問題と正解
正解は、どんな問題にもある。
「…っ!え、いや、あの…」
掴まれた腕に、顔に、一気に熱が集まって行くのが解る。
落ち着け
落ち着け
大丈夫、高遠さんは何も思っていないから。僕のことは、ただの二葉の兄としか思っていない。
落ち着け。
3回唱えた落ち着け、が自分をゆっくり落ち着かせてくれる。
とりあえず無言で座ると高遠さんは嬉しそうに微笑んでくれた。
その微笑みに、ぎゅっと手を握り締めて無表情を装う。
「良かった。人の部屋で1人で待つのは、結構気まずいものなんだ。初めて来た時も、君は俺を置いて行ってしまっただろ?」
僕とは違って、話す相手を手に入れた高遠さんは生き生きと話し出す。その内容は、僕には忘れられない思い出だった。
無自覚だったとは言え、あの日にはすでに高遠さんを好きになりかけていたなんて、本当に笑えない。
そういえば、あの日も弟が帰って来てなくて二人きりだったっけ。
恥ずかしくて、知らない人と二人なんて耐えられなくてすぐに逃げてしまったことをどうやら、今になって文句を言われているらしい。
とは言っても、怒っている訳ではないようでその話をする高遠さんはどこか楽しそうだ。
「ごめんなさい。でも、耐えられません、知らない人と話すなんて。」
何か返事がしたくて話すけど、気の利いた言葉なんて思いつかないし、言えない。
可愛げのない台詞に自分が本当に嫌になる。
「じゃぁ、今日は話してくれる?」
「え…」
知らない人とは話せない
「イコール、俺とはもう話せる、だろう?知らない人じゃないんだから。」
ちょっとだけ、先生っぽい口調で問題の答えを教えるみたいに言った彼は得意げに笑う。
そんな風に笑う姿を、近くで見たくなかったから話したくなかったのに。
心の中でため息を吐く。
最初は必死に無表情を崩さないようにしていた僕に、高遠先生は本当にあの手この手で話しかけてくれた。
こんなに面白くない話し相手はいないと思うんだけど、変な人。
そう思った瞬間に一瞬、表情が緩みそうになって慌てて引き締める。
その時、玄関から鍵を開ける音がして高遠さんの話が止まる。
「二葉君かな?帰って来たみたいだね。」
残念。
最後に小さく付け加えたその言葉は、冗談ですよね。
そうじゃないと、僕の心臓が音を立てて崩れそうになる。
「…最後に問題。」
部屋のドアを開けて振り返った高遠さんが真剣な声で言う。
「一葉君、俺の好きな食べ物は何でしょう?」
まるで国語の問題みたいに言われたそれは、今日話していた中でちらっと出てきたこと。
突然の問いかけに呆然をしていた僕だけど、高遠さんの話はしっかり聞いていたから覚えてる。
優しい声が”好きなんだ”
と愛しそうに呟いたそれは
「…あ、アップルパイ。」
甘党でさ、特に焼き立てのアップルパイに敵うものはないよ。
「うん、正解!さすが一葉君、記憶力抜群だね。」
高遠さんの瞳が僕を捉えて
にっこりと笑う
伸ばされた手は、そのまま
真っ直ぐ髪の毛に触れた。
遠い日に父親にされたみたいに、頭を撫でられて。
「よく出来ました。」
緩む涙腺を誤魔化したくて、でも、逃げることも出来なくて、俯いたまま固まる。
下から二葉の足音がして、高遠さんがドアを出て行った瞬間。
走って自分の部屋に逃げ込む。
ズルい。
ほら、もう、止まってくれないか。
流れる涙が、止まらない。