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日米亜欧州戦争記  作者: √2
第六章  灼熱のビルマ
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第六章十一話

「畜生、またやられた!」

 塩川保名しおかわ やすな海軍少尉は吐き出すように呟いた。

  彼の乗機の右上方に位置していた、彗星艦爆が煙を吹きながら墜落してゆく。機体は錐揉み状態に陥っている。

  あれでは乗員の脱出は困難だろう。もし、生きていたのなら、の話ではあるが。

  これでもう、10機目だった。最初80機いた艦爆部隊は、今では70機にまで数を減らしている。

  これまでにない、大きな被害だ。

  塩川の部下には、(彼はインドシナ沖開戦の後に小隊長になっていた)まだ損害は出ていないが、それも時間の問題だろう。

  そう思えてしまえる状況だ。

  全て、敵戦闘機によって生じた損害だった。

  敵の艦戦は、波状的に迎撃を仕掛けている。第一波で間接護衛隊の艦戦を足止めし、第二派で直接護衛隊を引き剥がし、そして第三波でついに艦爆と艦攻へとその手を伸ばしていた。

 日本海軍とアメリカ海軍は、二式艦偵5機とSB2C3機の喪失と引き換えに、枢軸艦隊の位置を特定していた。彼らは空母と戦艦を中心にた2群の輪形陣を組み。30キロほどの距離を置いて展開している。

 日本海軍とアメリカ海軍は相互に連絡をしながら、攻撃隊を放っていた。日本海軍は190機に迫る数の航空機を、この攻撃に投入している。

  だが、敵艦隊の防空は、日本軍の予想以上に強固だった。

  現在塩川達を攻撃している敵艦戦は、合計で20機いるかどうか、だ。だが、その20に満たない敵機が脅威なのだった。塩川たちは、その僅かな数の敵機にいいようになぶられているのだ。

  敵機の主力は英海軍機と独海軍機のようだった。

  陸上機型に比べるなら、長大な主翼を持つBf-109T5と、シーファイアが立て続けに急降下で襲撃を仕掛けてきている。

  どちらもが、速度面で彗星に優越していた。

  1800馬力の新型DB605を搭載したBf-109T5は630キロ程度、低高度向けに調整されたグリフォンエンジンを搭載した、新型シーファイアMkⅩⅣは660キロ前後の最高速度を持っている。

  彗星では、よほどに幸運が重ならない限りは、振りきることは難しいだろう。

  また、どちらの機体も20ミリ機銃を装備している点が問題だった。

  彗星は頑丈な機体であったし、防弾もこれまでの日本製爆撃機に比較するなら、圧倒的に優れている。だが、20ミリ炸裂弾の直撃に耐えるほどのものではない。

  結果、損害が累積していた。

  塩川はインドシナ沖海戦に参加した後、仏印での対地攻撃にも参加している。

  だが、彗星艦爆がこれほどの損害を被ったところなど、塩川は見たことがなかった。

  艦戦連中は何をしているんだ?

  塩川は憤りを込めて、思考する。

  彼から見るなら、艦戦隊は敵機の迎撃を防げていない。つまり、仕事に失敗していた。

  ただ、それは塩川の主観的な意見だ。

  客観的に見るのなら、護衛の艦戦隊は善戦しているのだから。

  彼らは数的に同等の敵艦戦を引きつけ、互角に戦っていた。敵機がレーダーによる誘導を受けており、空戦初撃は敵側の奇襲で始まったことを考えるなら、まさに善戦と言っていい。

 今回の状況が発生した理由は単純に、日本海軍の予想よりも敵の投入戦力が多かったからなのだ。

  日本海軍は、敵の戦力を誤解していた。

  枢軸艦隊の戦力は、空母8隻に軽空母5隻。

  航空機の総数は、おおよそ400から450機程度と見積もられていた。

  この見積もりは正しい。

  だが、日本海軍は艦載機の比率について、大きな間違いを犯していた。

  日本海軍は自らの常識に基づいて、軽空母には戦闘機と艦上攻撃機が1対1.5程度の割合で搭載されている、と考えていた。

  だが、実態は異なる。

  ドイツ海軍の軽空母5隻には、戦闘機しか搭載されていなかったのだ。

  日本海軍はあずかり知らぬことではあったが、ドイツでは艦上攻撃機の開発が遅れていた。

  遅れの理由は複合的なものだ。

  例えば、予算の制限であったり、ドイツ産業界的に未知の分野ゆえの技術的問題であったり、太っちょでモルヒネ中毒な国家元帥の妨害であったり。

  結果として現時点でのドイツ海軍の艦上攻撃機は、ほぼ全量をイギリスからの輸入に頼っていた。

  ただ、この時期はイギリスでも空母戦力が急速に拡大されており、艦上攻撃機の生産余裕は少ない。もともと、数が出ない艦上攻撃機の生産能力はイギリスでも小さいのだ。

  対して日米海軍は、多数の空母を保有した上に、艦載機部隊をオンステージ部隊とその補充部隊とに別けていた。つまり、日米海軍は空母の搭載機定数の二倍の空母艦載機部隊を、常時保有しているのだ。

  小規模な枢軸国海軍の艦載機部隊とは、根本から事情が異なった。

  そのため、イギリスはドイツ海軍の軽空母にまで搭載するほどには、艦上攻撃機を用意できなかった。イギリスでもドイツでもイタリアでも、艦上機、艦戦・艦攻に限らない、の生産ラインへの投資は実施されていたが、それが効果を示すまでには、未だしばらくは時間が必要だった。

  また、そもそもの問題としてドイツ海軍は軽空母に対して艦艇攻撃能力をさほど求めていない。彼らは軽空母に、艦隊防空能力のみを期待していたからだ。

  対潜哨戒を軽空母の任務の中核に据えた上で、補助的な対艦攻撃任務まで割り振っている日米海軍とは、発想が異なっていた。

  結果、日本軍の予想よりも枢軸艦隊の戦闘機数は、100機近くも多かったのだ。

  日本海軍は攻撃隊に90機以上の護衛戦闘機をつけていたが、それでも枢軸艦隊の濃密な迎撃には対応しきれてはいなかった。

「まるで、ノモンハンですわ」

  後席の佐藤右京兵曹は笑い混じりの声で言う。だが、その声は乾いていた。いつも茶目っ気を忘れない彼ですら、この状況には緊張しているようだ。

「何も出来ないってのは、きついな」

 後部機銃がほしいな。

  塩川は本気でそう思った。

  敵機は徹底して、後方からの攻撃してくる。彗星隊は時速560キロを超える速度で飛行していた。爆装状態であることを考えるなら、事実上の最高速度だ。だが、敵機はそれ以上に速い。振り切ることはできていなかった。

  普通なら、後部機銃で妨害を加えるところだ。だが、彗星の機銃は前方にしか存在しない。どうにもストレスが溜まる状態だった。

「機銃があったって、大して当たりゃしませんけどね」

「わかっちゃいるけどなぁ」

 塩川は苦笑とともに言う。

  後部旋回機銃なぞ、所詮は気休めであることは、塩川にもわかっている。だが、気休めでも気は紛れるのだ。

「『芙蓉1番』より『芙蓉全機』へ」

 塩川の耳に、隊長からの無線通信が聞こえた。

  彗星隊の隊長は、この攻撃隊全体の隊長も兼ねている。何らかの抜本的対策に出るのかもしれなかった。

「『阿蘇』隊が空戦に入る。事前打ち合わせで割り振った攻撃目標は破棄する。発見出来た目標を攻撃しろ。攻撃法は分散攻撃とする」

「こりゃ、隊長も思い切りましたね」

 佐藤が少し驚きの混じった声で言った。

  塩川も同意見だ。

  『阿蘇』隊は本来、輪形陣突破のため部隊だった。

  『阿蘇』隊は、新型の艦戦「烈風」を装備する部隊だ。

  烈風は三菱が開発した新型艦戦だった。

  三菱製の新型エンジン、「ハ-42」2400馬力を搭載した太い機首と、ゆるやかな逆ガルを描く、巨大な主翼が特徴的な戦闘機だ。

  烈風の最高速度は紫電に匹敵し、搭載量と低空低速での運動性においては、むしろ凌ぐ。ただ、上昇力や高速時の運動性能などの能力では、やや紫電に劣っていたが。

  そのため、烈風は艦上戦闘爆撃機として運用され、主として小型空母へ搭載されていた。低空低速での運動性が高い烈風は、短い飛行甲板であっても離着艦しやすかったし、搭載量が大きいため、簡易的な艦爆としても運用可能だったからだ。

  空母への積載量は、紫電よりは少なくなる傾向にある。ただ、烈風は汎用性が高いため、その面については目をつぶることもできる。

  純粋に戦闘機としてみた場合には、烈風は紫電と互角か、やや劣る存在だった。だが搭載量と低空性能、そして頑丈さから、戦闘爆撃機としては優秀だ。

  今回、攻撃隊には24機の「烈風」が参加している。

  彼らは主翼下に四式一二糎高速噴進弾を合計で8発装備しており、敵の駆逐艦や軽巡の対空火器の制圧能力を期待されていた。

  四式一二糎高速噴進弾は、アメリカ製のロケット弾「HVAR」のライセンス生産品だ。

  直径12.7センチのそれは、ランチャーレールから発射された場合、音速を超える速度を発揮可能だった。そのため、日本製の一式八〇粍噴進弾と比較して、遠距離の目標に対しても命中率が高い。

  また、速度も、直径も、全長も、搭載されている炸薬の量も大きかったから、破壊力の面でも一式八〇粍噴進弾を上回っている。そのため、日本海軍においても対艦攻撃用噴進弾として運用始まっていた。

 今回の攻撃隊に参加している、彗星と天山は噴進弾を装備していない。

  輪形陣外縁の制圧は、全て烈風に任せる予定だったからだ。

  烈風を空戦に投入する以上、烈風が搭載している噴進弾は投棄されるだろう。噴進弾は重く、空気抵抗も大きい。

  そんなものを装備したままの空戦など、自殺行為だ。

  となれば、敵輪形陣の外縁を構成する艦艇への攻撃には噴進弾を使えない。

  『阿蘇』隊を制空戦闘に投入するということは、つまり輪形陣外縁での攻撃隊の損害を許容する、ということだった。

  枢軸国海軍艦艇の防空火力は向上している。

  塩川たちはそういう情報を通達されていた。

  そして、それは事実だろう。

  インドシナ沖では、気の抜けた対空砲火しか見せなかった枢軸国海軍ではあったが、あのままとは考えにくい。

  あの戦はずいぶん上手いこと行ったけれども、実態は薄氷の勝利。

  それが日本海軍の公式見解だ。

  こちらがわの航空攻撃は敵の電探に発見されていたし、補足もされていた。日本海軍の航空攻撃が驚くほど上手いこと行ったのは、枢軸艦隊が迎撃機を飛ばすタイミングが遅すぎた、という一点に帰結している。

  何をどう枢軸艦隊が失敗したのかまでは、塩川たちは知らなかったけれど、あの戦果が敵の失策によって発生したものであることは、いやというほど言い聞かされていた。

  戦訓調査結果の説明会で、説明されたからだ。

  軍令部は参謀を前線に派遣してまで、前線の将兵に対して、戦訓調査結果や最新の情報収集結果を説明する、ということをやっていた。

  自分たちが勝っているのか? 負けているのか? 今後どうすべきなのか? 

  そういうことに関するの見解を、軍令部の参謀が大所高所の視線で説明してくれるのだ。

  これについて現場の人間の間では、色々言われていた。

  ただ、全体としては参謀の話はあてにならない、という意見が主流ではある。

  だが、塩川自身は歓迎していた。自分とは違う視点からの戦況の情報はそれなりに便利だからだ。

  戦況がどうなっているのかについて、知っているといないでは、現場での判断も違う。それなりの頭を持った人間が戦況を理解した上で考えれば、作戦の意義がわかるからだ。

  それはつまり、作戦の重要度の理解にもつながっていた。

  その作戦において、無理をする必要の有無がわかる、とうことだ。

  これは、重要なことだった。

  死力を尽くすべきか、戦力を温存すべきか、そういう判断を前線の指揮官レベルで意識共有が可能なのだから。

  まあ、もちろん、前線指揮官にも相応の能力が必要とされるし、高所からの意見と現場の意見が食い違うことは珍しくもなんともないのだけれども。

  このへんは軍令部でも認識しており、前線指揮官の能力の格差による戦略環境認識の齟齬を埋めるために、色々と苦心をしていた。軍令部は工学や心理学の研究者を招いてまで、通達方法の研究をしている。これが後に情報工学における一分野になったりするのだが、それはまた別の話ではある。

  先日、説明を行っ参謀は、塩川達の奮戦を絶賛しながらも、油断については強烈に戒めていた。

  彼はラインメタル社やカールツァイス社の業績の変化などから、20から37ミリクラスの機銃が大規模に増産されている可能性について示唆していた。

  ラインメタル社は機銃他各種火砲を、カールツァイス社は機銃用の照準装置を生産している。この2社の業績は、ドイツの兵器生産量について強い関連性があった。

  また、欧州や地中海方面で多数の艦艇が短期のドック入りを繰り返してる事実も合わせて伝えられている。

 その説明を聞いた前線の飛行機乗りの間では、枢軸海軍の艦艇が機銃の増設を進めていることは、共通見解になっていた。

  この結論に至るにはまず、枢軸海軍はアホではない、という日本海軍全体の共通認識がある。

  なにせ、彼らの師匠であるイギリス海軍が参加しているのだ。愚かであるはずがない。

  時々、非合理だったり、理解に苦しむことはあるけれども。

  その共通認識をスタート地点に、ドイツに於ける機銃の増産の可能性と艦艇の短期間のドッグ入りの情報を組み合わせると、答えは簡単に出るのだ。

  つまり、枢軸海軍は自らの艦艇に、機銃の増設を進めている。そういういことだ。

  枢軸海軍は、先のインドシナ沖海戦で艦艇の対空火器の重要性を認識したのだろう。

  ただ、高角砲を増設する時間はない。ならば、次善の策として機銃を増設している。

  塩川を始めとした日本海軍の飛行機乗り達は、そういうふうに結論していた。

  そして、対策についても彼らは考えてた。

  それが『阿蘇』隊による噴進弾攻撃だった。

  四式一二糎高速噴進弾の高い命中精度と長い射程により、敵艦艇の機銃射程外から一方的に叩こう、という考えだったのだ。

  これがうまく行けば、敵の対空砲火をかなり押さえ込めた頃だろう。

  だが、ことはそううまく進まなかった。

  ただ、それだけだ。

「突入時に、結構酷いことになりますね」

「仕方ないよ」

 佐藤の言葉に、塩川はため息混じりに答えた。

「このまま戦闘機に嬲られるよりは、よっぽどマシだ。幸い、今回は八〇番を載せた機はいないからね。少しはマシだろうさ」

「そうなることを祈っちゃいますねぇ。機長。侵入はなるたけ低高度で行きませんか? 目標発見は遅れますが、対空砲は避けやすい。それに、電探も低空は苦手だって聞きます」

「よし、そうしよう」

 塩川は佐藤の言葉に従うことを決める。

  隊長は、分散攻撃を命じていた。

  ということは、小隊規模で自由に攻撃せよ、ということだ。大規模な編隊による攻撃力を捨てて、小隊規模の波状攻撃により、敵の対応能力を削ることが目的なのだろう。

  戦闘機隊の防御は現状、すでに抜かれている。戦闘機隊の防御はあまりあてにならないから、編隊を分散すさせることで、敵の迎撃をも分散させようとの意図もあると思われた。

  非常手段だ。

  だが、現状はその非常手段を許容する。

  塩川たちが多少であっても敵艦隊に打撃を与えなければ、第二次攻撃隊も自分たちと同じ目に合うだろう。

  それは避けるべきだった。

  第二次攻撃隊は、新米が多いのだ。

  ここは先達である、自分たちが奮闘すべき時だった。

「『扶桑5012番』より、小隊各機へ。高度を下げる」

 塩川はそう、無線で部下に告げると自機の高度を下げ始める。彼の部下3機もそれに従った。

 キャノピー越しに、高度を上げ始める『阿蘇』隊12機の姿が見える。敵艦戦は、12機の烈風の逆襲に混乱しているようだった。彗星に対する攻撃が、止まっている。

  一瞬の後、塩川は視線を烈風から外した。

  『阿蘇』隊も他の戦闘機たちも、きっと自分たちを守ってくれる。

  塩川はそう、信じることにする。

  彼は自軍の戦闘機隊の能力を信じていたし、何よりそうする以外に方法がなかったからだ。

  だが、そうと決めた以上は、自分の仕事に集中することにする。

  塩川は12機の烈風から視線を外すと、水平線方向へと意識を集中する。敵艦を見つける、爆撃し、そして帰還するためだ。

  それが、塩川が自認する自分の仕事なのだから。

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