一話 「天の火」
ちょっとだけ残酷な描写があります!
見渡す限りの不毛の大地。崩れかけた建造物が無ければかつてここに文明があり、人々が生きていたなど誰が気づくのだろうか。歩けど歩けど続く何もない大地は彼の人生そのものだった。
--いつか消える命なら今を精一杯生きてやる!
点と線で出来上がったヒーローは土にまみれながらこう言っている。それが彼にはひどく滑稽に思えるのだ。彼は土にまみれた本を地面に投げ捨て再び歩き出す、彼はなぜ自分がわざわざあんなものを拾い上げてしまったのか今一つ分からない。ただ何となく『拾わなければならない』という衝動に駆られたのだ。
--いつか消える命ね……そいつは羨ましいかぎりだ。
彼は本を拾ったことをひどく後悔した。
人は自らの手に負えない『モノ』を作り出すべきでは無かったと誰かが言う。人はいつだって効率化が大好きだ、物を作るのも、運ぶのも、勉強も、仕事も、人を……殺すのも。
今時、いちいち誰かを殺すのにナイフだなんだを使うのはナンセンスだ。じゃあ拳銃か? それも無駄が多い。考えて考えて『効率よく人を殺すのに有効な手段』を『ヒト』が考え導き出された答えはたったいま青い空を駆け抜けていった。
『天の火』。たった一発で何千、何万と命を消し飛ばす天の火を人は創り出してしまったのだ。天の火、神の豪槌、裁きの光……etc.呼び名は数多くあれど本質は変わらない、効率化を推し進めた結果……人は人で無くなり心を失くしたのかもしれない。
火は大国同士の抑止力の為に途方もない量が造られた。だがあくまでそれだけの物のはずだったが、神のいたずらか悪魔のささやきか、はたまた人間の好奇心がそうさせたのか。それは今となっては誰も分からない。
ただ一つ言えるのは、どこからともなく青い空を煙を吐き出しながら何かが横切って行き、その夜にはこの星の人口が国一つ分くらい減ってしまったという事だけだ。
そこからはあっという間だ。次から次へとあっちこっちで爆発……爆発……爆発。もう誰も止められない、神様も大忙しだろう。
だけどこれだけは勘違いしないで欲しい。人は滅んではいない。しっかり生き残っている、国のトップが跡形も無く消し飛んで誰も引き金を引かなくても火は撃ち出され続ける。効率化を図って自動で火を作り自動で撃ち出す。効率化様様だ。
昼夜関係なく撃ち出される火を人々は最初は恐れ、怯えた。しかしある時誰かが言った。
--なんか……慣れちゃったな。
そう人々は慣れたのだ。大地を人を山を水を、あらゆるものを焼く火に。一度燃え出せば百年に渡ってその土地を燃やし続ける火に……人は慣れてしまった。今では火が発射されたところで誰も怯えない、震えない、逃げない。そこにはいつもどおりの時間が流れて行くだけだった。
「お、また飛んでる」
彼は空を見上げながらため息を吐く、飽き飽きしていた。毎日毎日あても無く壊れた体で歩き続ける事が、
--いっそのこと真上に落ちてきてくれねえかな……ま、どーせ無駄だろうけどな。
彼はそうこうしてるうちに小さな集落にたどり着いた。火に焼かれ焼け野原になった場所でも人が集まれば集落ができる、ここもその一つで大きさはあれどここ以外にもたくさんの集落がある。
「よお、兄ちゃん。見ねえ顔だな?」
「ああ、ついさっきここに来たばかりなんだ」
彼に野菜を売っている屋台の主人が声をかけてきた、顔は土で少しばかり薄汚れているが活気に満ち溢れた顔をしているのが特徴的だ。
「そりゃあ、あんた運がいいぜ。たった今畑で取れたばっかのもんだ。新鮮だろ?」
「確かに……けど遠慮させてもらうわ」
「ありゃ? 兄ちゃんもしかして『藁』か?」
「ちげーよ。大体そんな奴中々いないだろ」
「がははは! まあなぁ……いたらそいつは気の毒だな」
店主の豪快な笑い声が辺りに響く、『藁』とは火の『残り火』に耐性の無い人間の事を指している。天の火は落ちた場所に『残り火』を残す、これは土を焼き作物を焦がす。焦げた作物を人が摂取し続ければやがて衰弱死してしまうのだ。藁とはその耐性がない人間を指す一種の侮辱を込めた言葉だ。
人間はすごいもので、今や九割の人間が『残り火』に対して体制があると言われている。これも一種の慣れだ。ちなみに藁は希少価値の高い珍品という事で人身売買の際にはかなりの高値が付くという。
「だがよ、ここだけの話なんだがな……」
店主は声を潜め、土の付いた顔を彼に近づける。
「今、ちょうど集落のはずれに泊まってる人売りキャラバンに『藁』がいるらしいんだ」
「へぇ……」
「一目見てきたらどうだ? 見せてはくれると思うぜ。絶対に買える値段じゃねえと思うがな」
それを聞いて、彼は教えてもらった宿に歩き出す。なぜかは分からない、ただの好奇心かもしれない。長い長い退屈な時間を少しでも潰せるかもしれない。
だが長年の経験で分かる、かなりの確率で面倒な事になるのが。それでも彼は自らの好奇心には勝てない。
彼はつくづく自分が嫌になってきた。