だいすき、と言える君
初めて僕が高遠さんとゆっくり話したあの日、二葉はどうしても必要な用事が長引いた、と言い訳をした。
でも、あの日から毎日、勉強開始時間に遅刻するようになる。帰って来る時間はマチマチで、長い時には2時間程帰って来ない時もあるから困ったものだ。
実際に困ったのは、当本人ではなく待たされる高遠さんと申し訳ない気持ちでいっぱいの僕なのだけれど。迷惑にも程があるだろう。せっかく忙しい時間の合間に教えに来てくれている、というのに。
僕だったら、そんなことはしないのに。
「お邪魔します。…今日も二葉君はまだみたいだね。さすがに困ったなぁ、どうしよう。家庭教師、いらなくなったかな?」
高遠さんは道中で冷えた手に息を吐き、少し寂しそうな顔で呟いた。
教える予定の勉強範囲はすでに終わっていて、学力にも申し分ないそうだ。
しかし、合格するまでは家庭教師の契約が切れたことにはならないから。こうして毎日、いつ帰って来るか分からない二葉を待っててくれている。
「いつも、本当に申し分ないです。高遠さん、忙しいのに…」
いいよいいよ、どうせ暇なんだから。
そう言って笑ってくれる彼の笑顔は、僕に気を遣わせないようにと、実に優しいもので。嬉しい気持ちと、苦しい気持ちに苦笑いを返すことが精一杯になる。
最近では、さすがに一人で何時間も待たせるのは申し分ないため、二葉の帰宅まで一緒に話すのが当たり前になっていた。
高遠さんを困らせる弟に、苛つきが募っていく。でも、そんな中どこかでこうして二人きりになれる時間を作ってくれていることに感謝もしている自分が嫌いだ。
僕には二葉がなかなか帰って来ない理由に、心当たりがあった。
(だいじょーぶ、家に帰る前なら会いに行けるよ。待っててね、絶対だよ?)
夜中、隣の部屋から囁くような声が聞こえた。その声は紛れもない二葉の声なのに、僕の知っている声とは違う、穏やかな甘えた声音。
(…うん、うん。え?もちろん……だいすき。)
だいすき、
って、誰に?
小学生だぞ、お前
とか
いつの間に?
とか
いやいや、帰って来いよ
とか。
いろいろ思ったのだけれど
なんだ、二葉の奴、彼女でも出来たのか。だから、家に帰って来ないのか。
家に帰って来ない理由がはっきりして、妙に納得したと共に
…羨ましい。
そう心から思った。
誰かに大好きって言って
誰かに大好きって返してもらえるのか。
さすがは可愛くて明るい僕の弟だ。まだまだ若いのにちゃっかりしてる。
だからって、高遠さんとの勉強に遅れることは許せないけれど。
実は天然たらし、最強弟設定。←いつか出す予定。