』は叶える」

 「でも……」

 「でもじゃない。そもそもトマと比べる時点で間違っているのさ」

 マナは唇を強く噛んで、感情が溢れ出すのをこらえていた。


 ※


 「マナ、ふて寝しちゃったよ。結局、ハーブティ飲めなかったじゃないか」

 「ふん。これくらい言わないとあの子はわからないよ」

 「まったく。素直じゃないんだから。心配なんだろ?」

 「思春期ってのはこういうものだろ」


 ※


 マナは森のなかで捨てられていた。

 次元の魔女の言葉を信じるのならば、マナの本名は、マナリア=ディデュモイ=ラティナリオ。科学で彩られた城塞都市『アイザック』の支配者の血族であり、トマの双子の妹だ。


 『なーんて、恋愛小説じゃないんだから』


 なんて魔女は誤魔化していたけど、どこまでがほんとうかはわからない。だけど、まちがいなく言えるのは、あの多世界宇宙に名を轟かせる次元の魔女が、何の気まぐれか、赤ん坊をすくい上げて、ひとりで育て上げたということだ。ボクが使いファミリアの契約をしたのは、マナがもうある程度見習い魔女らしくなってきたころだから、もっとも手がかかるときに次元の魔女はひとりで赤ん坊を育てていたということになる。


 実際、あとで調べてわかったことだけど、マナを拾った歳から十年ほどのあいだ、崩壊する次元世界の数が激減していたのだ。いや、逆にいつも魔女はなにしでかしているんだという話だけれども。


 『母星喰らい(テラバイト)』という異名すら持つ次元の魔女は、どんな顔をして、赤ん坊のマナに向き合っていたのだろう。打算も何もなく、世界の命運とも関係なく、ただひとりの母親の顔をしていたのだろうか。


 ――ちょっと想像できないけどさ。

 部屋の大時計が午前二時を告げる。さて、そろそろ様子を見に行ってみよう。


 ※


 いつもは『ぐぴー!』とか『すやすやー!』とか寝言のうるさいマナだけれども、今晩はいやに静かだった。おまんじゅうのように頭まで毛布を被って、じっとしている。


 このようすはさすがにちょっと心配だけれど、まぁ、朝になればケロッとしているでしょ。こんな感じに次元の魔女とケンカになるのは、これが初めてのことではないし。


 「おやすみ、マナ」

 と、身体を丸めて眠りにつこうとしたそのとき、ガバッと毛布が跳ね除けられた。びっくりして起き上がると、こんな夜更けにマナはパジャマを脱ごうとしているではないか。


 「な、なに!? おねしょ!?」

 「ちがう!」

 すぽぽーんとパジャマを脱ぎ捨てて、いつもの黒い外套を身にまとう。立て掛けてあった自慢の杖を手にとって、不敵な笑みで帽子を被る。月明かりに照らされたマナの姿を見てボクは――、


 「行くよ、クロ」

 ボクはとても嫌な予感がしたのだった。

 「こんな夜中にどこに行こうというのさ」

 「魔女の書庫に忍び込むわ!」

 「訊くんじゃなかった……」


 禁書を読んで帝龍を召喚したトマがどんな目にあったか忘れたわけじゃないだろうに。いろいろな奇跡が重なったからみんな無事だっただけで、下手をすれば三人とも殺されていたかもしれない。


 「断固反対!」

 「じゃあ、クロはここに居ればいいわ。わたしがどんな目にあっても関係ないものね」


 ぐぬぬ……。

 ボクが次元の魔女と交わした使いファミリアの契約を逆手に取るなんてずるい。こんなふうに育てた憶えはないのだけど……。


 どうにか返す言葉を考えていると、マナは部屋から出ていこうとしていた。黒い外套がボクの鼻先をかすめる。

 「ちょっと、マナ――」

 「めちゃくちゃなことを言ってるのはわかってる。でも、魔女がくれた魔導書は全部暗記するまで読み込んだわ。これ以上の魔導書に触れれば、それだけで自信もつくと思う。わたしに足りないこともわかると思う。ねえ、クロ、付き合って」

 そんな眼で言うなんて、ずるい。断れないじゃないか。


 ※


 「ここが、書庫……」

 ボクもここに入るのは久しぶりだった。魔女が留守ということで魔法的な鍵がかかっていたはずだったのだけど、マナが触れると何故か解錠された。神話レジェンダリ級の紫外円環まで自在に操る次元の魔女にしては、セキュリティが甘い。


 魔女の書庫。

 ここにはあらゆる多世界宇宙エヴェレットから集められた本が並んでいる。壁面にはぎっしりと本の背表紙が並び、見覚えのない文字がたくさん踊っている。


 「トマはここから魔導書を持ち出したはずだけど……」


 指先に小さな円環を灯して、灯りとする。本棚が並ぶこの部屋の奥の方は暗くて見えない。明らかに薬草屋に収まっていない奥行きを感じるあたり、空間歪曲がされているのだろう。


 ためしに一冊取ってみるが、とんでもない内容だった。というか、マナよりは魔法に詳しいはずのボクですら、ほとんど理解できない内容だった。ときおり入っている奇妙な植物のような挿絵も何を意味しているのかわからない。次元の魔女はこれを薬草屋の経営に役立てたりしたんだろうか。『宇宙際タイヒミュラー理論』みたいな本もあったけど、そもそも何のジャンルの本なのかすらわからなかった。


 それを本棚に返して、隣の本を手に取った。開いて、安心。これならボクでも理解ができるぞ。詠唱は必要なくて、時間さえかければ誰でもそれなりの成果が得られる魔法か。マナにぴったりじゃないか。どれどれ。魔法の触媒として、にんじんたまねぎを煮込んでスパイスを入れて――、って、カレーやないかい!


 「ちょっとクロ、ひとりでぶつぶつうるさいよ?」

 「……いや、本棚の整理の仕方に大いに疑問があるんだ」


 マナはきょろきょろと本棚を見て回る。


 「うっわー、難しそうな本がたくさんあるね」

 「なにせあの次元の魔女だからね」


 あらゆる多世界宇宙エヴェレットで恐れられている次元の魔女。次元等曲率漏斗(ディメンション・シンクラスティック・インファンディブラム)に触れ、神にも等しいちからを得た唯一の魔女。普段から接しているからその恐ろしさは慣れてしまっているが、とんでもない存在とボクたちは一緒に暮らしている。


 「マナ、目的のものは見つかりそうかな」


 トマが持ち出した禁書。あるいはそれに準ずるような魔導書。少なくともマナのこのスランプ状態を脱せられるような、なにか。こんなドロボウのようなことボクだってしたくないのだけど、こんな状態のマナを見続けているよりマシだ。マナのためにできることがあるのなら、どんなことでも協力してあげたかった。


 「マナ?」


 さっきから動いている気配がなかったから、振り返ってみると、本棚の隅で座り込んでいた。顔も赤い。もしかして、読むだけで発動する呪いか何かでも受けたのだろうかと思って駆け寄ってみると。


 「……うぅうう、すごい」

 「マナー、それウス異本いほんだから! まだ早いから! マナー!」


 ※


 「この棚全部こんな感じだけど」

 「なんでこんなにウス異本が……」

 「ちょっとくらい読ませてくれたっていいじゃん、ケチんぼ」

 「目的が変わっているよ、マナ……」


 ※


 「あ、」

 とマナが声をあげたのは、それから三十分ほどしてからのことだった。ボクは読んでいたウス異本もとい示唆に富む魔導書から顔を上げて、マナの方へと向かった。


 「この本、タイトルが書かれていない」


 マナが手をかけていたのは、一冊の白い本だった。背表紙だけでなく、表紙も裏表紙も白い。ふたりで覗き込んでぱらぱらとめくると、見覚えのある筆跡が目に入った。


 ※


 それから一時間後、丑三つ時。

 『こんな時間に、そっちから呼び出すなんて、なにかあったのかい?』

 「いいから。見ていて」


 ボクは次元の魔女とつながっている円環の位置を調整する。中庭。蒼い月光に照らされて、ひとり杖を構えている見習い魔女が見えるように。


 ぽわ。ぽわ。と光子が浮かんでは消えて、彼女の回りに集まっていく。『法則』がマナにひれ伏しつつあるのがわかる。杖をふるって見せると、橙色の円環が開かれる。


 「来なさい! 幼焰竜!」


 マナが高らかにそう宣言すると、ここ数ヶ月はお目にかかれなかった焰のへっぽこドラゴンが召喚された。『がおー!』と、ガス袋と火打ち石代わりの犬歯を使って焰を吐いている。


 「よしっ!」

 ボクは思わず声を出した。


 すると、ひときわ森がざわめていて、一陣の風が起こるのを感じた。ぽわぽわ、とさらに多くの光子が、マナにちからを貸すかのように集まってくる。円環は橙から、黄緑色に変わろうとしていた。


 「あの色は――」

 魔法円環は青色に近づくほど、光子のエネルギーの質が高いことを意味する。いま、マナの意志は、信じる心は、より強く『法則』に語りかけていることだろう。


 「いっぱい来なさい! 幼焰竜!」


 眠りについた森を起こすかのようなマナの声に反応して、ふたつみっつよっつと円環が開いて、幼焰竜が次々と現れた。へっぽこドラゴンであることには変わりはないが、こんな並列発動は見たことがなかった。

 複数の次元をまたに駆ける次元の魔女の弟子らしいといえば、弟子らしい。


 『ほう』

 当の師匠もこれには息を飲んでいた。

 『クロ、お前、何をしたんだい?』

 「いいや、ボクは何も」


 マナの円環がひとつずつ閉じられ、『法則改変』の嵐にはためていていた外套がゆっくりと重力に従う。マナが杖を下ろし、魔女の帽子を目深に被って、こちらに振り返る。


 「師匠!」

 月の灯りよりも明るい笑顔がそこにはあった。


 「わたしはまだ自分がトマのように頑張れるかはわかりません。でも、わたしが信じている人がわたしを信じてくれているので、きっと頑張れると思うんです!」


 キョトンとする次元の魔女に、ボクは思わず吹き出してしまった。残念だけど、次元の魔女にこのからくりを教えるわけにはいかない。

 だって、あのとき書庫でボクらが見つけたものは。


 ※


 「これは……」

 「日記……?」


 紛れもない、次元の魔女の筆跡だった。


 『今日ははじめてわたしのことをママと呼んでくれた。うれしい!』

 『シチューをよく食べてくれる。大きく育って欲しい』

 『はじめての魔法! 才能のかたまり! きっとこの子はわたしを超える大魔導師になるぞ!』

 『たくさんたくさん愛してあげよう。この子を愛せなかった、この子の両親の分まで』

 『そして、あの子を愛すことができなかった、せめてもの償いとして』


 ※


 そんなこんなで、ボクたちの慌ただしい一夜は終わりを告げた。マナはいまのでかなり自信がついたのか、満足げな表情で佇んでいる。次元の魔女の仕事が終わるまでにどれだけかかるかはわからないけど、帰ってきたら、たくさん話すことがあるだろう。


 「じゃあ、クロ、寝ようか。ふぁ〜あ」

 「待て待て。この幼焰竜ぜんぶ還してからだよ!」

 「えー、ねむーい」


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