秘密のキモチ
最初はコメディのつもりで書いたから重い話ではない筈。
私はお兄ちゃんが好き。
それは兄弟としてではなく、純粋に彼のことを愛しているということ。
でもそれは誰も知らない。知られてはならない。
だって私がお兄ちゃんのことを好きな理由を知ったら、皆がお兄ちゃんの事を好きになってしまうと思うから。
ある日わたしはカゼをひいた。
それは無理しなくても学校に行ける程度だったが、お母さんがうるさかったため、仕方なく学校を休んだ。
「………今日は一人で留守番かぁ〜」
寂しく思い布団の中でくるまっていると、誰かが階段を上ってくる足音が聞こえた。
「………お母さん?」
親はもう仕事で出ているはずだから家には誰も居ないはず。ということはまさか………!?
ガチャッ
私の部屋のドアが開く音。その瞬間わたしは息を殺そうとし………。
「………お前は何をしてるんだ?」
泥棒かと思い布団にくるまって亀のようになったわたしを、居ない筈のお兄ちゃんが見下ろしていた。
「………お兄ちゃん!?」
不審そうにいつものジト目で見てくるお兄ちゃん。それで恥ずかしくなりわたしは急いで布団の上に座る。
「な、何でお兄ちゃんが家にいるの!?もう九時だよ!?」
「母さんにお前の看病してやれって言われたんだよ。最初は………何て名前だっけ?とにかく隣のおばさんに頼もうとしたらしいんだが生憎旦那と十六回目の新婚旅行中らしくてな。それで『あなたが休んででも面倒看なさい』だと。断ろうと思ったがくどかったんで仕方なくな。………ったく、息子の皆勤賞より娘の看病の方が大事だって言うのかね、母上様は」
「………妹の命より皆勤賞のほうが大事だとでも言うのですか、兄上様は………」
呆れた様にお兄ちゃんは溜め息を吐く。こっちは泣きたい気分だが、この程度ではめげない。めげる暇はない。むしろこれはチャンスなのだ。
お母さんはいつも過保護すぎるくらいわたしを心配している。いつもはそれが嫌だったが、今回は心から(及び心の中でのみ)お母さんに感謝した。なぜならこうしてお兄ちゃんがわたしの看病をしてくれるから!
「ありがとう!お兄ちゃん!」
「礼は言うな。今日の体育はマラソンだったからな。合理的に休むために利用させてもらっただけだ」
どうでもいいことのようにお兄ちゃんは言い、持っていた鍋を置く。
「?」
はてなマーク一つが頭に浮かび、わたしは首を傾げた。
「お前のメシ。母さんに言われたから作ったが適当に作ったから不味いだろうし食わなくていいぞ」
ぶっきらぼうにお兄ちゃんは言っていたが、そんなのお構い無しにわたしはお鍋のフタを取る。まさかお兄ちゃんがご飯を作ってくれるとは思わなかったのだ。
「…………」
中身を見てわたしは絶句した。別に予想外のものが入っていたわけじゃない。そこにあるのは定番のおかゆ。しかしそのおかゆは、ただのおかゆというにはあまりにも………美しかった。
積もった雪のように白いご飯。それに反して温泉のように暖かい湯気。雪の中には黄色いしょうがが入っていて、まるで花びらを散らしたかのよう。
そのおかゆにわたしはただ見惚れるだけった。………どう適当に作ったらこんなおかゆが出来るのだろう?
「お兄ちゃんって料理上手なんだね。すごいおいしそう………」
素直な感想を言うと、お兄ちゃんは不服そうに鼻を鳴らした。
「見た目はどうか知らんが味は期待するな。多分腹を壊すだろうからもし食うなら覚悟しとけ」
そう言ってお兄ちゃんは部屋を出た。
お兄ちゃんは自分を高く評価しない。そういう風に自分が褒められるのをあまり好まないのだ。だがしかしいくらそれが嫌だからって、わたしが食べるのも見ないでさっさと部屋を出て行かないで欲しい。せっかくお兄ちゃんに「はい、あーん」してもらえるかも!という期待がこれじゃ台無しだ。
仕方ないのでわたしは一人で頂くとする。
「いただきます」
それでもわたしは、お兄ちゃんに対する精一杯の感謝の意を込めて手を合わせた。
言うまでも無いことだが。
お兄ちゃんのおかゆはとても美味しかった。
◇
「………なんで降りてきたんだよ」
一階の台所で食器洗いをしていたお兄ちゃんは手を止め私を見る。その目はいつものジト目。
「う、………これ、ごちそうさま」
わたしは空っぽになった鍋を渡す。中身はわたしが一粒残らず完食した。
「お前は病人だろ。だったら俺が取りに行ってやるから大人しくしてればいい」
お兄ちゃんは私から鍋を受け取ると、その中身を見て本当に驚いた顔になった。
「お前、全部食ったのか?」
「う………、だって、美味しかったし」
「………お前の胃袋はどうかしてる」
失礼なことを言ってお兄ちゃんは食器洗いを再開させる。
「まぁいい。用が済んだらさっさと寝てろ。邪魔だ」
顔も見ずお兄ちゃんは言い切った。うう、ひどい。
「何で〜?わたし迷惑かけてないでしょ?」
「迷惑だ。お前が歩き回れば風邪は治らないし俺にうつる。これ以上負担を掛けられたら俺が持たないからな。とっとと戻れ」
ガチャガチャと洗った食器を片付けながらお兄ちゃんは冷たく言った。いつもと同じ気だるそうな無表情は、なぜかとても辛そうに見えて、
「………ごめんなさい」
知らず、わたしは謝っていた。
「………え、」と、お兄ちゃん。
………あ、なんだか悲しくなってきた。やばい、涙でてきそう。
わたしは何か言おうとしていたお兄ちゃんに背中を向けて、さっさと階段を上ってしまった。
別にお兄ちゃんに怒ったからではない。だがただ悲しかったわけじゃない。
わたしは本当にお兄ちゃんに迷惑をかけている。そう思うと涙が出てきた。だけどお兄ちゃんの前で泣けば、もっとお兄ちゃんに迷惑がかかる。そう思ってわたしはこうやって自分の部屋に戻って布団の中で声を出さず泣いているのだ。
………もしもっと迷惑を掛ければ、お兄ちゃんは私を嫌いになる。今すでに嫌われているのかもしれないが、もっと嫌いになればきっともうこうやって看病もしてくれなくなる。そんなのは嫌だ。
わたしはお兄ちゃんが好き。いつもわたしを目の敵にしているお兄ちゃんを、なぜかわたしは好きでいる。なぜかは知らない。いや、もう忘れてしまったのかもしれない。それでもわたしは、今もこうしてお兄ちゃんに嫌われないように頑張っている。
………わたしはお兄ちゃんが好き。でも、なぜ好きなんだろう。そんな事を考えながら―――
◇
―――いつの間にか、わたしは布団の中で眠っていたらしい。らしいというのは記憶が無いから。さっきから今までの記憶はおろか、夢を見た記憶も無い。
電気の点いていないわたしの部屋は真っ暗で、それはもう外に太陽が無いからだろう。
「…………」
わたしは身じろぎせず布団の中で丸くなったまま下に降りようか考えた。
下にはお兄ちゃんがいる。今このまま降りてお兄ちゃんの顔を見たら、きっとまたわたしは泣きそうになる。今のわたしはまだ不安定。この心を落ち着けるには、多分明日までかかりそう。だからこのまま今日は寝てしまおうと考え、今だこうして、迷っている。理由は、多分―――。
………そうやって私が鬱になっていると、不意に部屋の扉が開く音がした。
今この部屋には私以外の誰かがいる。そう思うと何故かわたしは途端に怖くなり、動けなくなった。
少しの間の沈黙。その間部屋の中には物音もせず、わたしともう一人、ただ二つの存在が感じ取れるだけだった。
………声がした。
「………起きてるか?」
それは聞き間違いの無いお兄ちゃんの声。だがそれを聞いたわたしは、なぜかさっき以上に緊張した。
………動けない。いや、動きたくない。今わたしが起きてしまえば、絶対にわたしはお兄ちゃんの顔を見てしまう。そうすればやっぱり、私は泣いてしまう。そうなるのは、困る。
わたしが動かずにじっとしていると、お兄ちゃんはわたしが眠っていると思ったようで、
「………ごめんな」
―――小声でわたしに謝った。
その言葉を聞いてわたしは完全に硬直した。お兄ちゃんはいつも意地っ張りで、頭を下げることはおろか、謝っているところさえ見たことが無かった。そのお兄ちゃんが今、わたしに謝っている。
「さっきは言い過ぎた。まさかお前を怒らせるほど言っているとは思わなかった………いや、あんだけ言えば怒るかなとは思ってはいたが」
さっきの辛そうな顔は、言い過ぎたと思って後悔していたから。それをわたしは、お兄ちゃんがわたしを迷惑だと思っていると思って、お兄ちゃんの話を聞かずに戻ってしまった。それがお兄ちゃんには、わたしが怒っているように見えてしまったんだろう。………違うのに。
「もしお前が嫌になったなら、今度から俺はお前の世話は焼かない。俺はお前の事を気にかけない」
………嫌だ。そんなことにならないように今もこうして寝たふりがばれない様に頑張ってるのに、これじゃ本末転倒になっちゃう。
「メシも作らない。俺の作ったメシは不味かっただろうに、お前は無理して食ってくれた。けど、もうそんな無理して食わなくていい」
違う、そんなんじゃない。お兄ちゃんのおかゆは美味しかった。作ったらちゃんと味見してよ。誰かが食べるときぐらいはちゃんとしないと後々(あとあと)大変だよ………?
「もうこうして勝手に部屋にも入らない。何ならもうお前の部屋には近づかないようにする」
………んー、出来れば勝手に入らないのはお願いしたい。わたしにだって、その、お兄ちゃんに見られたくないものはあるし………。あっ、し、下着とかのことだよ!?
でも部屋に近づかないっていうのは嫌だ。それじゃホントにお兄ちゃんとわたしが会う機会がほとんど無くなっちゃうし、というかここお兄ちゃんの部屋までの通路の途中にあるから無理じゃないかなぁ。
「どうやら俺は母さんに似たらしい。過保護すぎて鬱陶しかっただろ。けどこれからはそういう暑苦しいのは母さんだけだから安心しろ」
そんなことは無いです。絶対無いです。逆に冷たすぎるくらいです。ていうかもっと構って下さい。「はい、あーーーん(にっこり笑顔で語尾ハート)」ぐらいして下さい。
………そう思ってもわたしは動かなかった。動ける筈が無い。お兄ちゃんは、わたしが眠っている『から』こうやって謝っている。もしここで動いてしまったら、お兄ちゃんのプライドが傷ついてしまう。だからわたしは絶対に、ここで反応してはならない。そう心に誓って―――、
「もうお前を傷付けない。だからこれ以上嫌わないでくれ。………俺はお前が好きだから」
………………………………………ふぇ?
そう声を漏らしそうになって、わたしは必死にこらえた。たった今誓った誓いをまさか三秒で破る訳にもいかない。いかないが、さすがに今のは反応するしかなかった。一瞬体が反応してしまったが、………まさかばれた!?
「………」
お兄ちゃんは無言。少しの間、この沈黙が続いたが、
「………はぁ、何言ってんだろ、俺」
そう呟いて部屋を出て行った。遠ざかる階段を下りる足音。
「………ふはぁぁぁ………」
わたしはゆっくりと息をはく。息と一緒に緊張も解けた。
………どうやらお兄ちゃんはわたしが起きていたことに最後まで気づかなかったらしい。もし気づいていたら真っ先にお兄ちゃんは私に掴みかかってくるだろう。それぐらいお兄ちゃんはプライドが高い。
だから、だからお兄ちゃんはわたしが寝ていることを承知であんな事を言ったのだ。
わたしに対する後悔。謝罪。…そして、告白。
………お前が、好きだから。
思い出した瞬間、顔が熱くなる。鏡で見なくても手で触れなくても解る。今のわたしはリンゴよりもトマトよりも赤い。もう真っ赤っ赤。何でわたしが寝ている(とお兄ちゃんは思っている)時に言うかなぁ。正面切って言えばわたしもこんなモヤモヤしないで済むのに。
けどわたしは理解している。何故私がこんなにモヤモヤしなくちゃいけないのか。何故お兄ちゃんがこうして気持ちを隠しているのかを。まぁ、隠せてないけど。
わたしたちは兄妹。その壁は厚い。だからこそ、その気持ちを誰にも知られてはいけない。そう、家族にも、兄妹にも。
だからこうして苦しんでいる。そうしなければいけない、そうでなければならない感情を、わたしたちは持ってしまった。こんな『感情』、いっそ無ければ良いのに。
でも持ってしまった。何故持ってしまった?何故お兄ちゃんはわたしの事を好きなの?
それは知らない。解らない。別に解らなくてもいい。だってわたしはさっき、自分がお兄ちゃんを好きな理由を思い出せたから。
◇
わたしは少し緊張しながら、目の前のドアをノックした。
「誰だ?」
確認の声。その声にわたしは深呼吸して答える。
「わたしだよ。お兄ちゃん」
「………なんだ、お前か」
その声を了承と取り、わたしはドアを開いた。電気が点いたままの部屋。布団に寝そべるパジャマ姿のお兄ちゃん。
「どうした、寝なくていいのか?」
それはいつもの声。いつもの視線。それを聞いてわたしは心から安心した。
「だってわたしお昼から寝てたんだよ?もうこれ以上寝れないよ」
時間は十一時を過ぎている。いつもなら二人とも寝ている時間。だけどその時間に、私はお兄ちゃんの部屋にいる。そんな事を考えたら変な方向に妄想が奔るので、わたしは考えるのを止めた。
「そうじゃねぇよ。風邪はもういいのかって訊いてるんだ」
「ええと………まだ、熱あるかも」
わたしは正直に言う。けどそれは、多分カゼの所為じゃない。
「だったら眠くなくても布団に入ってろ。そうすればそのうち眠くなる」
冷たく言うお兄ちゃん。でもそれは優しさの裏返しなのだと、今のわたしは知っている。
「うん………分かった」
「ついでに電気消してくれないか。俺ももう寝るから」
ドアと反対側の窓を見ながらお兄ちゃんは言う。わたしに見えるのは、横になったお兄ちゃんの優しい背中。
「………うん」
わたしはゆっくり電気のスイッチを押した。瞬間、部屋は闇に包まれる。
………そしてわたしは、『お兄ちゃんの言うとおり』、そこにあった布団に入った。
「!?」
微かに息を呑むお兄ちゃん。お兄ちゃんは、この状況が理解できていないようだった。
「分かった。お兄ちゃんの言うとおり、ちゃんと布団に入ってる」
わたしは自分でも驚くほど大胆に、お兄ちゃんを背中から抱きしめる。
「ば、馬鹿!俺が言ったのは自分の布団に入っていろって言ったんだ!は、離れろ!俺に風邪がうつるだろ!」
慌てて言うお兄ちゃん。その仕草は可愛くて、ついわたしはイタズラしたくなった。
「嫌だ。今日のお兄ちゃん意地悪だったから、そのお返し!お兄ちゃんにうつしてやる!」
嘘。わたしのカゼは治っている。お兄ちゃんの看病のおかげで、わたしのカゼはすでに完治している。
けどそれをお兄ちゃんは知らない。だから、
「………そうか」
そう言って、暴れるのを止めてくれた。
「?お兄ちゃん?」
「じゃあ好きにしろ。お前は俺に嫌な事をされた。ならばやり返すのは当たり前だろ。………『他人にうつせば治る』って言うし、そうすればお前の仕返しにも意味があるだろ」
顔は見えない。だからお兄ちゃんの表情は見えない。でも、それでもお兄ちゃんの優しさが伝わった。お兄ちゃんはわたしの為に体を張っている。わたしの為に、『風邪をうつしてもいい』とお兄ちゃんは言っている。………でも『他人にうつせば治る』って本当なのかなぁ?て言うかお兄ちゃんは信じてるの?
「………ありがと」
そんな事を考えながら、わたしはお兄ちゃんに今の気持ちを伝えた。
「?」
「お礼。お兄ちゃんのおかげでカゼはもう平気。熱はまだあるけど、朝よりは全然いい」
「………そうか」
お兄ちゃんは言う。その声に安堵が混じっている事を、多分本人は知らない。
「………ねぇ、訊いてもいい?」
「何だ」
「………お兄ちゃんは、わたしのこと、好き?」
わたしは訊く。その答えを私はすでに知っている。だから、
「嫌いだ」
と即答されても、わたしは傷付かなかった。
「そっか」
その代わりわたしは更に強くお兄ちゃんの事を抱きしめた。お兄ちゃんは、少し身じろぎをするだけ。
………本当に嫌いなら、もっと抵抗しなよ、お兄ちゃん………。
「………だけど」
お兄ちゃんは、言葉を続けていた。
「お前を守るぐらいはしてやる。俺はお前より先に生まれちまったから、兄としての責任ぐらいは果たしてやる」
それは逃げようの無い、現実を突きつける言葉。『俺とお前は兄妹なのだ』と壁を造る、冷たい言葉。
………そんな言葉にさえ、隠された優しさがこもっていた。
それは誓いの言葉。『自分が兄でいる限り、妹であるお前を守ってやる』という、心強き騎士の言葉。
………その言葉に、知らずわたしは涙していた。
「………?どうした?」
「振り向かないで!」
異変に気づいて振り向こうとしたお兄ちゃんをわたしは制止する。………今、振り向かれたくない。
「気にしないで。お兄ちゃんはそのままでいて」
わたしは今の気持ちを精一杯声に出す。その願いを、お兄ちゃんは無言で叶えてくれた。
「……………」
止まる時間。その永遠の一瞬が、わたしにとって大切な時間だった。
………このまま、時が止まればいい。
そう想いながら、そうはならない言葉をわたしは紡いでいく。
「お兄ちゃん、わたしは、お兄ちゃんが好き。お母さんもお父さんも好きだけど、お兄ちゃんが一番好き。
………わたしね、お兄ちゃんが優しい事を知ってるの。多分お母さんもお父さんも他の人も、………きっとお兄ちゃんも知らない優しさ。でもわたしは知ってる。知ってしまった。誰も気づかない優しさに、なぜかわたしは気づいちゃったの。
………だからわたしは、その隠れた優しさを持つお兄ちゃんが大好きなの」
わたしの涙は止まらない。もう言わないでと叫ぶ自分を無視し、わたしの口は喋り続ける。
「だからお兄ちゃんが私から離れるのはイヤ!看病してくれないのもご飯作ってくれないのも部屋に近づいてくれないのもイヤ!今までだって充分冷たかったのに、これ以上構ってくれないのは死んでもイヤ!」
分かっている。それを言えばこの関係が無くなってしまうことも、もうお兄ちゃんがわたしを見てくれないかもしれないことも。それでもこの口は、嘆くのをやめてくれない。
「……………」
お兄ちゃんは何も言わない。その無言が、わたしを不毛な方向へと駆り立てる。
「わたしはお兄ちゃんが好きなの!だから、お兄ちゃんがいなくなったらわたしは死んじゃうの!」
…無言。
「お兄ちゃんがいない家なんてわたしには無い!お兄ちゃんが居なければ、そこはわたしにとって他人の家なの!」
……無言。
「わたしにとってお兄ちゃんは全てなの!だからお兄ちゃんが居なければ、わたしはわたしですら無くなっちゃう!」
………無言。
その無言がわたしにとっては痛かった。一歩一歩針の山に素足で踏み込むような、耐え難い苦痛。だからその痛みを堪えるためにわたしは叫ぶ。叫び続ける。………けど。
「だから………!だから………!」
もう、言葉が出ない。
全てを吐き出してしまった。塞き止めるものは全て決壊してしまって、一滴残らず漏れてしまった。
………残っているのは、虚無感と止まらない涙だけ。
………お兄ちゃんが、わたしを引き剥がす。
「………あ」
そのお兄ちゃんに絶望感を抱いたわたしを、向き直ったお兄ちゃんが抱きしめてくれた。
「………もう言うな、馬鹿野郎………」
強く、強く抱きしめてくれる。その温かい抱擁に、わたしの体は溶かされていく。
「どこも行きやしねぇよ。言ってるだろ?俺はお前を守るって」
優しい、優しい言葉。その暖かい言葉に、わたしの頭は溶かされていく。
「………お兄ちゃんは、わたしのこと、好き?」
知らず私わたしは呟いていた。………今、お兄ちゃんの本当の言葉が、聞きたい。
「………あぁ。―――大好きだ」
その言葉に、私の心は溶けきっていた。
◇
わたしはお兄ちゃんが好き。
それは兄弟としてではなく、純粋に彼のことを愛しているということ。
でもそれは誰も知らない。知られてはならない。
あの夜の後も、お兄ちゃんはいつもと同じように接してくれた。
いつものように冷たい言葉。いつものように冷たいジト目。
それはたまに『本当にお兄ちゃんはわたしのことが好きなのかな?』という疑問を頭によぎらせるが、それは不問にする事にした。
わたしはお兄ちゃんが好き。その理由も今は思い出している。それだけで充分。
それはわたしにとって、変えようの無い気持ちなのだから。
END
とりあえず初投稿。おかしな処は気にしたら負け。………冗談です、指摘あったら教えてください。