第三章 第二話
敵戦車にこちらの砲弾が命中した直後、轟音が車内に響いた。
砲塔左側面へ対戦車砲の砲弾が命中したのだろう。左腕と左の脇腹が衝撃でじんじんと痛む。
前方の敵戦車に気を取られ過ぎた。彼は反省する。
車長は常に周囲に気を配れ。いけ好かないドイツ人教官から叩きこまれたことだった。あの教官は本当に気に入らない男だったが、言っていることは事実のようだ。乗っている戦車がこいつでなければ、死んでいたな。
彼の戦車はモーセリー重戦車。
イギリスから購入したモズリー歩兵戦車にフランスで改装を加えた戦車だ。主砲をシュナイダー社製38口径75ミリ戦車砲に変更し、搭載機銃をフランス軍標準の7.5ミリ機関銃に変更している。
彼は以前軽戦車に乗っていたから、初めてモーセリー重戦車に乗った時はその足の遅さと、現役首相の名前を戦車につけるイギリス人のセンスに驚いたものだ。
だが、モーセリー重戦車の低速での不整地機動力は重戦車どころか中戦車や下手をすれば軽戦車と比較しても高かった。大概の泥濘や傾斜、歩兵用の塹壕などは物ともせずに機動し、必要な場所に移動して火力を投射できる。
なんと口惜しいことか。
彼の祖国フランスは、かつてルノーFTという世界の戦車のスタンダードとも言うべき戦車を開発した戦車先進国だったのだ。だというのに今は、ドイツどころかイギリスから戦車やその技術を輸入する立場だった。
戦争に負けたから、と言えばそれまでだが、それはイギリスとて同じだ。技術的に仇敵に負けているというのは、フランス人としてはどうにも不愉快だった。
だが、兵士として見るならモーセリー重戦車は良い戦車だ。足の遅さはひどいがその分装甲は分厚いし、改装により火力も強化されている。
イギリス本国のモズリー歩兵戦車はドイツ軍の主力対戦車砲と同型の5センチ砲か、下手をすれば旧式の2ポンド砲を搭載していたから、総合的な性能ではモーセリーの方が勝っている、と彼は思っていた。
「10時方向の茂みに敵対戦車砲。照準急げ」
彼はペリスコープからの視認で、日本軍の対戦車砲を発見する。周囲は田園地帯で比較的起伏に乏しく障害物も少ないが、日本人達は500メートルほど先の僅かな茂みを利用して、見事に対戦車砲を隠し通していた。
モーセリー重戦車のペリスコープは、存外に視界が良い。ドイツ人の教官は「ハッチから頭を出して確認しろ」などと言っていたが、さすがに敵の機関銃や小銃の射撃、敵戦車の砲撃がある現場では外に頭を出す気にはならない。ペリスコープ越しでも、かなり念入りに隠蔽していた日本軍の対戦車砲を見つける事ができた。
問題はない。
もっとも、発砲時のガスで、偽装網が吹き飛んでいなかったなら、彼には見つけることは出来なかっただろうが。
砲塔がゆっくりと旋回し、敵対戦車砲へ照準をつける。
もちろん敵も黙ってそれを見ていたわけではなかった。照準を終えるまでに、再度砲撃を受ける。だが、最大で100ミリを超えるモーセリー重戦車の装甲は、砲塔や車体の側面ですら敵対戦車砲の徹甲弾に耐えるのだ。
日本人たちの必死の反撃は、ただモーセリー重戦車の乗員たちの聴覚に打撃を与えるだけの結果に終わっていた。
「撃て!」
彼の号令とほぼ同時に、主砲から砲弾が発射された。砲弾は対戦車砲の防盾の直前に着弾し、炸裂する。爆風と破片により、対戦車砲は高く宙を舞った。
それでも、砲が盾になったのだろう、生き残りの日本兵数名がその場を離脱しようとする。だが、同軸機銃が彼らをなぎ払い、全員が地に付した。
予想よりは楽だな。彼はそう思った。
仏印南部の港湾都市、ニャチャンで訓練と物資集積を続けていた時の情報では、日本軍は歩兵個人のレベルにまで対戦車兵器を持たせた、強力な部隊を展開していると聞いていた。
だが、実際に遭遇した日本軍部隊は、対戦車兵器は歩兵砲や対戦車砲ぐらいしか持っていない、極普通の歩兵部隊だった。
歩兵による対戦車攻撃など、鞄に工兵爆薬を詰めた投擲爆弾のような原始的なものばかりだ。
もっとも、その原始的な投擲爆弾でモーセリー重戦車が1両、履帯を破壊されて行動不能となっていたから、馬鹿にしたものでもないのだが。
「陣地を蹂躙する」
彼は乗員たちにそう命じた。主砲の榴弾が尽きつつあったからだ。
日本軍はこの一帯のわずかな林や丘を利用して陣地を作り、頑強に抵抗していた。地面を掘り丸太を渡し、土嚢を積み上げ屋根を作り、突き固めた陣地は急造とは言えトーチカとしての機能を立派に果たす。
それらを排除するためには、主砲の榴弾による直撃が必要だったのだ。
だが、日本軍の頑強な抵抗もそろそろ限界のようだった。すでに簡易トーチカは姿を消し、塹壕に篭った歩兵達がなけなしの勇気を振り絞って、機関銃を撃ちかけてくるだけだ。
おそらく、この塹壕線を突破すれば日本軍の前線指揮所を攻撃できる。彼はそう踏んでいた。
敵に接近し、轢き潰す蹂躙は、リスクが伴う行為だ。特に敵の機関銃射撃によって随伴の歩兵たちが地面に伏せてしまい、随伴の意味をなしていない現状では、場合によっては敵歩兵の肉薄攻撃を受ける可能性もあった。
だが、今回はそのリスクを甘受するべきだ、と彼は判断する。敵の前線指揮所に乗り込んだ後に榴弾がないのでは、お話にならないからだ。
モーセリー重戦車は足の遅さ故に追撃戦にはあまり向いていない。
この塹壕線を突破した後の主力はH41中戦車かルノーR40軽戦車を装備した部隊になるだろう。だが、全く戦闘の機会が無いとも思えなかったし、補給に戻れるほどに余裕がある戦いでも無かった。
仏印北部と西部では日本軍の進撃速度が、全く衰えていないからだ。
彼の見る限り、日本軍の歩兵部隊はドイツ軍機甲師団並に機械化されていた。歩兵は徒歩でもトラックでもなく、装甲化されたハーフトラックで移動しているようであったから、進撃速度は速いのだろう。
彼の主観からするなら歩兵支援の戦車が足りない、多少アンバランスな装備体形な気はするが、それでも強力な部隊であることは確かだった。急がなければ仏印の半分以上をフランスは失うことになる。
経済の大半を植民地からの、収奪に近い貿易で賄っているフランスにとって、仏印は重要なドル箱だ。失うわけにはいかない。
彼は戦車を前へ進めた。同軸機銃からは牽制のために、断続的な射撃が敵陣地に叩き込まれる。敵兵が頭を下げたのか、陣地からの射撃が停止した。
このまま、蹂躙できるな。
彼は操縦手にそのまま直進するよう命じた。
これで突破できるな。
彼はそう考えながら、前方を確認する。日本軍が塹壕を掘っているのは1000メートルほど前方の低い丘だ。
「ん?」
彼は目を細め、前方を凝視する。
丘の向こうで何かが動いたように思えたのだ。
そして、彼は見てしまった。丘の向こう側からこちらを狙う砲を。
砲口が閃く。
そして、それが彼の見た最後の光景だった。
「面の皮が厚いって話だから不安だったが、いけるもんだな」
妹尾はハッチから頭を出し砲塔から黒煙を吹き上げて停止した敵の戦車、おそらくはモズリー歩兵戦車を眺めながら言った。
初速850メートル毎秒を超える一式五〇口径九〇粍戦車砲は、一式徹甲弾を使用した場合、カタログ上では1000メートルの距離でも130ミリを超える貫通力を発揮する。
一式徹甲弾は特殊鋼製の弾体の先端を軟鉄とし、さらに風防キャップをつけた、いわゆるAPCBCと呼ばれる徹甲弾だ。遠距離でも貫通力が落ちにくく、装甲との衝突時に角度があってもある程度は軟鋼がすべり止めとなり、避弾経始を抑制する効果を持っている。
だが、敵重戦車は一式五七粍速射砲による、近距離射撃でも撃破が難しいとの情報があったため、この二式重戦車でも1000メートル近い距離を置いた状態では多少の不安があった。
もっとも、それは杞憂で終わったようだったが。
「前へ」
妹尾は自らの乗車の操縦手に告げた。2基搭載された一〇〇式統制型水冷12気筒ディーゼルエンジンが唸りを上げ、合計500馬力の出力で45トンの車体を前進させる。
「慎重にいけ」
妹尾は操縦手に一応の注意を促した。
この戦車は、有り物を2基くっつけただけのエンジンはともかく、変速機周りでグズり出すことが多い。泥濘ではその傾向が顕著になる。周囲は水田だから、注意が必要だった。
仏印の水田の多くは、いわゆる湿田で実質的には泥沼と変わらない。
この辺りの水田は比較的泥が浅く、戦車の通過が可能ではあった。戦車通過が可能であるかの目安である、人間がもう一人を担いだ状態でも歩行ができることは確認ができている。
それでも、泥濘はスタックするリスクの高い地形だったから、注意は必要だった。
妹尾の二式重戦車はゆっくりと前進する。
周囲の歩兵たちはその威容に大きな歓声を上げ、喜んでいた。万歳を叫ぶ奴すら居る有様だ。
彼らは日本陸軍の仏印南方方面部隊の中でも、最も強力な敵部隊と戦っていた部隊だった。彼らは歩兵用携行対戦車火器、例えば中隊に4門配備されている二式六糎対戦車噴進弾発射機や分隊に一門配備されている二式九糎携行無反動砲の穿孔榴弾を利用して、多くの戦車や装甲車両を撃破している。
だが、彼らはその過程において、それらの対戦車携行火砲の弾薬を消耗し尽くしてしまっていたのだ。彼らはその危機的状況下で、フランス第二機甲師団の戦線突破目的の全面攻勢開始日を迎える事になった。
結果として、彼らはフランス第二機甲師団の突破を許し掛ける事になったのである。
フランス陸軍第二機甲師団の攻撃は、東西60キロ以上に及ぶ範囲で同時多発的に実施されていた。彼らは重戦車、あるいは中戦車を正面に押し立てて攻撃を実施している。数としては圧倒的に中戦車が多く、五七粍速射砲でもなんとか対応できている部隊が多い。
だが、この部隊は五七粍速射砲では力不足な、重戦車が相手だった。
その上、重戦車でも撃破が狙える歩兵携行の対戦車兵器はその全てが弾薬を消耗し尽くしていたのだ。
この部隊への救援が急務だと判断した飛田大佐は、妹尾の中隊を急遽派遣した。ここを破られると、南方方面部隊の司令部が攻撃を受ける恐れが大きかったからだ。
そして、妹尾たちはかろうじて間に合った。
妹尾は素早く周囲の地形を確認し、首をハッチに引っ込めた。
すでに生き残りの敵重戦車がこちらに主砲を向け始めていたからだ。
妹尾の戦車は中隊指揮戦車を兼ねていた。砲弾の搭載量を減らし、その代わりに出力の大きな無線機を搭載している。車体後部には大型のアンテナが据えられていたから、自分たちが小隊レベル以上の指揮官が座乗した戦車であることは、向こうも気づいたのだろう。
彼らはこちらに攻撃を集中するつもりなのだ。
妹尾の狙い通りだった。
敵の内の一両が発砲する。瞬きほどの間をおいて、妹尾の乗車に着弾し、轟音を立てて弾き返された。
よし、情報通り連中の重戦車の主砲は、この距離ではこちらの装甲を抜けない。
妹尾はニヤリとしながら思った。
二式重戦車の装甲は、砲塔正面は40度に傾斜した128ミリの、車体正面は60度に傾斜した80ミリの装甲を持っている。
フランスの重戦車が装備する野砲改造の38口径75ミリ砲でこの装甲を抜くには、少なくとも300メートル以内の至近距離でタングステン弾芯の特殊徹甲弾を発射する必要があった。
そして、日本陸軍はそれを正確に把握している。
なぜなら、フランス陸軍重戦車が装備している戦車砲の原型となった75ミリ野砲は、日本陸軍の依頼によって開発されたものだったからだ。
その依頼とは1930年代初頭に行われた、陸軍の新型野戦砲の競争試作である。
最終的に日本陸軍は、スウェーデンのボフォース社と昭和特殊鋼が共同で設計、開発した口径105ミリの軽野戦榴弾砲を採用したため、その75ミリ野砲はお蔵入りとなった。だが、日本陸軍は10門程度のシュナイダー社製試作75ミリ野砲を比較試験のために購入していた。そのため、性能については熟知していたのだ。
日本陸軍の算出した計算結果は的確だった。
つまり、彼らは重戦車における性能的優位を確保したのだ。
妹尾の乗車の周囲に敵戦車の主砲弾が数発落下する。いい頃合いだった。
「始めろ」
妹尾は咽頭マイクを通じて、中隊隷下の全車両に作戦の開始を伝える。
それ程難しい作戦ではない。
単に妹尾が乗る指揮車輌と一個小隊が囮になっている間に残りの中隊全車と援護の歩兵中隊によって、敵の重戦車部隊を包囲し壊滅させる。
ただ、それだけの作戦だった。
敵の戦車砲に装甲を貫通される可能性は低くはあってもゼロではなかったから、囮が中隊長車というのはかなり高リスクだ。だが、事前の情報から妹尾はいけると踏んでおり、周囲の反対を押し切る形でこの作戦が実施された。
何より、中隊指揮戦車はそのアンテナのお陰で目立つのだ。目立つというのは、囮にとって重要な要素だった。
こちらに対して砲身を向けていた敵重戦車が一両、側面から二式重戦車の砲撃を受けて爆発を起こし、砲塔が吹き飛ばされる。内部の弾薬に誘爆したのだろう。
別の一両は、車体側面を撃ちぬかれ、エンジンから火を吹いて止まった。ハッチから生き残りの乗員が逃げ出すが、半装軌車から飛び降りた味方の随伴歩兵は容赦なくその乗員たちを射殺する。
部下の二式重戦車が側面に回り込んだのだ。妹尾の部隊はすでに布陣を完了していた。
また別の一両は、突然の襲撃に狼狽し、不用意に後退して泥濘に足を取られて停止してしまう。日本陸軍の随伴歩兵達はその隙を見逃さなかった。彼らは軽機や重機の制圧射撃により、フランス軍歩兵の行動を阻害する。
その間に、二式六糎対戦車噴進弾発射筒、通称ロタ砲、あるいは二式九糎無反動砲、通称9ム砲、を装備した複数の歩兵たちが速やかに前進し、重戦車の側面や後背から攻撃を行った。それらの携行対戦車兵器から放たれた穿孔榴弾は、モンローノイマン効果によって敵戦車の装甲を喰い破る。敵の重戦車は行脚を止め、沈黙した。
二式九糎無反動砲は、分隊レベルでの火力増強のために配備される歩兵用の携行火器だ。
さほど射程は長くないが対人・対トーチカ用の榴弾や榴散弾のみならず照明弾や発煙弾の発射も可能だった。穿孔榴弾を使用すれば対戦車火器としても十分有効であり、使い勝手の良い兵器と評価されている。
穿孔榴弾の貫通力は二式六糎対戦車噴進弾発射機、つまりは米国製M1A1ロケットランチャーのライセンス生産品、通称ロタ砲にわずかだが勝ってすらいた。
だが、二式九糎無反動砲は重量が16キロ以上もある。中隊の対戦車分隊は、9ム砲と比較して射程は短くとも軽量で発射後移動が簡単な、ロタ砲のほうを好んでいた。
だが、歩兵分隊にとって9ム砲は、頼れる多用途兵器だ。
匍匐して軽機関銃射撃で友軍の歩兵を足止めしようとしているフランス軍歩兵が、9ム砲の榴弾砲撃により吹き飛ばされる。
フランス軍の部隊は戦車一個大隊と歩兵2個中隊程度の規模だ。落ち着いて建てなおされると、妹尾達の部隊規模では危険な規模だった。
だが、初期に撃破した車輌のいずれかが、指揮官の車輌だったのだろう。敵は混乱し、後退から無秩序な壊乱に陥りつつあると妹尾には見えた。
追撃を仕掛けるか。
敵は数の上ではこちらの優位にある。壊乱状態とは言え、後方で建てなおされると、またこちらの方面の面倒を見る必要があるかもしれなかった。それを防ぐには、追撃で数を減らす必要があると妹尾は判断したのだ。
「カタン本部よりカタン11へ。空軍より報告。敵航空機が接近中。15分程度にて到達。退避を命じる」
連隊本部からの無線連絡は素晴らしく明瞭だった。専用の装甲指揮車を使っているだけのことはある。
カタン11は第一大隊第一戦車中隊のこと。つまり妹尾の部隊だった。
「こちらカタン11。了解。退避を開始する」
妹尾は内心の舌打ちを隠しながら、無線にて回答する。
口惜しいが、空軍の連絡となれば敵航空隊の接近は確実だろう。空軍はノモンハンの戦訓と自由イギリスから入手したバトル・オブ・ブリテンの戦訓情報を反映し、前線近くまで可搬式の対空監視電探を搬送し簡易的な防空指揮所を設置していたからだ。
前線の可搬式電探が敵機を察知すると、最寄りの空軍基地の迎撃任務機が緊急離陸するか、あるいはすでに上空待機していた警戒任務機が進路を変えて迎撃に向かうことになっている。
ノモンハンで多くの迎撃失敗を犯した、陸海軍の航空隊の経験を繰り返さないために組み上げられたシステムだった。
まあいい。
妹尾は追撃を諦めることにする。空軍が航空優勢を確保した後、戦闘機や襲撃機が敵部隊に追撃を仕掛けてくるれる可能性もあるからだ。
妹尾はハッチから頭を出し、周囲を見回す。300メートル程遠方に森が見えた。
少しばかり範囲が狭いが、彼の中隊と随伴歩兵中隊、周辺の歩兵達を隠す程度なら何とかなりそうだった。
「中隊全車へ」
妹尾は部下と周辺部隊に、退避を命じるために無線機のスイッチを入れた。




