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自転車

作者:

金色の鈴が付いた小さな鍵が俺の大切な宝物。

これがあればまた君に会いに行ってもいい、そんな権利を得たような気がするから。

約束をした。

貸しを作った。

――ただただ何か君との繋がりが欲しかった。



「俺さ、中学卒業したらまた引っ越すことになったんだ。

今度は県外」


あと数日したら卒業、そんな日の帰り道、俺は隣を歩く七瀬にそう告げた。

まるで他人事のように淡々とした声が出たことが自分でも意外だった。

普段通りにを心掛けて、さっきまでしていた学校であった笑い話の延長戦の様に

何気なく言おうと思っていたのに。

いつの間にか距離は空いていて数歩先を行く俺から七瀬の表情は見えない。

俺が押す自転車のタイヤが石を巻き込んで、からりからりと鳴る音が嫌に耳に残った。

なくさないように、と落としても気づくようにと

七瀬を見習って鍵に付けている銀色の鈴がちりんと鳴る。

返事を待ってみたが何も返ってこず、それに耐えられなくなった俺は

わざとらしいほど明るい声を出してみる。

楽しくもなにもないのに。


「あーあ、せっかくここにも慣れてきたのになぁ。

友達もできたし自然も多いし」


――君を好きになった。


「ここはたんに田舎なだけだよ。

畑ばっかりだし、道はあんまりきれいに舗装されてないし。

交通手段はほとんど自転車。

でも、この前佐野が壊すし」

「……すまん、あれはぶつけた俺が悪かった」


神妙に謝罪をした後、七瀬にばれないよう苦笑して小さく息を吐く。

返事が返ってきたことに安堵しながら、俺の引っ越しについては

何にもなしかよ、と少し僻みが混じった。

俺がここに引っ越してきたのは中学二年の終わりで。

それからほぼ一年経った、ここから離れた場所にある中学校まで行く同学年は俺と七瀬しかいなくて

ほとんど毎日一緒に通った。

――なぁ、俺は結構君と仲良くなれていたと思っていたんだけど。

それは俺だけ?

だんだんと日が落ちてきて、俺と自転車、少し後ろに彼女の影を作る。

長く伸びた影がゆらりゆらりと歩く調子に合わせて揺れて。


「高校生になっても自転車必要なんだよ?

すごく困る」

「じゃあ」


酷く口の中が乾く。

思いついたのは今で、あとで家族にも少し何か言われるかも、とか、一瞬、思考が揺れる。

けれど。

携帯を持っていない七瀬とはここで繋がりが消えるような気がした。

……構うものか、いいから――言え。


「俺の自転車、七瀬に貸してやる」


俺の言葉に七瀬の影が止まった。

俺もその場で立ち止まる。

ゆっくりと七瀬の方に振り返るが、七瀬は下を向いていてその表情は見えない。

でもどこか酷く頼りなげで今にも泣きそうに見えるのは俺の願望か。

空が赤く染まって、七瀬の影が伸び俺を飲み込むようなそんな感覚に陥る。


「佐野の?」

「そうだよ。

こっち来てから買ったからまだ綺麗だし。

……もちろん無理ならいいけど」


声が掠れる。


「私が自転車借りたら佐野、返してもらいに来ないといけないね?」

「だな」

「……じゃあ、借りてあげる」

「上から目線だな、おい」


半眼の俺にへらっと笑い近づいてきた七瀬が「疲れた、乗せて」と自転車の荷台をぺしぺしと叩く。


「家まであとちょっとじゃん」

「歩きって大変ー」

「はいはい、分かったって」


ではどうぞ?と巫山戯て畏まって言ってみる。

七瀬の手が触れたところから体温がじわりと移って、心臓がどきりと早鐘のように打ち、たいして

深い意味もないだろう七瀬の言葉が思考を塗りつぶして消えてくれない。

じゃあって何。

まるで。

俺が取りに来るから借りる、とでもいうような。

七瀬ぇ、なぁ、引っ越す俺は。

君から離れる俺はそれすらも尋ねる資格があるのかが分からないんだ。

好きだ、と伝えることも。


「卒業式までは自転車、貸さなくていいよ。

佐野」


そうすれば君と話せる時間が増えるから。

小さく呟かれた言葉は掻き消えて俺の耳には届かない。



卒業式の日、俺は自転車を七瀬に貸した。

言い訳のようにもう一度唱える、七瀬の自転車を壊してしまったから貸すだけ。

七瀬に銀色の鈴がついた鍵を渡す。


「佐野、手、出して」


言われるがまま差し出した手の中で、りんと俺の鈴とは少しだけ違う音が鳴り

いつも聴いていたはずのそれに懐かしさを覚える。


「なくさないように、ね?」

「そっちも予備ないんだからなくすなよ?」


七瀬の金色の鈴、受け取ったそれを俺は自分の予備の鍵に付けた。



りんと鳴る鈴の音を聞くとあの頃のことを思い出す。

目まぐるしく月日は流れて俺は大学生になった。

自転車を君に会いに行く言い訳にした。

そんな妙にくすぐったい思い出を鈴とともに引きずって、心の底では

正直会いに行ってもいいのかと悩んで……。

取りに来た、と言った俺に「待ってた」とへらっと七瀬が昔と変わらない笑みを見せた。

話したい事は多くあって躊躇っていたのが馬鹿みたいで。

けらけらとあの頃の様に笑う。

――なぁ、七瀬。

約束が消えた今、俺はあの時言えなかった言葉でまた君との繋がりが欲しいと願う。


からりとタイヤの鳴る自転車から二つの鈴の音が響いた。

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